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2008年9月15日 (月)

13日夜に、大地震 ?

デマだった

昨日、自治会の運動会があり、その慰労会でこんな 話し がありました。

ネタ元は、公立病院の事務長をしている従兄からです。

12日の昼間、病院の彼のパソコンに、「13日の夜に、大地震が予想されている。パニックにならないように、密かに、地震の体制を整えて置くように」という内容の メール が届いたそうです。

さっそく、県の防災局に問い合わせたところ、「そんな情報はない」という返答。

ところが、引き続き「これは、訓練ではない、本当の情報だ」と、重ねてメールが届いていたそうです。

そのメールのプロパティーを開いたところ、携帯電話からだったそうです。

そうして、普通にしていたところ、なんと、その夜に、震度 1の弱震がありました。

「もしや、予震か・・・」と思い、緊張したそうですが、地震はそれっきり・・・

どうやら、情報はデマだったそうです。

そんな類のイタズラ・電話、メールがよく届くそうです。

2008年8月 6日 (水)

ゲリラ雨

都市型、雨災害

突然の増水に流されてしまう事故が続いています。

数年前にも小生は、渓流釣りの時に 「鉄砲水」に遭遇して驚いたことがあります。

なんでも、森林の乱伐で、山の保水能力が小さくなったので、少しの雨でも、すぐに激流が発生するんだそうです。

前触れもなく、いきなり急な流れが発生するのですから、対処のしようがないですね。それ以来、小生は水辺の釣りには細心の注意を払っています。

さて、コンクリート・ジャングルと言われている都市でも、田舎の山と同様な現象がおきているようです。

つまり、都市の表面がコンクリートに覆われているので、ささいな雨でも、側溝に沿って集まり、結局、急流が出現するんだそうです。

ですから、ここでは少ししか雨が降っていないのに、隣では洪水が起きていることも珍しくないそうです。

それを防ぐために、東京都では、都市の真ん中の地下深くに、巨大な遊水槽を建設しているんだそうですね。

そういうわけで、保水能力が減退している日本で安全に暮らすためには、雨の日にはむやみに外に出ないことがいちばんでしょう。

そうは言っても、実生活をしているので、仕事をしたり家事の用事で、外出しなければならないことがあります。

農業の人は、雨が降れば、農業用水の水位を保つために水門を調節しなければなりません。

漁業の人は、台風が来れば、係留している船を、固定しなければなりません。

そんなわけで、雨が降れば、外に出て作業しなければならない場合があります。

そういうときには、イザというときのために、予め心構えを作っておく必要があると思います。

そのひとつが、車に乗っているときの、突然の増水。

よく、ゲリラ雨などで、地下道に水没している車を見かけます。

車は、水没してしまうと、オーバーフォールに多大なお金がかかります。

さらに、最近の車は、パワー・ウインドウなので、窓を閉めたままでいると、水圧で車に閉じ込められてしまいます。

その点、小生の車は、ハンドルを手で回して窓を開閉する手動式です。水没したら、手で窓を開けて車から脱出できます。

パワー・ウインドーの車の場合、水に浸かってしまうと、電気が使えなくなり、窓の開閉が出来なくなることがあります。

そうならないために、水が出たら、車内に雨が吹き込んでも仕方がないですが、はやめに窓を全開にして、脱出に備えるべきでしょう。

2008年6月15日 (日)

安全な新幹線

緊急停止

昨日の朝に起きた 岩手・宮城内陸地震。マグニチュード 7.2、揺れ加速度は観測史上 3番目の大きさの 1800ガルを超えたといいますから、巨大地震でありました。(翌 16日の報道によれば、揺れ加速度は 4022ガルと、国内最大規模だったそうです)

時間がたつにつれ、震災の全容が明らかになってきました。この地震で亡くなった方、震災に遭われた方に、お見舞い申し上げます。

それにしても、朝刊の写真を見て驚きました。山がそっくり崩れているではありませんか ! !

その強い揺れの中で、震源地の横を走る東北新幹線は爆走中でありました。

幸いにも、新幹線の各車両は安全に停止して、大惨事は免れました。

9時間も車内の中に閉じ込められた方は、さぞ苦痛であったでしょう。

しかし、考えようによっては、あの巨大地震でトンネルも崩壊せず、安全に停止したことは、高く評価すべきでしょう。

日本の鉄道技術の高さを示すものだと思いました。

2008年5月31日 (土)

中国 自衛隊機見送りに感謝

中国は、勝手過ぎないか ?

石破防衛大臣は、シンガポールで開かれている国際会議に出席し、中国の四川大地震を受けて検討していた自衛隊機の派遣を見送ったことについて「中国の歴史や国民感情にも配慮したものだ」と説明したのに対し、同席した中国人民解放軍の幹部は感謝の意を示しました。【NHK ニュースより】

このニュースを聞いて、小生は不思議に思いました。

日本政府としては、無用な摩擦は避けたい意向であったことが伝えられています。しかし、日本は、そこまで中国にたいして卑屈にならなければならないのでしょうか ?

日本は、戦後の復興のとき、昭和天皇がマッカーサー元帥に「自分はどうなってもよいから国民を救って欲しい」と、支援を要請したことがありました。その姿に感動したマッカーサーは、即座に大量の食料、医薬品を日本に贈りました。その際、日本国民は、「アメリカの軍の飛行機ではダメだ」なんてことは言いませんでした。

災害復興にえり好みするなんて、中国と言う国が、いよいよわからなくなりました。

2008年5月16日 (金)

悔やまれる初動救助の遅れ

ガレキの下から叫ぶ声が消えた・・・

12日に起きた中国四川省大震災の様子が伝えられています。

阪神淡路大震災の 30倍とも言われる大きなエネルギーの揺れで、死者 5万人、罹災者 一千万人を超えると中国政府は推計していると言います。

そこで日本は、震災直後に緊急救助チームを結成、派遣に備えました。

ところが、中国はそれを拒否。それでも日本は派遣に備えていました。

事態の深刻さと、日本の外務大臣の説得で、中国はようやく日本の緊急救助隊の受け入れを認めました。

早速、現地に飛んだ日本の救助隊でしたが、時既に 4日が経過。初動救助のリミットといわれる 72時間を大幅に経過していました。

そこで思い出すのが、阪神淡路大震災での当時の村山首相の対応の遅れです。

1995年 1月 17日、阪神淡路大震災が世界中に伝えられると、早速、スイスやフランスから救助の打診がありました。

救助犬を派遣すると言う各国からの申し出に対して、日本政府は躊躇しました。動物の検疫の問題、それ以前に救助犬について日本政府は無知でした。

ようやく外交ルートで、スイスとフランスの救助犬は、震災の 2日後に派遣されました。外交ルート外のアメリカのボランティアによる救助犬の派遣は、結局、実現しませんでした。

それでも、派遣された救助犬の活躍は目覚しく、日本でも救助犬が改めて見直される切っ掛けとなりました。

このように、災害は、いつ、どこで、どんな規模で起こるのか予想がつきません。

そういうわけで、常に、各国からの援助が受けられるように、日ごろから受け入れ態勢を整えておかなければなりません。

2008年5月 8日 (木)

緊急地震速報

突然、ラジオが鳴り出す

昨夜、夜中に突然、ラジオが鳴り出した。

チャイムとともに、男性の声で、地震が発生したと言います。

緊張が走りました。

男性アナウンサーが、東京のNHKの放送局でも揺れて感じていると言いながら、この地震の震源は、茨城県沖ということで、早速、各地の震度を発表していました。

小生の住んでいる静岡でも震度 2の揺れが観測されたと言うことですが、拙宅ではまったく感じませんでした。

ですから、この地方では、緊急地震速報の受信機がないお宅は、まったく地震のことを知らないで朝を迎えると思います。

それにしても、実際の揺れの数秒前に、ラジオからチャイムが流れると言うのですから、世の中進歩したものです。

その後、ラジオ、テレビでは 30分ほど地震速報を伝えていましたが、被害の報告は伝えられておりませんでした。

強い揺れを観測したと言う関東、東北地方の人は、さぞ驚いたと思います。

1時 45分に地震が発生したと言いますから、新聞の早刷りは間に合わなかったでしょう。

また、中国から来ている胡錦濤さんも、驚いたでしょうね。

2007年11月 2日 (金)

実習船に感謝状

気象記録を長年通報

【静岡新聞 11月 2日】 東京管区気象台では 1日、洋上の気象データーを長年にわたり気象庁に通報してきた県立焼津水産高校の実習船(やいづ)に気象台長名の感謝状を贈った。

実習船「やいづ」は初代の船が稼動した昭和 43年 4月からこれまで、航海中の観測データーを気象庁に提供してきた。主に専攻科の生徒が毎日午前 6時と正午に風力風向、波高、気圧など 15項目前後を観測し、通報。(中略) 静岡気象台の斉藤台長は「継続して通報いただいておるのは全国の船舶でも数少ない。日本のみならず世界の気象関係者を代表して感謝したい」と述べた。 (下略)

焼津水産高校には、本格的な外洋実習船から、クルーザー、小型漁船、カッターにいたるまで様々な船舶を所有しています。

そして、そうした船舶を教育実習だけでなく、実際の海洋活動に貢献しているのが特徴です。

上記のような気象観測のほかに、水産試験場と連携して、養殖した稚魚を放流し、その成長の追跡調査をしたり、海洋生物や海水の観測をして、貴重なデーターを残しています。

さらに、海岸、港湾などの清掃活動にも力を入れております。

水産高校生は、都会から来た釣り客のように、海に釣り針やゴミを捨てるようなことは絶対にしません。実習を通じて、言われなくても、海の恩恵、海への畏怖を感ずるそうです。

そうした高校生を われわれ大人が 見本 にしなければなりません。

2007年10月 1日 (月)

震度の怪

まったく揺れを感じなかった

昨晩、静岡県の熱海市で震度 5弱の、強い地震があったそうです。Photo

朝、帰宅中のラジオで初めて知りました。

強い地震があったとされる午前 2時 20分ごろ、小生は、機械の番人をしておりましたが、まったく揺れを感じませんでした。小生は、静岡県の中央部に住んでいます。

前回の伊豆地震でも、現地では大被害が出ていたのにもかかわらず、駿河湾の対岸の当地では、まつたく揺れを感じませんでした。

かえって、千葉県の友人のところのほうが揺れを感じだといいます。

一昨日、静岡県の西部、浜松地方でも震度 4の地震があつたといいますが、まったく感じませんでした。

どういうことなのでしようか ? ? ?

2007年9月21日 (金)

猛暑、止まず

地球温暖化現象か

「暑さ、寒さも、彼岸まで」・・・

どうやら、この句も死語になりそうです。

連日連夜の猛暑日。

北海道から九州まで、最高気温が30℃から下がりません。

ところが、静岡県は 16.2℃でした。

爽やかです。

もちろん平地ではありません。富士山頂の昨日の最高気温でした。

こんなことは観測史上初めてなんだそうです。

ちなみに、平年では富士山頂の最高気温は 5.2℃なんだそうです。

富士山の平年の初冠雪は 10月 1日。 雪が間に合うでしょうか ?

2007年9月 7日 (金)

台風一過

学校の対応

現在、東北地方を縦断中の台風 9号。

拙宅も、樋などが飛ばされてしまいました。

工場の敷地に飛散した飛来物とか、倒木の処理を、台風一過の好天の下でやりました。

太平洋の湿った熱気で、汗が引きませんでした。

さて、この地方の学校は、全ての警報が解除された 10時ごろから登校が始まりました。

学校は大事をとるのですネ。しかし、実際は、共稼ぎで家には誰もいない家庭では、子供たちは普通に登校していました。

昨日も、暴風雨中の午前中に、学校は子供を返しました。

子供たちは、台風に煽られながら、ずぶぬれになって帰宅していました。

それだったら、親が子供を迎えに来るまで、学校で預かってくれればよいのに・・・と、思いました。

2007年8月26日 (日)

防災訓練

疲弊してしまいます

本日は、年に一度の東富士演習場での火器訓練であります。また、母が信仰している地蔵尊の縁日でもあります。

(追加、今年の東富士の演習では、明日の内閣改造では続投を否定している小池防衛大臣も視察に訪れたそうです。今回の火力訓練で使われた弾薬は、およそ 39t、金額にすると 3億 1千万円になるそうです。)

そんなわけで、行きたいところがたくさんあります。

しかし、どこにも行けません。本日は、自治体主催の「防災訓練」の日であるからです。本日の訓練のテーマは「向こう三軒両隣」。組長さんの家の前に集合して、避難地まで赴くという試行でありました。

ところが、学生・生徒たちは子供会単位で演習を繰り返してきましたので、前日に組長さん宅前に集まるという御触れがあったにもかかわらず、そのまま避難地に行ってしまいました。

つまり、学生・生徒は、災害があった場合はそのまま決められた避難地に集合すると言うことになっておりますので、それを優先したわけです。そういうわけで、課題が残りました。

このように、きょう 26日は自治体の防災訓練でありましたが、30・31日は自衛隊の移動訓練であります。全国各地から、自衛隊・消防隊が訓練地に集合します。

そして、その翌日の 9月 1日は、今度は 国の防災訓練 であります。今回は、伊豆地方で行われ、首相も参加するようです。この場合は、企業も参加して行われます。

そんなわけで、防災週間は、訓練漬けであります。公務員さんたちはお仕事として休日出勤手当てをいただけるのかもしれませんが、民間人は、疲弊するばかりであります。

2007年7月19日 (木)

個人情報の壁

初期救出活動に障害

小生が参加している 災害時ボランティア・コーディネーターの勉強会で、常に話題になっていたのが、個人情報保護法の取り扱いです。

このボランティア・コーディネーターの勉強会では、あらゆる事態を想定して、幾度もシュミレーション訓練を繰り返してきました。

そこで、大切な要件は、正確な情報を把握することです。

例えば、倒壊した家屋の中に人がいるかどうか。つまり、介護状態の人が生き埋めになっているかどうか・・・。

そこで、倒壊した家の家族構成やその状態を知りたいのですが、最近できた「個人情報保護法」の成立で、家族の情報が入手できないことが、勉強会を重ねるごとにわかってきたのです。

そこで、自治体に、災害時のために、独自の情報作りが可能かを検討していただいたことがあります。

しかし、法律の壁が厚く、介護情報開示に同意していただける家庭が少ないことが改めて判明しています。

もし、災害が起きたら、家庭介護状態の人を救えるだろうか・・・。

はたして、今回の新潟県の中越沖地震では、10人の死亡者のうち、なんと 4人が、要介護状態で、倒壊した建物の犠牲になっていたというのですね。

もし、予め、介護情報が開示されていれば、あるいは救えた命があったかもしれないと悔やまれているそうです。

今回の地震を契機に、災害時における個人情報の取り扱いについて、一般世間レベルでの議論が深まることを期待します。

【参考、19日 産経新聞の記事】

■災害弱者救助に個人情報の壁
 新潟県中越沖地震で同県柏崎市が個人情報保護法の施行を理由に、「要援護者」の名簿を地元自治会や消防にあらかじめ提供していなかったことが分かった。4人の死亡者が名簿に掲載されており、「あらかじめ知らされていれば対応ができたのでは」との疑問も出ている。
 災害弱者を効率的に被災から守るため、内閣府は平成17年3月、避難支援ガイドラインをで情報共有を求めるガイドラインを策定。自力避難が困難な要援護者の名簿作りを自治体に促し、自主防災組織や町内会などとの情報共有を求めた。
 ガイドラインに基づき柏崎市は3月、災害時の避難に支援が必要な高齢者、障害者の名簿を作成。だが、今回の地震で死亡した同市在住の9人のうち、4人が名簿に含まれていたが、町内会などには名簿の情報は伝えられていなかった。
 柏崎市は「個人情報保護法の施行で、障害や介護状況などの個人情報の扱いには慎重になる」と、情報を伝えなかった理由を説明している。
 柏崎市は地震発生の直後、消防側に名簿を提供し、避難支援を仰いだという。ただ、発生後の情報提供は一定のタイムラグや混乱が伴い、実効性を疑う指摘も多い。
 死亡した同市下大新田の高橋三作さん(83)は、生活の一部に手助けが必要な要介護2に認定されていた。地元町内会の会長(65)は「昔から住んでいる人ばかりなのでどこの家の誰がどういう状況か、だいたい分かる。リストアップは都市部向け。隣近所の顔も分からないところではあった方がいいだろう」と話す。
 だが、個人情報を地域に知られたくないという声があるのも否定できない実情。例えば新潟市は支援希望者に自ら申請してもらう「手上げ方式」でリストアップを始めたが、登録者は約4200人にとどまり、同市が要援護とみる3万5000人の1割強にとどまる。
 逆に、個人情報より救出を優先させる意思を明確にする自治体も。長岡市は名簿登録に同意が得られた3236人の名簿と、1419人の未同意名簿を作成。同意名簿は既に自主防災組織や町内会に提供され、各組織が要援護者の避難支援プランを検討している。
 未同意名簿も大災害時には提供する方針。今回の地震では同市内は被害が少なかったため、提供は見送った。同市は「名簿を渡すことで、地域で助け合う機運が高まる」と語る。
 個人情報保護法の施行以来、自己情報に過敏な住民や公機関の過剰反応が増えているが、同法を所管する内閣府は「名前と住所だけの名簿を自主防災組織などに渡し、独自に聞き取り調査をしてもらい肉付けしてもらう方法もある」と指摘。「高齢者を守る際に名簿は役立つ。自治体は臨機応変に推進してもらいたい」と訴えている。

2007年7月17日 (火)

救援物資を送るな !

迷惑な送付

個人からの救援物資、受け入れず - 柏崎市対策本部

今回の新潟県中越沖地震で、柏崎市の対策本部は 17日、個人からの救援物資を受け入れないことを決め、被災地に送らないように呼びかけた。【静岡新聞 17日 夕刊】

理由は、前回、述べたとおりでしょう。

NHK語

みんなが理解できる言葉

また新潟方面で、大地震があったそうです。その被害の様子をラジオで聞いていました。災害に遭われた方にお見舞い申し上げます。

さて、この全国放送で使われている言葉は、いわゆる「標準語」で、そのお陰で、日本の国民全員が情報を共有できます。ところが、この「標準語」がごく最近に作られて広まったことは案外知られていないようです。

言語学者の本などを読むと、つい最近までは、言葉は口語調で話され、文章は文語調で記されていたようです。つまり、いまでも、話し言葉と書き言葉との違いがありますが、戦前の教育は、明確に違っていました。

今の高等学校などで習う「古文」は、昔の人が書いた文章を読むためのもので、それが実際の生活の会話の中では使われていなかったということですね。

しかも、方言も今よりも訛り(なまり)が強く、意思疎通は簡単ではなかったようです。

ところで、日本語が国語として統一されたのは、明治時代の憲法が発布されたことに深い関係を持っていたそうです。

つまり、庶民に、憲法をはじめ各種法律を理解させることが必要なので、そのためにバラバラだった日本語を統一する必要があったそうですね。

ところが、当時の日本語はとても複雑で、英語のような文法があるとはとても思えなかったそうです。

そこで、西洋の言葉の文法を参考にして日本語が再構築されたそうです。いまの日本語の文法はそのころに確立されたようですね。

それをもとに、古文とか漢文などの文法も再構築された。つまり、語学としての日本語は、日本の歴史と比べてひじょうに新しい分野といえるそうです。

そうして、NHKのラジオ放送の開始に伴い、全国各地でも理解できそうな会話語が必要となり、そこで「標準語」を東京弁を中心にして作られ、それをNHKが放送したんだそうです。

当時は、そのNHK語がハイカラな言葉として一斉に広まり理解されたようです。

そうして高速鉄道が普及して、電信、電話などの普及で、NHK語は標準語として確固たる地位に君臨することになったようです。

戦後、新幹線網、高速道路網などが普及して、日本全国どこに行っても会話が成立するのは、そうしたラジオ放送の布石があったからなんだそうです。

戦後の高度成長を実現した「日本の奇跡」は、その裏に、共通語が確立していたことと無縁ではないのですネ。

今でこそ普通に使っている日本語が、実はNHK語だなんて、小生は意識していませんでした。

ところで、拙宅には、古いオープンリール式のテープレコーダーがあります。その中には昭和40年代の家族の言葉が記録されているのですネ。

それを聞くと、今は亡き明治生まれの祖父母の言葉は、まさしく「古語」であります。また小生らが青年のころに使っていた言葉は、ひどいなまりの静岡弁でありました。

いまの言葉とずいぶんと違うことに驚くわけです。

NHKが大嫌いな人たちがこの事実を知ったとき、どんな顔をするのか、想像をしただけで面白いです。

とにかく、その標準語のおかげで、災害ボランティアに赴いても、なんとか通じます。

2006年9月19日 (火)

台風災害

伊勢湾台風の思い出

小生の住んでいる県で、巨大台風といえば“狩野川”台風です。1958年の今頃だったらしいですね。

その災害処理に、小生の亡父たちは、2週間出向いたそうです。川面を占めた遺体の処理に、絶句したといいます。

遺体の処理といえば、太平洋戦争の空襲の後も悲惨だったといいます。芋のように黒焦げた遺体を川原に集めて、荼毘(ダビ)に付した話を、その亡父から聞いたことがあります。

「災害も戦争だ」と、思ったそうです。

さて、その小生の亡父の実家は名古屋。 その「名古屋が壊滅した」と、父が深刻な顔をしたことを覚えています。

狩野川台風の翌年、1959年の“伊勢湾台風”。一夜にして数千人の人が亡くなったそうです。

13 今も名古屋港には、伊勢湾台風の悲惨さを語る記念館のようなものがありますが、水の猛威を改めて知ることができます。

先般の台風 13号では、竜巻で列車が転覆したとか。

自然の力のもとでは、人間は無力ですね。

2005年9月 5日 (月)

大型台風14号

いよいよ強烈

gm-3 な台風が、本土に上陸するようです。現在、奄美、沖縄方面はすごいことになっているようです。

前回の台風11号で、家の近くの巨木が、幹からまっ2つに裂けました。今度の台風はアメリカで大災害をもたらしたハリケーンに匹敵する規模とか。

マスコミで盛んに防衛、避難するように叫ばれています。せっかく気象庁が情報を流してくれています。アメリカの惨事は、事前の情報が生かされていなかったためだと言われています。

特に、お年寄りや障害者の方がいる世帯は、早めな対処が必要だと思います。

2005年8月26日 (金)

台風一過

バタン ! !

突風が吹き荒れたかと思ったら、大きく叩きつける音。

gmss 樋(トイ)でも外れて飛んだのではないか・・・、「見てこようか ? 」「バカなこと言わないでよ、屋根から落ちたらどうするの。」

一夜明けて、あたりを見回すと、大きな木が倒れていたり、枝から折れていたり、テレビのアンテナが飛んでいたり、工場の屋根に大な穴が開いていたり。そこで我が家を見てみると、裏の屋根のトイが飛ばされていた。

新聞を見たら、私の住んでいる近所で、台風通過中に屋根に上って吹き飛ばされて亡くなった人がいたという。

この時期、よく大きな波を見に行って波に飲まれたり、山登りで転落したり。もったいないと思う事故が必ず起きる。

強い風のときは外に出ない。鉄則ですね。犠牲になった方のご冥福をお祈りします。

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