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禁中・禁裏

菊のカーテン

皇室、あるいは天皇家がお住まいになっている場所のことを禁中・禁裏・内裏と呼ばれていました。

中に立ち入ることは禁止されていた場所ということで、現代で言う宮中・御所のことですね。
しかし、最近では天皇の長寿を祝う意味で、限定的ではありますが開放されるようになりました。

そうは言っても、禁中の一般開放の見学倍率は高く、限られた人のみ入ることが許されない施設であることは間違いありません。
更にかつては、禁中に関しては庶民の浮世の話題にもならなかったもので、絶対的なタブーでありました。
これを最近まで「菊のカーテン」とも表現されました。

つまり、我々が住む俗世間とは階級が違う話ということで、畏れ多いことには変わりありません。

そういうわけで、日本の歴史は皇室の歴史、それは皇位継承の歴史と言われながらも、それが庶民に関わることはなく、戦前では、それを詮索しただけでも「不敬罪」という罪に問われたわけです。

更に言えば、皇位継承問題は天皇家の問題というよりもむしろ 「時の権力者の問題」であって、天皇家はそれに従っていたというのが実情のようです。
そのために、天皇が遠方に流されたり、その皇子に天皇の血が流れていると言う理由で殺されたりもしたわけで、決して安泰な地位ではなかったようです。

にもかかわらず、皇統は日本では最も大切な血統とされ、その保存は いつの時代でも 絶対命題であったわけです。
そうして天皇を祀り上げることによって、自分の権力を誇示しようと言う側面が、日本の歴史には確かにあったと思います。

なぜ、天皇家の血を絶やしてはならないかと言うと、天皇家は日本の「宗家」であるという考え方があるからでしょう。

つまり、日本人であるならば、その人の家の先祖を辿れば、必ず天皇家に行き当たる・・・という「信仰」があるからです。

そういうわけで、天皇は日本国民の「親様」であって、国民は皆天皇の「赤子・草民、つまり子供」であるという考え方です。

もちろん、日本は生物学的にはいろいろな民族が集まった多民族国家ですが、そうした異民が日本人と婚姻を結ぶことによって血縁が生まれ、結局、日本のすべての異民族は大和民族に吸収された形になるのでので、日本は「単一民族」である・・・という信仰をしているひとも未だに大勢いるようです。

たしかに、移民が集まって出来た合衆国とは、根本的な違いがありますね。

そのなかで、天皇家は、神代の代から連綿と続いている大和民族の中心であって、その中心を異民族の血に交代させてはならないという‘掟’といいますか‘不文律’を感じます。

それを特に感じさせるのが、江戸時代の皇室典範とも呼ばれる「禁中ならびに公家諸法度」です。
禁中としは天皇のことで、公家とは今の宮家にあたるのでしょう。

そのなかに、いわゆる相続のことが記されています。
それを解説すると・・・

第6条 - 養子
家の相続に関して、養子を迎える際には同姓の家を選ぶように、また妻の縁類からの家督相続は古今一切見られない。

そういうわけで、皇室や宮家が相続する場合は、他の血統に交代させることを否定した内容ですね。

この「禁中ならびに公家諸法度」は、江戸幕府が倒れるまで改定されずに続いた「式目」です。

この内容が、現在の「皇室典範」にも受け継がれています。

皇室典範 第九条 
天皇及び皇族は、養子をすることができない。

このように、厳格に決まっています。
ところが、実際には過去の皇位継承は「直系」でも「男系男子」が守られてきたものでもないのです。女帝もいましたし、同じ人が名前を変えて皇位を繰り返した人もいました。
継体天皇のように、遠い傍系から迎えたこともあったのです。
そうして、皇位の継承がされてきたのですね。
そこで、もし仮に今のままの皇室典範の規定に従えば、天皇家は婿さんや養子を迎えることも出来ず、あくまで自家の血統で、しかも男系男子という条件で相続を続けなければならないのです。さらに側室も禁じているので、事実上、その血統がたちどころに断絶してしまう可能性が高いのですね。

その「警鐘」を改めて鳴らした著書が『日本の宮家と女性宮家』 (所 功 編著 新人物往来社)です。

しかし、もう一度最初に戻って考えますと、本来なら、天皇家は我々の宗家といえども我々庶民とは格の違う家です。
そのことを一庶民が問題視したところで何の意味があるのか。
むしろ、宗家のことは宗家に任せておけばよくて、その宗家の決定には無条件に従えばよい・・・と、このブログでも記したことがあります。
つまり、他人の家のことに余計な口を出すな・・・ということです。
小生はそのように思っていました。

しかし、上記『日本の宮家と女性宮家』という本を読み、過去の日本の歴史では、その時代に合った宮家を作って皇統が維持されてきた様子を知ったのです。

ところが、現在の国民主権の世の中では、天皇であっても、庶民の家のように家督会議とか親戚会議も開くことが出来ないのですね。
つまり、自分の家のことであっても自分たちで決められない・・・。
今の日本は、そのように法律で決められてしまっているのです。

皇室典範 第二十九条
内閣総理大臣たる議員は、皇室会議の議長となる。

このように、日本の皇統の存続は日本の主権者である日本国民の代表者の手に委ねられていることに気がつくのです。

他人の家のことなんだから、知らん ! !
あるいは、そういった歴史的なことに加わるなんて畏れ多い・・・

・・・では済まされない状況であるようです。

国民に主権があって、天皇には何の権利もない今、責任は国民にあると言う事実を、国民は知るべきでしょう。

以前のように、「禁中のことは絶対タブー。だから、私には関係がない。」では、済まされない状況なのです。
皇室の問題、その中でも皇統の問題は、まさに憲法の問題そのものなんですね。
つまり、現代において、皇位継承問題は自分の問題として考えなければならない義務を、日本国民は負っていると言っても過言ではないのです。

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