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映画 『永遠の 0 』

生き延びたい気持ち0

この映画を観て、まず最初に感じたことは、「有り得ない」・・・と思いました。
もちろんフィクションですから「有り得ない」ことですが、それにしても、戦争中に主人公のような気持ちを口に出してはイケナイと思いました。

しかし、戦争から離れ平和な時代である今、このゼロ戦を操る主人公の気持ちは痛いほど分かるような気がします。
戦争中であれ平和な時であれ、その人に人格があれば、家族を思う気持ちがあるのは当然でしょう。
自分が死んだら、残された家族はどうなるだろうか・・・
心配するのは当然でしょう。

小生も、27歳のときに癌で入院をしたことがありましたが、長男はまだ1歳になっていませんでした。
そのときは、自分が死ぬことよりも、残された家族がどうなるのか不安でした。

しかし、いったん兵士という立場になり、死と向き合ったときは、兵士はひとつの駒に過ぎないことを自覚することも、それもまた当然なことではないでしょうか。
つまり、兵士の人格は否定されるべきでしょう。

なのに、主人公のように、皆が命懸けで戦っているのに、自分だけ遠くから離れて見ているのは卑怯と言われても仕方がないことです。

確かに、玉砕を許されず、生き延びることを命ぜられた兵士もいるでしょう。
先日亡くなられた小野田元少尉のように。

しかし、多くの兵士はその命を犠牲にするのが役目だと思います。

その命懸けであるはずの兵士が、死の恐怖を露 (あらわ) にすることは、自分のみならず周りを危険に貶め入れることにもなりかねません。
したがって、皆の前では、意地でも怖がってはならず、むしろ命知らずであるべきです。

米軍は、そうした命知らずの日本兵に強い恐怖を覚えていたようですね。

しかし、そうした勇猛果敢な日本兵は、やはり魂を持った人間ですから、本当は怖かったと思います。

昨年、靖国神社を訪れたとき、若くして散った兵士の手紙を見て、涙が止まりませんでした。
その美しくも強い心に、そして優しい気持ちに心打たれました。
両親宛に、お国のために命を犠牲にすることを喜んでいるように記されていながら、先に旅逝く不孝の許しを請う内容に、涙しない人はいないと思います。

怖い・・・なんて記したら、両親に不安を与えてしまいますからね。
ましてや、生き延びたい・・・なんて記したら、それが正直な気持ちであっても、そうした気持ちは、心の中に秘めるものであって、決して自分の心の外に出すものではないと思います。

しかし、この映画は、そうした常識を破って、兵士が「生き延びる」ことを前面に出したことは特筆すべきことだと思います。

そうした意味で、有り得ない映画です。

結局、主人公の肉体は滅んだものの、その‘命’は見事に「生き抜いて」います。

そう考えたとき、実際の英霊も、皆、肉体は滅んだものの、姿を替えて「生き抜いて」いるのではないかと思えてきました。
そうした英霊の犠牲があって、今の日本がありますからね。

でも、今の、この自分の姿を見て、靖国におわす英霊の心は安らかでしょうか ?
残された子孫のひとりが、こんな人間で申し訳ない・・・と反省させられました。

・・・そんなことを考えさられた、今年の正月映画でした。

2013年 日本 144分 原作; 百田尚樹 監督 ; 山崎 貴  出演 ; 岡田准一、三浦春馬、他

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