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近代の‘戦死’

どんな攻撃から日本を守るのかPhoto

昨日、安倍内閣が集団的自衛権に関する閣議決定をしたことに対して、今朝の新聞、テレビを観ると、「憲法九条の空洞化」を嘆いている様子が伺えます。
集団的自衛権に関してマスコミは、報道するというよりも批判しているという印象です。

たとえば、「これで、日本は戦争に巻き込まれてしまう。」「一内閣が、憲法を勝手に捻じ曲げて解釈している。」・・・などなど。
そんなマスコミの報道が、小生には滑稽に思えるのです。

なぜ、そんなマスコミを小生には滑稽に思えてしまうのか・・・。
そこで、もっと具体的に「自衛」を想定してみましょう。

70年前の戦争で、日本は本土決戦を覚悟していたようです。
「一億総玉砕」・・・・。なんて新聞記事が、当時の国民を鼓舞していました。
しかし、アメリカから受けた攻撃は、沖縄を除いて、主に空爆や艦砲射撃でした。
つまり、旧日本軍が想定した本土決戦はなかったようです。沖縄戦のように、空爆や艦砲射撃の後、陸戦部隊が上陸して砲撃や銃撃をしたわけではありません。
沖縄決戦では、県民の 4人に 1人が戦死したといます。
日本の「本土」は、その悲惨な戦禍から免れたわけです。
とは言え、結局、原爆投下で、幕が閉じたのでした。Photo_3

さて、それから 70年後の今、日本を武力攻撃する可能性がある国があるとすれば、どこでしょうか。
中国、北朝鮮、韓国、そしてロシア ?
確かに、韓国は竹島を占拠するに当たって、多くの日本の漁民を銃殺してきました。
北方領土では、今でも日本人の漁民がロシア兵の発砲によって倒れています。
そうした国々は、本格的に日本を攻めるとしたら、どんな方法で攻撃してくるのでしょうか ?

仮に、日米安保条約が破棄されて、フィリピンのように米軍が日本から撤退したとします。
つまり、日本からアメリカ軍の基地がなくなることを想定してみます。

すると その瞬間に、日本を武力攻撃して制圧したいと思っている国々は、実行に移すでしょう。

問題は、その制圧の方法です。
まさか、昔のように、艦艇から兵士や戦車をおろして、兵士が日本の首都を制圧するために自衛隊と銃撃や砲撃を交えるのでしょうか ?

たとえば太平洋戦争時の硫黄島の戦いのように、アメリカ軍がミサイルや大砲で徹底的に破壊して、その後、自国の国旗を山頂に掲げるでしょうか。
勿論、現代戦争ではそんな非効率でリスクの高い攻撃はしないでしょう。
でも、核兵器や化学兵器を使う可能性はあるでしょうか。Photo_2

もっとも可能性が高いのが、無人機による日本の核施設への攻撃でしょう。
福島第一原発のような事故が、東海道沿いにある静岡県の浜岡原発、あるいは大阪に近い福井県の核施設に起これば、日本は、応戦どころ状況ではなくなるでしょう。
その攻撃は極めて簡単です。たった一本の電線、たった一本の配管を遮断するだけでよいのですから・・・。

でも、現実的には日米安保条約があり、日本はアメリカに基地を提供する代わりに、日本を他国の武力攻撃から守ってもらうことになっています。
したがって、日本領空の制空権は維持され続けているので、上記の仮定は有り得ないと思います。

しかし、今後も絶対に有り得ないと言う保証はないのです。
アメリカが弱体化して、世界に部隊を展開することが出来なくなる可能性が 0 ではないからです。

ところで、「日本はアメリカのポチ」と言われています。
日本はアメリカにとって忠犬だというのですね。
つまり、他国の軍隊の基地があるということは、その国に制圧されていると言うことです。
ということは、日本はアメリカの属国か ?
しかし、実際には日本はそんな感覚はないですね。
ほとんどの日本人はアメリカという国に占領されている・・・なんて思っていないと思います。
日本以外にもアメリカの基地を提供している国が世界各地にありますが、アメリカに占領されていると意識はないと思います。
むしろ、番犬を置いている。
日本の場合、「思いやり予算」という餌も与えている。
だから、自分が戦わなくても、番犬に戦わせればよい。
互いにそんなふうに思っていませんか。
しかし、その番犬とは「アメリカ人の青年の血」という意味です。
日本は世界最強の用心棒を雇っているという感覚でしょう。
だから、のんびりと構えていられるのでしょうね。

でも、いつまでも そんなんで良いのでしょうか。
戦死はアメリカの青年がするもので、日本人は戦死しない ? ?

しかし、実際には、多くの日本人が今でも「戦死」していて、マスコミはそれを報じようとしないのですね。
それを報じれは、日本人は一気に右傾化してしまう・・・。
そんな危惧を、政府やマスコミが抱いているのでょうか ?

今回の安倍内閣の憲法解釈変更で、たとえばASEAN諸国では「これで日本は普通の国になった。」と言っているようです。

そもそも、世界の人々のなかで日本の憲法を知っている人なんてほとんどいないわけで、日本国憲法の第九条の条文を初めて知ったときのリアクションは、まさに「クレイジー」といった感じです。
「理想としては素晴らしいけど、でも、これはタテマエでしょう。」
小生と話したことのある外国人は、みなそんな感じでした。

・・・普通の世界レベルの感覚では、無防備でいるということは非常識ということですね。
日本の憲法は、単に理想を述べたもの・・・、それが世界的な常識みたいです。

日本は、自国を防衛する権利も装備もあります。
しかし、それが行使できないのです。
そのために、今まで多数の日本国民が犠牲になっているのですね。
そのことを積極的に報道しない日本のマスコミの姿勢は不思議です。

日本は、昨日、ようやく自縛を解き、現実的で普通の考え方になった・・・。
安倍内閣が示したことは、ただ、それだけのことでしょう。

今後、早急に防衛に関する法律が整備され、日本は独立国としての体をなすでしょう。

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