« 小泉八雲 - 2 | トップページ | 桜海老の掻き揚げ »

小泉八雲 - 3

神の国 日本 - 2Photo

前回の続きです。
明治の文豪のひとり 小泉八雲 (ラフカディオ・ハーン) を評した文を紹介したいと思います。
当時、小泉八雲は出雲大社 (写真) の近く、島根県の松江で暮らしていたようです。
外国人であった彼から見た日本人は、信仰に厚い穏やかな民族に映ったようです。
その当時の日本人の信仰とは何だったでしょうか ?
その当時の国学の碩学であった 広池千九郎の著書から見てみましょう。

『伊勢神宮と我国体』 P.41

(前略)
また、英国人で 日本に帰化したハーン (小泉八雲) の著書で、漢字で『神国』 (Japan : an interpretation ) と題する本には、

「我々は、大国主神の出雲の崇拝のほかに、古代の祭祀に 4つの階級をもつ。それは、家族的宗教、氏神の宗教、諸国第一の社 つまり 一の宮の祭祀、そして伊勢の国民的崇拝。」

と、記してある。
これは、大間違いで、外国人の著書だから仕方がないとして見過ごすことはできない。
なぜなら、この本は世界的な文豪の著書として見られていて、さらに世界の共通語である英語で記されているので欧米人がこれを信じてしまうことは勿論、日本の純粋な国学者以外にも世界中の様々な人に読まれているので、その弊害は甚大である。
ところで、外国人である著者がなぜこのような誤解を記すことになったのか。
(中略)
その原因は (中略)、その著者に接した日本人が無識であったこと。それに出雲の人は比較的に出雲大社を崇拝する度合いが高いので、その一地方の信仰の様子を見て、著者はこれが全国的なものだと誤解したようだ。
(中略)
天照大神の信仰と出雲大社の信仰が同等なものと誤解した原因は (中略)、崇神天皇 (第十代天皇) 以前は天皇の殿内に、天照大神と、天孫降臨以前に この葦原中国の主催者だった大国主命とを同じところに祀ってあったのを見て、その信仰がきっと同等だろうと誤解したものだろうか。
(中略)
しかし、大国主命を祀り、その子孫を優遇するようなことがあるからといって、決して天照大神と同等な尊敬をしていると見てはならない。
たとえ、長い間日本にいて、深く日本の事情に通じた外国人といえども、このような学問上深遠な研究を遂げることは不可能なことは勿論、血縁関係のない外国人には到底 日本民族の天照大神に対する熟誠した尊敬を推察することはできないものなので、このように間違に陥ってしまったことについては深く悪むものではない。

いきなり小泉八雲氏の間違いを指摘するなんて・・・
どうやら、この『伊勢神宮と我国体』を記した国学の泰斗 広池千九郎は、外国人には日本人の信仰を完全に理解することは無理だと思っていたようですね。
一般に当時の日本人は、神道をはじめ大和魂を外国人が理解するなんて不可能と思っていたようです。
確かに、キリスト教やヒンズー経を「国教」とする国々と、国家神道とした戦前の日本とでは、根本的に違いますからね。
しかし、広池は そんな小泉八雲を高く評していました。
それは、日本人の根底に流れている信仰の対象が古代神道であったことを、外国人であった彼が見抜いていたからでしょう。
それについては、次回以降で。

( 『伊勢神宮と我国体』の中の小泉八雲を記した箇所は、当時のイギリス人の日本研究者 アストン と併記してありましたが、内容を簡素化するために、小生の文責のもと省略しました。)

|

« 小泉八雲 - 2 | トップページ | 桜海老の掻き揚げ »

皇室」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/131161/58721674

この記事へのトラックバック一覧です: 小泉八雲 - 3:

« 小泉八雲 - 2 | トップページ | 桜海老の掻き揚げ »