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小泉八雲 - 12 (最終回)

八雲が求めたもの

前回までは、八雲が自分の家庭を求めていたことを記しましたが、もうひとつ重大な問題があります。
それは「死」の問題です。
西洋的な合理主義の考え方で死を見つめると、死とは「完全消滅」です。
八雲にとってはそれは耐え難いことだったでしょう。
そこで、幼いころから「悪魔」とか「妖怪」に関心を抱いていた八雲は、東洋的な精神論で死を解決しようと試みたのだと思います。
確かに、西洋のキリスト教でも「復活」とか「不滅」を唱えてはいますが、八雲にとっては それは「まやかし」で信じられないものだったようです。
いくら生き返ったとはいえ、「ゾンビ」では、魂を失った存在ですものね。
ところが、八雲は「輪廻転生」を説く東洋の思想に触れ、人間は死んでも化けて出てこれるものとして、肉体は失っても、恨みを持った精神は生き続けることのほうを選んだようです。

しかし、「この世に未練がないと人間界に残れない・・・」では残念ですね。
そこで八雲は、安心して死ねる「涅槃」の姿に「死」の恐怖からの救いを得ようとしたようです。
つまり「涅槃」から「霊魂不滅」を信じようとしたのですね。

さらに、日本人の「森羅万象から神を感ずる心」にも惹かれたようです。
自分をとりまく全ての物から生の息吹、つまり神を感じ、それに感謝する日本人の生活スタイルに感動したようですね。

ところが、陰 (かげ) 日向 (ひなた) のない日本人の質朴な心が、西洋文明によって破壊されていくことを、八雲は憂いていたようです。

八雲は、西洋文明を積極的に取り入れて過去の伝統を放棄するようなことを続けていては、やがて日本は滅んでしまうと感じていたようでした。

このように、「小泉八雲」という人物は、研究する素材として魅力が多いと思います。
たとえば、文豪としての面から「文学」、随筆家として面から「文芸」「民俗学」、あるいは八雲が残した著書、図書などから「神道」「仏教哲学」「比較宗教学」などを研究するのは比較的容易だと思うのですね。
なぜなら、彼は、膨大な「記録」を残しているからです。Photo

その「記録」が戦禍から逃れたのは、まさしく八雲の人柄だったのでしょう。
朗々と響く八雲の講義は、当時の東京帝大生の心をつかみ、その学生たちの縁で、八雲の膨大な資料は富山に疎開ができたようです。

そして、その八雲の人柄が、八雲が滞在した各地に彼の「記念館」を作らせたのだと思います。
八雲が日本人を愛したかどうかは不明ですが、日本人が八雲を愛したことは確かでしょう。

【 主な参考書として、東京大学名誉教授 平川祐弘 博士 の講義録 】 

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