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小泉八雲 - 8

仏教徒であったのか

「私は仏教徒ではない。」と、友人らの手紙に書いていた小泉八雲。
そんな彼の墓は、東京の雑司が谷墓地にあるそうです。
戒名も、「正覚院殿淨華八雲居士」というそうです。

妻方の戸籍に入籍・帰化したので、そうなったのかもしれませんが、実は、小泉八雲が日本に着いたとき、まず最初にしたことが、その足で「お寺」を何件か回ったそうです。
つまり、日本に着いたらまず「お寺」を見て回ろうと思っていたようです。

その証拠に、小泉八雲は日本に着く前に、『古事記』のほかに、何冊かの仏教関係の本を読んでいたそうです。
たとえば、オルコットの『仏教教義問答 』とか、マックス・ミューラーの 『東方聖典叢書』など。

そういうわけで、仏教に対して、それなりの知識を持って横浜に入港したようです。
ただ、アメリカ、西インドで読んだ仏教に関する本は、西欧的な思想を基にした解釈だったので、自ずと小泉八雲もそうした先入観をもって入国したものと思われます。

その後、日本に滞在中、日本人の仏教信仰に触れたとき、その違いに戸惑ったようです。
つまり、その独自性、特に仏教と神道との融和には、理解しがたいものを感じたようです。

さらに彼は、日本の仏教は 12もの宗派が分かれているのに、対立せず広まっていることに驚いたようです。
西欧にはない宗教の寛容性。

そういうわけで、小泉八雲は西洋の仏教観と東洋の仏教観の相違、そして日本独自の仏教観を細かく分析していたようです。

当時の日本人の場合、まず、宗教を科学的、合理的に分析するという発想はなかったようです。
西欧の考え方が合理的に対して、東洋のそれは精神的という違いに気がついたようです。
とにかく、西洋育ちの小泉八雲だからこそ、日本人の信仰の様子を細かく分析して書くことが出来たと思います。

そして、多少の不合理があっても受け入れてしまう日本の国民性。
日本人の庶民は、笑みばかりを浮かべて、なんでも「ハイ」と言って ホンネが分かりので、それをどう理解してよいのか分からなかったようです。

また、無骨で無表情な武士みたいな同僚教師らと、どう付き合ってよいものか困っていたようです。

そういうわけで、小泉八雲は日本を愛したと言われていますが、本当に日本人が好きだったのか、よく分からない面があると思います。

そういう環境のなか、彼の代表作『怪談』が生まれたのですが、それは日本人の仏教信仰を背景にしたものであることは間違いないでしょう。

そういうことを、次回から小泉八雲の足跡を追って見たいと思います。

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