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男どん

住み込み労働者Photo

昔の貴族には、その人たちの世話をするために、その貴族の敷地内に住み込んで働いている人たちが大勢いたそうですね。

いまでも、富豪と呼ばれる人の家には、そうした住み込みで働いている人がいるようです。

母の実家も大きい農家で、小生の子供の頃の記憶の中でも、そうした労働者階級の人たちがいました。
その母の実家に住み込みで働いている男性のことを、母らは「男どん」と呼んでいました。
彼らは、農繁期に出稼ぎに来ていて、中には、年中いる人もいました。
しかし、昭和40年までには、そうした人たちは、すっかり見かけなくなりました。

ちょうどその頃は、農地改革も進み、日本社会全体が、電化・機械化したころで、耕耘機も普及し始め、「男どん」たちは、蒸気機関車や牛馬とともに去っていった・・・という印象でした。

ところが最近になって、母の実家で「男どん」として働いていた人の子ども(・・・といっても 現在 80歳なんですが )という人が、分かりました。

彼は、母と同年代で、母のことを良く知っていたのですね。
「男どん」だった彼の父親は、母の父、つまり小生の祖父の紹介で漁師となり、かれもまた漁師として生きてきて、今では豪邸を構えています。

昔は、主人と使用人という上下関係が、普通だったようです。
現在では、労働関係は対等という建前になっていますが・・・

そこで、彼に当時の話を聞くと、こうした「男どん」と呼ばれる人たちの生活は、まさに赤貧という言葉のとおりで、たいへんな苦労をしていたようです。
更に、当時の漁師という仕事は、農業よりも大変だったようです。

そういうわけで、小生の母は、農家の「お嬢様」であったのです。
つまり、家事手伝いなどすることなく、当時の裁縫学校に通っていたのでした。
そこで、父と結婚をする際に、父の親戚でもあった父の勤めている会社の社長の家に、嫁入り修行に入ったそうです。

当時の社長婦人は、パリパリの「明治女」で、母をそこに勤めていた女中さんたちと同等に扱ったようです。

お嬢様だった母は、一応、その数ヶ月の嫁入り修行に耐えたようですが、その反動なのか、結婚後は何もしない人になっていました。
そして、現在は認知症として居宅介護施設に入居しているわけですが、「男どん」のことは、今でも分かるようです。

(イラストは、 ジャン・フランソワ・ミレー <1814-1875> の「耕す人」 )

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