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2014年1月

母がインフルエンザに

ワクチンが効かないPhoto_2

毎年、インフルエンザのワクチンを接種している母なんですが、今年もインフルエンザに罹患したようです。

昨夜、施設のほうから電話があり、施設内でインフルエンザが蔓延しているので、当分の間、面会は控えよ・・・とのことです。

今年のインフルエンザの半数は、2009年に話題になった豚からヒトに感染したとされる新型インフルエンザなんだそうですね。

その新型のワクチンの成分が入っているはずなのに、ウイルスが蔓延するということは、そのワクチンに強いウイルスに変性して猛威を振るっているということでしょうか ?

とにかく、毎年ワクチンを接種しているにも関わらず、今年もインフルエンザになってしまった母。
みなさんも、気をつけて下さいね。

( 写真は、国立感染症研究所が提供している、新型インフルエンザ A-H1N1型ウイルス。どうやら母は、この型のウイルスに罹患したようです。 )

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美しすぎる科学者

細胞の初期化Photo

STAP細胞を発見した小保方晴子さん。
その若さと美貌で、ネット界では「美しすぎる科学者」としてフィーバーしているようです。

それにしても、小保方さんの発見は、まるで生物の細胞がパソコンのリカバリのように初期化するようで、まさに驚きです。

なぜストレスにさらすだけで、細胞が万能化するのか。
小保方さんは、生命の「生きよう」という力がそうさせるのではないかと想像していましたが、生命の神秘を感じるとともに、そのメカニズムが分かれば、これは凄いことだと思いました。

今朝の新聞も、多紙面を使って、小保方さんの研究内容を詳細に説明していました。

既に、ノーベル賞研究者の山中伸弥教授の iPS細胞の情報が世間に広がっていたので、小保方さんの STAP細胞については、それと比較することで、小生のような一般人でも理解しやすいと思いました。

それにしても、割烹着の研究者として一躍有名になった小保方さん。
日本式エプロンの使い易さが、世界に発信されました。
早速、若者向けのファッショナブルな割烹着が紹介されていました。

(写真は、アマゾンのイメージです。)

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「STAP細胞」の驚き

革命的な発見・開発をした日本人女性Photo

今朝、新聞で見た「STAP細胞」のニュースには驚きました。
そんなに簡単な方法で万能細胞が製作できるとは・・・。
それだけでも驚愕なんですが・・・

こんなスゴイことをした科学者はどんな人だろうか ?
それが可愛らしい日本人女性だと知ったときの驚きは、更なるものでした。

早速、夕刊では、そんな彼女の経歴を紹介していました。

小保方さんは02年にAO入試の1期生として早稲田大学理工学部に入学したといいます。

AO入学とは、いわゆる推薦入学とか一芸入学ですね。
つまり、受験勉強に‘汚染’されていないのが特徴なんだそうです。
そんな彼女は再生医療の開発を決心して、早稲田大学からハーバード大学にわたり、世紀の大発見をしたそうです。

東京大学も AO入学を取り入れると言います。
今回、世界的に有名になった小保方さんの実績は、今後の日本の大学入試制度の在り方にも及ぶものと期待しています。

ところで、今年度、大学を卒業予定の長女も推薦入学でした。
長女が卒業して、経済的に余裕が出来たら、今度は自身の大学入学を考えようと思っていますが、出来れば理系を希望している小生には、ちと、明るいニュースだと思っています。

ところで、弱酸性液に細胞を漬けると‘若返る’ということで、早速、弱酸性の炭酸泉に入っている小生は、はたして、こんなんで大丈夫でしょうか ?

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秘すれば花

世阿弥の『風姿花伝』

能の未来を託したとされる 世阿弥の『風姿花伝』。
600年前に記されたといえ、現代に生きる小生の仕事にも通ずるこの教えには感じるところがたくさんあります。
今となっては、小生の親方が言いたいことはこの事か・・・と、思いもします。

さて、この『風姿花伝』を解説しているのが NHK教育テレビの『100分 de 名著』という番組。
昨夜は、有名な言葉「秘すれば花」を解き明かしています。
この番組を観て、小生はこの言葉の意味を誤解していたことに気がつきました。

普通、「秘すれば花」は、たとえば女性に対して「黙っていたほうが美しいよ」という意味で使うことがありますね。
転じて「黙秘の徳」みたいな意味で用いられることがあります。

ところが、今回の番組では、この「秘すれば花」という本当の意味は・・・

秘密兵器を持っておけ。
その秘密兵器を持っていることを覚られてはならない。


・・・ということなんだそうです。

まるで「軍隊」みたいですね。

つまり、小生の鍛冶屋という職業からいえば、「隠し技を持て」ということになると思います。
つまり、「盗まれない技を持て」ということでしょう。
まるで マジシャン みたいですね。
そうして、いざというときには、その「必殺技」を使え・・・ということなんですね。
使わなければ、持っていても意味がないですから。

実際に、今の企業も「秘すれば花」を実践していて、次から次へと新製品を出しています。
そうしないと企業として生き続けていけない実情があるわけで、600年前の 世阿弥はそれを看過していたことになります。

「秘められたもの」「知らない」こと、とは、もしかしたら相手にとっては「魅力」ということになるわけで、自分の力量を高めるためにも、日ごろから研究、鍛錬を重ねておくことが大切ですね。
つまり、イノベーションですね。
それは年齢に関係ないということなんですね。

そこで世阿弥は、「物学条々」(モノマネノジョウジョウ)として説いています。

あらゆる物まねにおいて
きちんと似せない場合に
荒くなったり弱くなったりする

つまり、世阿弥が重視したのは「写実」というのですね。

これは、技術者の「模倣」の段階のときでも言えることで、中国人のようないい加減な模倣では、いつまでも本物は作れない・・・と言うことでしょう。

つぎに、『100分 de 名著』という番組は、能の世界の『幽玄』という話に移ります。
この『幽玄』さというのが、世阿弥のブランドになっているようです。

世阿弥の『幽玄』という言葉は、単に「美しい」というだけでなく『白鳥 花を含む』ということで、さらなる美しさを追求したことになります。

こうした「幽玄」さを、世阿弥は 600年前にブランド化して今も伝わっているということは、これは、スゴイことですね。

能は、亡霊か出てくるエンターテイメントですから、ホラー映画みたいなものです。
それを「美術作品」として確立したことが、日本人に長く愛されている秘訣なんでしょう。

さらに世阿弥は、「男時・女時を知る」という言葉を残しているんだそうです。

男時とは、伸びて盛んになりうまくいく
女時とは、停滞してうまくいかない

ということで、男時が必ず来ることを信じて、女時に準備しておく・・・という意味なんだそうです。

つまり、人生には流れがあり、勢いの緩急があるので、そのタイミンクを計れということなんだそうです。

世阿弥は、こんな言葉も残しています。

命には終わりあり
能には果てあるべからず
   『花鏡』

深いですね・・・。。。。

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映画 『太秦ライムライト』

老殺陣師の花道Photo

舞台は京都の映画村で有名な 太秦。
その村で、チャンバラの脇役、切られ役者として生涯を捧げてきた老役者の最後の花道の物語です。

かつてのスターが老いていく様を描いた映画はたくさんありますが、脇役を主役としたこういう類の映画は、感動しますね。
チャップリンの名作『ライムライト』をモチーフにしています。

映画やドラマは主役を盛り立てる脇役がシッカリしてこそ、栄えると言われています。

会社でも軍隊でも、組織というものは「名参謀」がいてこそ、その組織はまとまり 発展すると思います。

家族でも、かつては 内助の功 があって、主人は出世していきました。
ところが現在では、夫婦での脇役が旦那さんであることが、スッカリ定着してしまった感じがします。
( おっと、失礼しました。現代でも、マー君の奥さんである 里田まいさんの内助の功は有名ですね。)
我が家の場合は・・・、主役は家内です ! ?

さて、この映画の魅力は、なんといっても主役の殺陣師、福本清三さん。
そこにいるだけで、ひとつの「風景」になっています。

2014年 日本 102分 監督 ;落合賢  出演; 福本清三、山本千尋

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NHKの新会長

まともな発言Nhk

NHKといえば、「国営放送」というよりも、某国の飼い犬というイメージに近かったのですが、本日のNHK新会長の籾井勝人氏の就任会見には驚きました。

全く同感。

しかし、どんなに正しい発言でも、TPOがまずいのでは ?

これでは、某元航空自衛隊幕僚長と同じようなことに・・・。

さらに慎重になって、末永く NHK にいて欲しいと思います。

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ノロウイルスではなかった !!

保険が利きません

昨日、急に吐き気がして、下痢になりました。
そこで、掛かりつけ医で受診したところ「ノロ」という診断。

しかし、一晩寝たら回復したので、総合病院で受診して、ウイルスの有無の検査をしてもらいました。
会社が「検査しろ ! ! 」と言ったからです。

すると、ノロウイルスではなく、ちょっとした食中りみたいです。

そういえば、昨日、家内が隠していた美味しそうな生菓子を失敬しました。
どうやら、そのバチが当たったようです。

紹介状がなかったので、2000円。
検査には保険が利かないということで、検査代が5000円。
その他、諸々で、本日だけで 一万円近い医療費。

ノロウイルス検査は、健康保険が利かないので要注意です ! !

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高速道路 2000キロ 改修へ

無料化はどこへやら・・・

新聞報道などによると、高速道路を管理している会社では、道路・施設の老朽化対策として、全国 2110キロの区間を対象に、15年間、3兆200億円をかけて改修する計画を発表したそうです。

そのために、高速道路の有料期間をさらに延長する法案を提出するそうですよ。

「高速道路の無料化」
かつての民主党の公約は、改めて 絵に描いた餅であったことが分かりますね。

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離見の見

風姿花伝

能の大家、世阿弥が記したとされる『風姿花伝』
能の奥義書ということですが、600年前の内容とは思えない新鮮さを感じます。

昨夜の NHK教育テレビ番組 『100分de名著』 では、この書の文中に記されている「離見の見」 (リケンノケン) を説明していました。
その内容を簡単に記すと・・・。。。。

明治大学教授で能の評論家でもある 土屋惠一郎氏によれば、「離見の見」とは、単に「客観的に自分を見つめる」という意味だけでなく、臨機応変に仕事をすることのようです。

つまり、最近人気がある カウンセリング の 『メタ認知』よりも、一歩踏み出た考え方みたいですね。

世阿弥は『風姿花伝』で、以下のように記しているようです。

観客が大勢集まり、客席がなかなか静かにならないことがある。
そういう時には、観客のざわめきが静まるのを待ち、わざと役者の登場を引き延ばす。
やがて観客が待ちかねて、気持ちがまとまり、今か今かと楽屋を見る。
ちょうどその時、ここぞという瞬間をとらえて、声を発すれば、そのまま会場も魅了されて、全員の気持ちがひとつになる。
こうなれば、もう舞台は成功したものと同然である。

時節感当、つまりグッドタイミングで舞台に登場すれば、その舞台は成功するということのようです。
つまり、舞台に「出る」のではなく「当っていく」。そうすれば、そのエンターテイメントは大当たりになるということです。

このように、当たって砕けるのではなくて、タイミングを自分に合わせていく、タイミングを自分に引き寄せる。

なにか、ゴルフのコーチの言葉みたいですね。
これは、エンターテイメントのみならず、スポーツでも、仕事・商売でも、教育・家庭の子育てにも、更にいえば、夫婦関係にも当てはまる至言だと思います。

「今でしょう ! ! 」と思う、そのタイミングを計る能力。
その能力が、仕事を成功させるには必要ということのようです。

ところが、そのタイミングがなかなか計れないときはどうするか・・・

世阿弥は『花境』という伝書に

軽々と機を持ちて・・・

という言葉を残しています。

これは、「そのときの雰囲気に合わせよ」という意味なんだそうです。
つまり、自分が出るタイミングを待つのではなくて、そのときの場の空気を読み、その流れに乗ってしまえということのようです。
そのために、順番を変えたり、演目そのものを変更してしまうことも可ということのようです。

つまり、逆に言えば、自分だけのタイミングやリズムでやってはならないということですね。

これは、タレントのタモリさんがよく言う言葉です。

臨機応変さ・・・

これができるか出来ないかが、その仕事の成功の鍵になるというのですね。

臨機応変に仕事ができるか ?

そうした仕事をするためには「離見の見」という境地、つまり、観客席から見た自分の姿を意識することにより、本当の自分の姿を見極めることができるかどうかですね。
あるいは「目前心後」、つまり、目は前を見ているが、心は後方にあって自分を客観的に見つめているということでしょう。

自分勝手な思い込みを、世阿弥は強く禁じていたのですね。

この「離見の見」

これは「意識」するものではなく「感覚」的な後ろからの「目」だと、土屋惠一郎氏は言います。
そういう境地を会得するまで、絶えず稽古を重ねるということでしょう。

600年前から伝わっている人生の奥儀、秘伝を記した世阿弥は、改めてスゴイ人だったと思いました。

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『はじめての道徳教科書』

ザンネンなテキスト

第一次安倍内閣で、教育基本法を改正し、さらに第二次安倍内閣では、道徳を学校教育の教科にしようということで、この『教科書』はその流れに沿って作られたものと思います。

表紙には、富士山と桜、まさに「修身」のイメージです。

そして、内容を見ると、最近起きたことをふんだんに取り入れていて、道徳にありがちな古臭い感じはしません。

この「教科書」では、道徳教育の目的を、ハラの据わった人に育てることとしています。
ハラの据わった・・・とは、覚悟が決まったヒトというイメージです。
しかし、「はじめて教科書」ですから、それよりも人としての基本的な善悪を教えることが順序だと思います。
そして、道徳教育の最終目標は、人格の形成ということで、人として社会生活が出来る人間に育てることだと思います。

そういうわけで、「はじめての教科書」としては、ピントがボケていると思います。

しかし、それ以上に重大な問題があります。
それは、一番の要のところが間違っているからです。
これでは、教科書とはいえませんね。

それは、日本神話にある 天照大神の天岩戸籠もり 伝説。

日本の神話を取り入れたこと、さらに天皇家の皇祖について取り上げたことには評価できます。

しかし、たいへんザンネンなことに、この本も、天照大神が岩戸を立ててしまったのは、弟神である素戔男尊の乱暴に腹を立てたからと記されています。
それでは ただの ヒキコモリ伝説 です。

そうではないでしょう。

素戔男尊の行動に対して、自らを反省するためにお隠れになり、そうして更に立派になられた天照大神。

つまり、戦いをせず、自己反省をすることによって自分を高め、周囲の賛同を得たということです。

最近の解釈では、天の岩戸籠りの伝説こそ、天皇家の始祖である高貴な精神が、日本を統一した建国の精神であり、万世一系の歴史をもつ皇室の「淵源」であることが明らかになりました。
つまり「見畏む」という天照大神の精神作用が高徳であったのです。

その「建国の精神」に感動して天照大神の子孫に忠誠を誓ったのが、日本特有の大和魂です。
それが、日本国民の基礎の基礎の精神です。

そこを間違っていては、日本の道徳の教育になりません。
それでは皇室の万世一系の説明ができないでしょう。

また、この本は、新渡戸稲造の「武士道」を紹介していますが、徳目を羅列しただけでは、意味が分かりません。
以前の『修身』の教科書のように、キチンと説明をすべきでしょう。
さらに武士道とは、単に君主に仕える精神だけです。
新渡戸稲造が著した精神は、そんなチッポケなものではありません。
『大義名分の教育』、それが新渡戸稲造が一番言いたかったことです。
そうした重大なことを、少しのコラム欄に納めてしまうものではないと思います。
昔の修身の教科書は、このいわゆる「武士道」だけでも一冊をかけて訓説していました。

そういうわけで、この教科書は、ザンネンな・・・というよりも、まったく使えないテキストです。
これは、教室で使うことを禁じましょう。

道徳教育をすすめる有識者の会 編  発行 育鵬社  発売 扶桑社 2013年 12月 5日 初版第一刷発行  1,200円 ISBN978-4-594-06958-2

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映画 『永遠の 0 』

生き延びたい気持ち0

この映画を観て、まず最初に感じたことは、「有り得ない」・・・と思いました。
もちろんフィクションですから「有り得ない」ことですが、それにしても、戦争中に主人公のような気持ちを口に出してはイケナイと思いました。

しかし、戦争から離れ平和な時代である今、このゼロ戦を操る主人公の気持ちは痛いほど分かるような気がします。
戦争中であれ平和な時であれ、その人に人格があれば、家族を思う気持ちがあるのは当然でしょう。
自分が死んだら、残された家族はどうなるだろうか・・・
心配するのは当然でしょう。

小生も、27歳のときに癌で入院をしたことがありましたが、長男はまだ1歳になっていませんでした。
そのときは、自分が死ぬことよりも、残された家族がどうなるのか不安でした。

しかし、いったん兵士という立場になり、死と向き合ったときは、兵士はひとつの駒に過ぎないことを自覚することも、それもまた当然なことではないでしょうか。
つまり、兵士の人格は否定されるべきでしょう。

なのに、主人公のように、皆が命懸けで戦っているのに、自分だけ遠くから離れて見ているのは卑怯と言われても仕方がないことです。

確かに、玉砕を許されず、生き延びることを命ぜられた兵士もいるでしょう。
先日亡くなられた小野田元少尉のように。

しかし、多くの兵士はその命を犠牲にするのが役目だと思います。

その命懸けであるはずの兵士が、死の恐怖を露 (あらわ) にすることは、自分のみならず周りを危険に貶め入れることにもなりかねません。
したがって、皆の前では、意地でも怖がってはならず、むしろ命知らずであるべきです。

米軍は、そうした命知らずの日本兵に強い恐怖を覚えていたようですね。

しかし、そうした勇猛果敢な日本兵は、やはり魂を持った人間ですから、本当は怖かったと思います。

昨年、靖国神社を訪れたとき、若くして散った兵士の手紙を見て、涙が止まりませんでした。
その美しくも強い心に、そして優しい気持ちに心打たれました。
両親宛に、お国のために命を犠牲にすることを喜んでいるように記されていながら、先に旅逝く不孝の許しを請う内容に、涙しない人はいないと思います。

怖い・・・なんて記したら、両親に不安を与えてしまいますからね。
ましてや、生き延びたい・・・なんて記したら、それが正直な気持ちであっても、そうした気持ちは、心の中に秘めるものであって、決して自分の心の外に出すものではないと思います。

しかし、この映画は、そうした常識を破って、兵士が「生き延びる」ことを前面に出したことは特筆すべきことだと思います。

そうした意味で、有り得ない映画です。

結局、主人公の肉体は滅んだものの、その‘命’は見事に「生き抜いて」います。

そう考えたとき、実際の英霊も、皆、肉体は滅んだものの、姿を替えて「生き抜いて」いるのではないかと思えてきました。
そうした英霊の犠牲があって、今の日本がありますからね。

でも、今の、この自分の姿を見て、靖国におわす英霊の心は安らかでしょうか ?
残された子孫のひとりが、こんな人間で申し訳ない・・・と反省させられました。

・・・そんなことを考えさられた、今年の正月映画でした。

2013年 日本 144分 原作; 百田尚樹 監督 ; 山崎 貴  出演 ; 岡田准一、三浦春馬、他

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カード払いの功罪

借金の感覚がない

ちょいと気になることがあったので、記してみます。

最近、小生はバイクに凝っているのですが、そのときの 有料道路の支払いを ETC にしているライダーが多いのには驚きました。

料金所で停車して、手袋を外し、ポケットなどから通行券と現金を取り出すのには時間が掛かります。
そこで小銭をばら撒いてしまうこともシバシバ・・・。。。

でも、ETCにしておけば、そんな手間も要らないし、割引もあります。
実際には、クレジット会社経由で代払いしているのですね。
つまり、ETCとはカード払いのひとつです。

このように、クレジットカードは便利な面があるのですが、こうした「代払い」とは「一時的な借金」であることを自覚していない人が多いと思います。

先払い式の プリペイドカードとは違い、クレジットカードとは、クレジット会社を経由して銀行口座から引き落とす仕組みですね。
つまり、直接、自分の口座から引き落としているのではないのです。

多くの場合、現金払いよりもカード払いのほうが安いというのも魅力のひとつ。

更に、その仕組みを使えば使うほど、ポイントが貯まり、さまざまな特典が受けられます。
そのポイントを貯めるために、敢えて不要なものまで買うこともあるそうで、逆に、それがカード会社の思惑なんでしょうね。

このように、クレジットカードによる決済とは、カード会社に代払いしてもらっているのですから、その「手数料」も支払っているのも事実です。

でも、前述のように、現金払いよりもカード払いのほうが安いので、手数料を支払っているという感覚がありません。
つまり、カード会社に寸借しているという意識がありませんよね。

実は、既に、すべての商品にカードの手数料が上乗せされていて、現金払いの人でも、カードの手数料を支払っているのですね。

つまり、カードの対象の商品には、広告費と同様に手数料が上乗せされているわけです。

たとえば、テレビ広告を見ないでその商品を買ったときでも、その商品の代金にはテレビ広告代が含まれているのと同様なわけです。

カードを利用する、しないに関わらず、われわれはカード手数料を支払っているわけです。

それならカードを利用したほうが得だ・・・と考えやすいのですが、実は、カードには便利すぎて使い過ぎてしまう面があるのですね。

手元に現金がなくても、欲しいものが買えてしまう。

さらに、口座にお金がなくても、カード会社のほうで適当にローンを組んでくれるので、高額なものでも買ってしまう・・・。
いわゆるカードローンですね。

気がついたときには、膨大な借金が・・・。。。。

・・・自分に限ってそういうことはない ! !

という方は、特に注意が必要です。
最近は、学生カードなるものか横行し、マイナスには絶対にならない仕組みだと思っていたのが、実際には借金の山だった・・・ということもあるそうです。

本日は成人の日ですが、借金を抱えたまま成人の日を迎える新成人が多いそうですよ。
人生のスタートから借金では、先が思いやられます。

小生は、自身がカード地獄に陥りやすい性格だと思っていますので、最初からカードは一切 持たない主義です。

車も家も、ローンを組まずに、貯めたお金で買いました。
そうすれば、巨額な「手数料」や「利子」を払わずに済みます。

特に家の場合、現金払いですから、ローン組の半額で手に入れることが出来ました。

そこで小生が言いたいことは、今の日本の借金は、企業も個人も、国も地方も、無軌道に借金を重ねてそれを踏み倒したから膨大なものになったのです。

安易な借金が生んだ悲劇です。

ローンを組まなければ、家をもてない ! ?
と、言う人がいます。

それは詭弁です。

ローンがない時代でも、日本の人々は家を持っていました。
それは「ムラ」の助け合いがあったからでした。

「ムラ」という組織があった時代では、互いに助け合って家を建てたようです。
そこでは、労力などの貸し借りはありましたが、それは道義的なもので、今のように、家の建築のために個人が借金を丸抱えするようなことはありませんでした。
それは、まさに今の東南アジアの村の人々の生き方です。

質素な家で、借金もなく暮らすのか。
それとも、豪華で近代的な住まいで、借金を持って暮らすのか。
どちらが幸せかは、一概には言えないと思いますが・・・。。。

とにかく、低所得者が過分なマイホームを持つ社会にはリスクがあります。
アメリカのリーマン・ショックがそのひとつでした。
最初から返済不能な人に、住宅ローンを組んでしまったのでした。
中国でも、低所得者向けの住宅ローンを扱っている闇バンクが横行して、その破綻がささやかれています。

そういうことを考えると、長期ローンを組んだ時点で、あるいは長期の手形を切った時点で、既にそれは割り引かれ、不良債権化されていると見るべきでしょう。

利便性を追う経済学が生んだ、現代の悲劇が続くわけです。

戦後の日本は、戦前の節約的な生活から、「消費は美徳」として経済成長してきました。
しかし、それは固定相場という極端な円安状態が続いていたからです。

今、日本政府では、再び国民の消費を推奨して、経済発展を図ろうとしています。
しかし、それはあくまでも、お金が国民に行き渡っていることが前提であって、借金をしてまでも購買意欲を促進させようとする趣旨のものではないと思います。
近い将来に、金利や税金が上がるから、今のうちに借金しよう・・・なんて具合にしていたら、結局、デフレスパイラルに戻ってしまうと思います。

個人消費の場合には、モノが欲しいと思ったら、お金を貯めてから買う。
これは生活の基本だと思います。

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あけまして、おめでとうございます

26

穏かな元旦でした。

皆様のご多幸をお祈りします。

( 静岡県焼津港 平成26年 1月 1日 6時56分 )

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