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被選挙権

選ばれた人

一般に、関西人は元気だと言われていますが、橋下大阪市長をみると、確かに大阪人は元気だと思います。

その橋下市長が、某団体の代表と「言い合い」になった際、「参政権」に触れました。
その「参政権」とは「選挙権」と「被選挙権」です。

つまり、日本国民には、一定の年齢に達すると、選挙権が与えられ、さらに立候補権も与えられるということで、橋下氏は、政治に訴えたいことがあるのなら、自分自身が立候補して政治家になったらどうかという・・・ことなんでしょうか ?

確かに、選挙権を行使するよりも、代議士や首長となったほうが自分の考えを直接政治に反映させることが出来るのでしょう。
しかし、代議士になろうと立候補した場合、「政治とカネ」の問題に象徴されるように、資金や「3バン」なしでは当選することは不可能とされてきました。

ところが最近では、そうした「ジバン」や「カンバン」、「カバン」がなくても、テレビなどのマスコミやインターネットを利用して顔を売り、そうして立候補して当選を勝ち得る人がいますね。

橋下さんや東国原さんは、テレビのチカラで当選を勝ち得た人たちだと思います。
いわゆる「タレント議員」さんですね。

また、その中には「反原発」を唱えて参議院議員になって、天皇陛下に無礼をはたらく輩もいます。

そうした意味では、マスコミやネットなどを利用して選挙活動に登場した人を選ぶことは、両刀の刃的な側面があるような気がします。

さらにいえば、「タレント議員」という言葉が示すように、選ばれる人にはその「才能 = タレント」が必要で、志があれば誰もがなれるものでもないと思います。

つまり、誰もが努力しても「金持ち」になれないと同様に、誰もが志を持って努力しても必ずしも「代議士や首長」なにはなれないと思うのです。

「努力」以外の「才能」が必要な特殊な「職種」だと思うのですね。

そうした意味でも、同じ国民の権利である「選挙権」と「被選挙権」には、本質的な違いがあると思います。
つまり、才能がなくても投票できるけど、才能がなければ投票してもらえない。

これは、「被選挙権」に及び腰な小生の「言い訳」なんでしょうか ?

実際に、立候補して落選して、職を失い、家族も離散した人を見たことがあります。

そうした意味でも、選挙に打って出ると言う行為は、大博打に似ているように思います。
その賭けに踏み込めない小心者の小生には、橋下氏の一連の「被選挙権」発言は、チト悔しいですね。

悔しいですが、選挙に勝つには確かに「人望」が必要だと思います。
小生には、その「人望」がないことは、自分自身が良く分かっているつもりです。

いえ、そうして自分を制限して、言い訳をしている「弱虫」だけなのかもしれません。

ところで、来年早々に、小生が住んでいる地方の議員選挙があり、友人が 三選目を狙っています。
その彼の選対委員長が今年亡くなったので、小生にその代わりをしろ・・・と言ってきました。

もちろん、小生のような人望のない者が彼の選挙に関われば、返って迷惑になるだろうと丁重に断りました。

そうしたら今度は、小生の妻の従兄弟がその選挙に出馬することになり、そちらの方からも協力の要請がありました。

でも、小生は、そうした選挙活動には関わりたくないのですね。
つまり、神輿を担ぎたいとも担がれたいとも思わないのです。
現役の期間は、あまり政党色を現したくないのがホンネであります。

体制側に従っていれば、生活するには楽です。
やはり「安定」を選んでしまうのですね。

更に言えば、そんなことは有り得ないことを前置きに、もし、仮に小生が出馬でもしようものなら 「鍛冶屋が政治家になるなんて、分をわきまえていない ! !」と、先輩たちから叱られそうです。

そうした小生の心理は、単に勇気がないというだけではなく、市民、県民、国民という公民として「問題」があるのでしょうか ?

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