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2013年10月

ふざけるな ! !

現地支給だって ! ?Sagyouin_okoru081216

先日、未払いの給料について、会社側に改めて請求したところ、既に、現地で支給されていたので支払済みだという回答が返ってきました。

つまり、昨年度は 約 2ヶ月、今年度は 1ヶ月間 向うに行っていたのですが、確かに、その間の「生活手当て」として、現地で現地の貨幣が支給されたのでした。

ベトナムと日本とを比較すれば、物価が違いますから、日本円で 1万円もあれば、一人なら一ヶ月間は 十分に生活できる金額ですね。

その「生活手当て」が、実は、給料だったと言うのですね。
今頃になって・・・・。。。。

日本にいなかったときは、休職扱いで、向うにいたときは、現地法人から給料が支給されていた・・・という解釈なんだそうです。

それはないだろう ! !

基本給と手当てとは、別ですよね。

「しかし、逆の場合を考えると、ベトナムから日本に来て、日本人と同様な給料を貰ったら得をするでしょう ?」なんていう始末。

心の中で「ふざけるな ! ! 」と、叫んでしまいました。
「そんなことなら、もう今後二度と、海外の仕事には行きません ! !」

今も、忙しいばかりで、たくさん仕事をしたところで、それが給料には反映されない・・・・。
もう、こんな会社、辞めちゃおうかな・・・。

【追加】
それから 10日後の本日、未払いだった 3ヶ月分の「基本給」が支給されました。
どうやら 同僚らが小生に加勢してくれたお陰のようです。
仲間は、ありがたいですね。

ところで、労働組合のない会社は、いわゆる「ブラック」会社が多いみたいですね。
弊社も完全なブラックですよ。

その背景には、どうやら 労働者階級が「正規」と「非正規」とに二分化され、「非正規」には労働組合がないので、経営者側の規律が緩んでいるようです。

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清らかな音

デジタル音の弊害

初老 (実際には中老) の小生の趣味は、オーディオです。
以前は、野球やカメラ、釣が趣味でしたが、もはや、そんな体力がございません。
そんなわけで、もっぱら映画鑑賞や音楽を聴くのが、今となっては小生の趣味として残っています。

しかし、歳をとるということは、聴力も低下しているということですね。
その聴力の低下を感じるときが、CD のレンズクリーナーを聞いている時です。
今はそんなことをする人はいないと思いますが、以前は、ピックアップ、つまり CDプレーヤーのレンズを乾式で掃除をするためには、特殊な CD盤を使っていたのですね。Cd_cleaner

特殊と言っても、CD盤の裏面に刷毛を植え込んでいるだけのもの。

そんな構造なものでは、逆に、レンズを傷つけてしまう・・・ということで、今では使われていませんね。

問題は、そのクリーナ CD盤に録音されている音。

掃除をしている間、無音では芸がないということなんでしょうか、いろいろな音が録音されています。

小生が持っている クリーナー盤の音は、低音から高音をテストする音が録音されています。

一般に CD音の音域は、20~20,000 Hz ということで、このクリーナーも、テスト音として 20~20,000Hz の音が段階的に出てきます。

それで、ピックアップの掃除をしながら スピーカーとかアンプの調子を調べることができるのですね。

と、同時に、それを聴いているリスナーの耳の調子も調べることもできるのです。

そういうわけで、時々、その音を聴いて、自分の聴力を調べているのですが、どうやら小生の可聴域は、60~10,000 Hz みたいです。

子供や孫たちは、20~20,000 Hz の音に反応しますから、小生のオーディオシステムには問題はないようです。

そこで、耳の良い子供たちら、昔のレコードを聴かせてみると、その音の美しさに驚くようです。

つまり、レコードの音は、CDのように、20 Hz 以下 20,000 Hz 以上の音をカットしていないので、広い音域の音を再現しているのですね。

小生には そんな音は聴こえませんが、子供たちには よく分かるようです。

そこで、今の子供たちがどんな音を聴いているのか、コンピューターゲームの音を聴かせてもらいました。

すると、ピコピコ、ギーギー、ガーガーとしか 小生には聴こえないのですね。

子供たちは、そんな音を聴いて、一日を過ごしているなんて、可哀想に思えてきました。

世の中には、美しい音源があるのに。。。

どんなに美しい CD 音でも、自然のせせらぎ、風の音には叶わないでしょう。
そういう音に接していない現代の日本の子供たちは、ある意味、本当に可哀想ですね。

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介護保険料額

ヘンな算定方法

弊社は、オーナーが中国人のせいか、給料が数か月分滞ったままです。
つまり、昨年度は 10ヶ月分しか支払われず、今年度も 1ヵ月分、合わせて 3ヵ月分滞っているのですね。
これが、中国人のやり方なんでしょうか。

小生の場合、高卒の労働社会階級、しかも途中で会社を変更したということで、世間一般で言う‘負け組み’です。
つまり、働けど働けども暮らしが良くならない‘ワーキング・プア’族です。
そういうことて、現在の給料はピーク時の 1/3以下で、子供たちの給料よりも低いし、家内のアルバイト料と肩を並べています。

そういうわけで、生活保護のほうがよほど良いわけですが、持ち家で自動車も数台所有していて、預貯金も少し残っているので、生活保護の対象にはならないようです。
もっとも、保護して貰う気は毛頭ありませんが・・・。

そういうわけで、ただでさえスズメの泪ほどの給料なんですが、その支払いを渋られてしまうと苦しいわけですね。

しかし、日本に住む外国人の場合も小生と同様みたいで、日本の会社が外国人に給料の支払いを渋るので、それが問題になり、実際に日本人社長が殺されるという事件も起きています。

特に、中国人研修生と呼ばれる人たちに対する給料の不払いは顕著で、日本人として恥ずべきことだと思います。

まぁ、殆どの日本の企業が時間外手当の支給を渋っていますから、まともに給料を貰っているのは公務員と銀行員ぐらいでしょうか。

ですから昔のように、企業が従業員にキチンと給料を払うだけでも、この国の経済は良くなると思います。

さて、今回の話は給料の不払いについてではありません。介護保険料についてです。
とにかく、昨日、今月分の給料の明細書をもらったのですが、その中に税金や保険料の決定書も同封されていました。

それを見てビックリ ! !

介護保険料が跳ね上がっていたのですね。
そこで、たまたま市の福祉課に勤めている従弟がいたので、介護保険料の仕組みについて訊いてみました。

すると、介護保険料額の算定方式がヘンであることが分ったのです。

たとえば、所得税は、その月の所得に応じて算定されますね。
地方税の場合は、一般に その年の 4~ 6月分の平均給与が、その年度の地方税額の算定基準になります。

ところが、介護保険料の場合は、各自治体で異なっているようですが、一般に、前年度の総所得を対象に賦課されることになっているようです。

小生の場合、昨年度、区画整理で補償金を貰ったので、総収入は一時的に跳ね上がっています。
しかし、区画整理の場合は、5千万円の特別控除がありますから、小生の場合、区画整理の補償金は 5千万以下でしたから、昨年度の確定申告時に、その補償金は所得税には反映されませんでした。

つまり、小生の場合は、区画整理による滅失分が補償金として充てられていたので、何も儲かってはいないわけですね。

ですから、区画整理の補償金については所得税に反映していなかったので、当然、地方税とか年金保険料とか介護保険料にも反映されないものと思っていました。

そこで、介護保険課が発行している「介護保険料の算定に関する基準と所得段階別保険料率」を見ると、介護保険料は前年度の合計所得によって算定されると記されているのです。
ところが、実際には「所得」ではなく「収入」に賦課されていたのですね。

つまり、区画整理の補償金は、長期一般の分離課税分に区分けされるというのです。
それはおかしいでしょう。

ましてや区画整理に応じると、介護保険料が跳ね上がるなんて、事前に聞いていませんでしたから、驚きました。

そんな事が事前に分かっていたら、区画整理の交渉内容も変わっていたかもしれません。

一般に区画整理とは、公益のために個が犠牲になることですね。

そういうわけで、犠牲になった人に対して保険料や税金が上がると言うこの制度は、明らかにオカシイ ! ! ・・・と、思うのです。
逆に、今までの生活から変わるのですから、減免の対象になっても良いと思うほどです。
介護保険の担当者も、区画整理に協力すれば、介護保険料が跳ね上がると言う今の制度はオカシイと言うのですから、やはり、オカシイですね。

皆さまも、ご自分の介護保険料について見直されてみてはいかがでしょうか ?

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八兵衛

志太の地域信仰Photo

「八兵衛」といえば、水戸黄門でお馴染みの「うっかり八兵衛」を思い浮かべる人が多いかもしれませんね。
あるいは チェーン店にもなっている「焼き鳥の八兵衛」とか「蕎麦の八兵衛」とか・・・
どうやら飲食店の屋号に、この「八兵衛」が使われていることが多いみたいです。

ところで、小生が住んでいる静岡県の志太地域では「八兵衛信仰」というのがあります。

志太地区の古老たちは親しみを込めて「八兵衛さん」と呼んでいるようです。

一般には、江戸時代の元禄の頃、この志太地域で疫病が流行し、通りがかりの「八兵衛」という僧侶が、持っていた薬でその疫病をおさえたというのが通説になっているようです。

その「八兵衛」さんは、地蔵として、あるいは石碑となって地域に馴染んでいます。
いったい、この「八兵衛」さんとは、どんな人なんでしょうか。

ある地域では、「医者」として、またある地域では「商人」とされています。
そこで、地元の フリーペーパー 「むるぶ」 平成 25年 10月 25日号 では、この「八兵衛」さんの「正体」についての諸説を紹介していました。
それを少し引用してみましょう。

① 六部僧説
諸国巡礼をし、全国 66ヶ所有名な寺に法華経写経を奉納する行脚僧であった。

② 修験者説
当地に来たときに疫病が蔓延し、加持・祈祷をしてこの疫病を治めた。六部僧説を含め「弘法大師」の再来と称された。

③ 小長谷八兵衛説
紀伊国 ( 和歌山県日高郡川中島 ) の出身の 吉田八兵衛のこと。若い頃から漢方医学を説き、遍路姿になって諸国を廻り病人を救った。旧大井川町の小長谷家に婿養子となり、漢方医として地域の住民を救った。

④ 中島八兵衛説
三重県尾鷲の回船問屋、土井八郎兵衛の娘と結婚した中島八兵衛という説。船から下りて陸路で通りかかった時、持っていた薬で地域の人々を助けたという。

⑤ 人柱・川除け説
ときどき氾濫する大井川の、堤防普請の際に八兵衛が人柱となった。その後、志太地域を流れる川の堤防やその周辺に「八兵衛」さんが祀られるようになった。これは川除けのご利益のため。

⑥ 行き倒れ説
「八兵衛」というひとが、この地域で行き倒れになった。行き倒れ人は「祟り神」になるとされていたので、それを祀れば逆にご利益があるとして祀られた。

以上が、「むるぶ」紙の記事を記した小嶋良之氏の解説です。

小生は、「八兵衛」さんは、お坊さんだった・・・説が有力だと思います。
その理由は、志太地区の仏教の歴史から察することが出来るからです。
そこで、志太地区の年表や地図を開いてみると・・・

まず、大井川の扇状地としての志太地区から富士山を望む際、その手前に、花沢山という小高い山が見えます。
そこに、奈良時代の天平年間 ( 729~748年 ) に、行基が法華寺 (天台宗) を建立したそうです。
その後、弘仁 6年 ( 815年 ) 、その花沢山の海隣の当目山の麓に、弘法大師が香集院 ( 真言宗のち曹洞宗 ) を建立したとされています。
その香集院は、別名 虚空蔵山とも呼ばれ、本尊の虚空蔵菩薩は聖徳太子の作とされています。

Photo_2

そこで、当時の大井川は、志太の浦とも呼ばれるように、河口が幾筋にも広がっていて、小湊がたくさんあったようで、その数に応じて船着場も多かったようです。

当時の東海道は、岡側には山賊が活躍していて通行が危険だったため、海側の道が利用されていたようです。

ところがこの大井川。たびたび氾濫していて、貞観年間 (859~876年) に大氾濫 (一説には大津波 ) に襲われて、地形が変化して船着場が利用できなくなったそうです。

そうなると、岡側を通らなければならないのですが、そこには山賊が・・・。

そこで、僧侶たちが山賊たちに仏教を広めて、その地域の通行の安全を期したのです。
こうして、川が氾濫すると、京や奈良の各派の高僧たちが布教活動に赴いて来たのです。

ところが、この駿河の地域は歴史的にも戦争の多いところだったので人々の生活は貧しく、川が氾濫すると原住民たちは飢えをしのぐために山賊にならざるを得なかったようです。

どうやら大井川の氾濫は、飢饉や疫病の原因になったようです。

そういうわけで、年表を見ると、大井川が氾濫するたびに、僧侶や修験者たちが志太地区にやってくる傾向があったようです。

こうしてみると、この人たちは、今で言う「災害ボランティア」みたいな側面を持っていたのかもしれませんね。

もちろん、弘法大師もそのひとりで、「八兵衛」さんについても、弘法大師の再来と喜ばれたわけです。

まぁ、地方にとっては 弘法大師 自体が もはや「都市伝説」ですから、「八兵衛」さんも「都市伝説」かもしれませんね。

以上が、小生の想像です。

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『笑っていいとも ! 』が終了 ! ?

来年の 3月末まで

ネットのニュースを見ていたら、「日本中が震撼 ! ! 」という見出しを発見。
また、どこかで災害が起きたのかと心配したら。。。

なんと、昼のバラエティー番組 『笑っていいとも ! 』が、来年の 3月末で終了と言うではありませんか ! !

小生は、最近、この番組は見ていませんでしたが、昼の 12時 15分に‘定刻’に始まった「テレフォンショッキング」というコーナーが好きだったので、それは観ていました。

つまり、昼の NHK のニュースを観て、それが終って フジテレビにチャンネルを変えると、ちょうど タモリさんが司会をする「テレフォンショッキング」が始まったものでした。
ところが、この数年、その定刻が崩れたので、その時間帯のフジテレビを観なくなっていたのですね。

小生が、このタモリさんの「テレフォンショッキング」が好きな理由は、タモリさんの巧みな話術でした。

毎回、代わる代わるのゲストを招いて、ソツなく対応するタモリさんには感心して、是非、その話術を見習いたいと思っていました。

とにかく「徹子の部屋」と違って、生放送です。
撮り直しが許されない中、放送事故を起こさず、ゲストと楽しい会話をするということは、スゴい事ですよね。

それを、32年間も続けてきたということは、これは奇跡です。

これはギネス記録でもあるそうですが、小生は「国民栄誉賞」級の偉業だと思います。

残り半年分は、毎回、録画しておきたいと思います。

ところで、この「テレフォンショッキング」の最初の‘お客様’は、最近、再び話題になっている 桜田淳子さんなんですね。
最後のお客さんは誰でしょうか ?

【追加】
あらら、これ、NHK のニュースにもなっていたのですね。

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やっとキンモクセイが咲き出しました。

寂しい花壇

今年の静岡は、10月の中旬まで猛暑が続き、そのせいか花の開花にも変化がありました。
まず、以前にも記しましたが、アサガオがいつまでも咲いていました。

そして、例年なら散っているキンモクセイが、今頃になって咲きだしました。

今年の秋の花は、すこしズレているようです。

ところで、話はガラッと変わりますが、拙宅の両隣には、元気なオバチャンたちがいます。
西隣のオバチャンは、ハリウッドスターの「モーガン・フリーマン」、東隣のオバチャンは、日本の俳優で歌舞伎役者でもある「香川照之」にソックリなんですね。

Photo_3  Photo_2

その「両スター」 ? から、拙宅の庭の花木について、さまざまなアドバイスを戴くのですね。

しかし、小生はそのアドバイスの意味が理解できないことが多く、そこで、業を煮やした「両スター」たちは、勝手に球根や種を植えてくれたり、消毒剤も散布してくれるわけです。

そういうわけで、小生はそのオバチャンたちに任せ切りのところがあるのですが、そのオバチャンたちの努力も空しく、今年の拙宅の秋の庭は寂しい限りです。

咲いているのは、前述のキンモクセイと季節外れのラベンダー。

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キンモクセイの香と、ラベンダーの香が競演しています。

それから、水仙の芽 ( 下写真・左 ) が出てきましたが、その隣に、何やら知れぬ球根から芽が・・・。( 下写真・右 )
香川照之似のオバチャンの話では、それは、彼岸花の一種とか ?

Photo_4 2013102207340000

何が出てくるのか、楽しみです。

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超、多忙です ! !

まるで、高度成長期 

今回は、珍しく仕事の話です。
なにせ、仕事や勉強が大嫌いな小生がする話ですから、テキトーに読み流してくださいね。

さて、小生は、鍛冶屋と申しましても、いわゆる 型職人 でありました。

ところが、最近、3D ( 立体 ) プリンターの出現で、「型」の産業は一変しています。

「型」というのは、つまり モデル のことで、文字どうり製品の基本となる最初の「カタチ」のことです。

たとえば、プラモデルの部品を作る場合には、予め作られた「型」の隙間に原料のプラスチックスを射出成型して量産します。

あるいは、鉄板を「型」に圧力を掛ければ、缶ができたり、ヤカンや鍋などができます。

また鋳鉄を流す「型」には、木型とかスチロールなどが使われています。

昔の倣い旋盤にも木型が使われました。

こうした「型」を作るには、旋盤とかルーター ( フライス盤 ) とかいう加工機械などを駆使し、さらに必要に応じて表面を鏡のように滑らかにするために磨いたりして、たいへんな作業を重ねてきました。

ところが、 3Dプリンターの出現で、そうした加工プロセスなしで、精緻な型が出現するのですね。

つまり、パソコンで作成した 3D CAD のデーターが、そのまま立体的に‘印刷’されるのです。

そういうわけで、安価で迅速に試作品などを作ることが出来るようになったのです。
さらに、今までは不可能だった加工も可能になったのですね。

たとえば、内部と外部の加工が同時に印刷加工されるのですから、いままのように、部品を組み合わせて一つの「型」を作らなくても良いということです。

しかし、3Dプリンターの素材はあくまでも樹脂ですから、鋳型のように強度が必要のない場合はそのままでよいのですが、出来上がった型が、さきほどのプラスチックスの射出成型の型のように強度や硬度が必要の場合、どうするかが問題になっています。

そのために‘インク’の開発が盛んですね。
歯科医療のときに使われているように、紫外線を当てると固まるプラスチックスみたいなものとか・・・・
いわゆる 光硬化 樹脂ですね。

あるいは、例えば、強度のある塗装をするとか、メッキをかけるとか、強度が必要な箇所に細かい砂を打ち付けるというショットという方法でその表面を強くするとか、光触媒を利用するとか、色々な方法が試されています。

そうした表面加工は、強度や硬度の獲得だけでなく、表面の模様を描くことにも利用されます。

さらに、電気が流れる樹脂を原料にしたインクで 3Dプリンターを利用すれば、配線やハンダ付けが不要な、複雑な立体基盤を作ることが出来るばかりでなく、そのままコイルとか集積回路までできてしまうのですから、これは凄いことですね。

こうした技術が、開発中のフィルムディスプレーに組み込まれると、映画『ハリーポッター』の魔法界の新聞のように、新聞の写真が動画になるはかりでなく、紙面のニュースが常にに UPDATE されて最新の情報になっているとか・・・。

つまり、ポケットのなかに折りたたんでおいたフィルムを開けば、それがそのままタブレットになるのですね。

つまり、最近放送された テレビのサスペンスドラマ 『ハニー・トラップ』 に出てくる 新素材 「グラフェン」そのものですね。
折りたたみ可能な携帯フィルムが新聞になったり、携帯電話になったり、大型テレビになったり、そこへ作図してみたり・・・。

あるいは、その素材で作られた衣類がタブレットになるかもしれません。
つまり、表面さえあれば、それがタブレットに変化する。

そんな映画のような世界が目の前です。

小生は、そうした 3D プリンターの駆動部品の製作に関係しているので、非常に忙しくなったのです。
ノンタイトのノンバックラッシュ・・・という構造なんですが・・・

産業の空洞化が叫ばれている今日ですが、重量のあるノズルを正確に移動させる技術は、日本が一番だと思います。

ところで、小生は「忙しい」ことが嫌いです。
なにしろ、「忙」しいという字は、「心が亡ぶ」と書きますから。

ですから、なるべく忙しいという字は書きたくないのですが、それを書いてしまったということは、既に、心が亡んでいるのかもしれません。

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肩凝り

日本独特の文化

最近、肩が凝ることがなくなりました。

原因は、体操を始めたとか、いつまでも気温が高いままとか、いろいろと考えられますが、一番の原因は、認知症の母を施設に預けることができて、その介護から開放されたことだと思います。

それまでは、常に肩が凝り、腰が痛く、だるいし、耳鳴りも強かったと思います。
そした身体的な苦痛から開放されたことは、小生にとっては喜びです。
なにしろ、父の介護からはじまり、それから母の認知症が発見され、それ以来 続いて 20年間、親の介護に振り回されてきた感じでしたからね。

それから開放されたことで、小生は少し、生き延びた感じがします。

そんなことを友人に話したら、「肩凝り」というのは日本人しかないというのですね。

彼によれば、そもそも外国語には「肩凝り」を直接表す言葉がないそうです。
更に言えば、日本でさえも江戸時代までは「肩凝り」なんてなかったそうです。

そんなに外国人や かつての日本人は、肩凝りがないほど身体的に楽なんでしょうか ?
どうして明治以降の日本人だけが肩が凝るのでしょうか ?

そんな疑問が沸いてしまいますが、現実的には、昔の日本人も外国人にも「肩凝りの」の症状は存在していて、ただ、それを直接的に表現する言葉がなかったそうです。

つまり「疲れる」と同様に、筋肉が張ることは当たり前のことで、特に肩と言う部位を特定してそこだけが凝るという概念はなかったそうです。

ところが、数々の近代日本語を発明したとされる夏目漱石が、この「肩が凝る」という表現をして以降、日本には肩凝りが定着して、現在では病名としても確固とした地位を獲得しているのだそうです。

さらに、「肩凝り」という言葉は、身体的な症状を表すだけでなく、「頭痛」と同様に一種のストレス感を表現する言葉ですね。Photo
つまり、実際に頭が痛くなるわけでもないのに、精神的なものが原因でストレス感を感じそうなとき、その原因になる因子を「頭痛の種」と表現しますね。
同様に、実際に肩が凝るわけでもないのに、精神的な要素が加わる肉体的な労働をする場合に 、「肩が凝りそう」と言いますね。
たとえば、長時間にわたってパソコンの操作を続ける仕事に直面した時に「肩が凝りそう」と思うわけです。

こうしてみますと、「肩凝り」という言葉は、カナダの生理学者 ハンス・セリエ (切手の写真)が提唱した いわゆる「ストレス学説」にピッタリですね。
( ストレスとは、「外界からの刺激が積もりに積もった時に生体が持つ防衛反応として示す生体の精神上及び肉体上の不都合」なんだそうです。)

そういうわけで、こうした日本独特の「肩凝り」という概念を積極的に輸出している会社があります。

それが、東南アジアでもよく見かける「サロンパス」の大きな看板。

こうした日本人の独特な感性を、もっと発掘して商品化する余地は、まだまだありそうですね。

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暑いですよ ! !

つづく真夏日1010

昨日は、新潟で 35.1℃ が観測されたということですが、こちら静岡でも暑い ! !
手元の寒暖計を見たら、なんと、33℃。

そういえば、今頃になれば毎年咲く はずのキンモクセイですが、今年はどうも咲く気配がありません。
拙宅が特別なのと思って周りの家を見たら、他も同様です。

ところで、前回の話の続きになりますが、小生が最近、肩が凝らないので、そのことを同僚に伝えたら、同僚らも体調が良いと言います。

どうやら、寒くならないのて、老体が強張ることもないので、それで関節が痛まないのでしょうか ?

確かに、暑い南国に行くと、だるいですけど、体が痛くなることは少ないですね。

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おはよう 健康体操 - 2

体調がいいです

本日は、10月 10日。かつての体育の日。49年前の東京オリンピック開会式の日でありました。

なぜ、この日が東京オリンピックの開会式に選ばれたかと言うと、この日は晴れの「特異日」ということで、統計的に、なぜか晴れの日が多いのですね。

そういうわけで、この晴れの日を狙って、高速道路などでは一斉工事をしています。
小生が、観光バスのアルバイトをしていたときは、「この秋の観光シーズン絶頂期に、高速道路が工事をするなんて、あんまりだ ! ! 」と、思ったものですが、今では、第二東名ができたお蔭で工事渋滞の列につながることはなくなりました。

それにしても今年は、伊勢神宮、富士山など、観光資源が光り、家内がお世話になっている観光パスの休憩所は てんてこ舞いの多忙し ということで、小生よりも帰りが遅いことがあります。
もう、へとへとになって帰ってくるのですね。

そんなときは、小生が夕飯の支度をするのですが、たいしたものを作れるわけではなく、おでん とか 煮物、焼き魚など簡単なもので誤魔化しています。

それでも、絶対にレトルト食品は使わないことにしています。
それを使い出したら、調理ではなくなってしまいますからね。

そうして風呂に入って、寝床に入って、本を開くと、いつの間にか翌朝の五時です。

小生は、朝 五時に起きることが習性になっているのですね。
早速、朝の体操をするのですが、ラジオ体操は 6時半からです。
最近は、それまで待っていられません。
そこで、テレビの BS-TBS を点けると、「おはよう 健康体操」がやっているのです。

これは、以前にも紹介したことがありますが、ある中国人の男性インストラクターが、中国のいろいろな武術の構え方などを組み合わせた体操を発明して、それを披露しているわけです。

たとえば、この「おはよう 健康体操」の最初の運動は、一見スクワットのような感じですが、これは「酔拳」という武術の構えのひとつなんだそうです。

日本の海軍体操のように、直線的で、リズムにピッタリ合わせるものとはちがい、曲線的な動きで、ゆったりと構えるものです。

そして、肩などの関節を捻じる運動が多く取り入れられていて、普段あまり動かしていない部位を動かすので、非常に関節が楽になるのです。

この「おはよう 健康体操」は、 1セット 約 8分の体操で、それを休みながら 3回繰り返すのですね。

3回目のときは、かなり体がほぐれていて、力を入れて大きく体操をしても大丈夫な状態になっています。

最初は、家内も一緒にやってしましたが、朝が早すぎると言うことで、すぐにリタイア。
働く女性にとっては、この時間帯は大変なようです。

しかし、小生は、これを毎日続けているお蔭で、体調がよくなりました。
特に、肩と腰の痛みが無くなったこと、疣痔が出にくくなったことは、小生にとっては驚きでした。

NHK の テレビ体操の場合、そこに出でいる 女性インストラクターらは リズムに合わせて寸分の狂いもなく キッチリと体操をしていますが、この「おはよう 健康体操」は、それとはまったく違い、インストラクターが中国人男性のせいか、リズムに合わせて体を動かすわけでもなく、テキトーにやっている感じが良いみたいです。

つまり、自分のリズムで適当に体操ができるのですね。
小生のような歳になると、そちらのほうが良いです。

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映画 『人生劇場 新 飛車角 』

東映の任侠映画Photo

暦の上では 寒露 ですが、真夏日が続いています。
そんな今現在、有料衛星放送が‘無料お試し期間’ということですね。
そこで、いろいろと番組表を覗いてみたら、「東映チャンネル」の中の『人生劇場 新 飛車角』という映画を放送していたので、録画して鑑賞してみました。

この映画は、小生にとっては初めて観る映画です。

東映の仁侠映画といえば、国宝級の俳優 高倉 健さん を思い浮かべますが、この映画は、その前の世代の 鶴田 浩二さん が 主演していました。

そして、その仁侠映画のストーリーといえば、我慢を重ねた主人公が、ついに堪忍袋の緒が切れて、多数を相手に独りでたち回る・・・というのが定番ですが、この映画もそれを絵に描いたストーリーでした。

『水戸黄門シリーズ』のように、毎回 同じ感じなのに、つい観てしまう魅力があります。

気がつけば、『人生劇場』というテーマソングを歌った 村田英雄 さん、そして主演の 鶴田浩二さん、脇役の西村 晃 さんなど、ほとんどの方が故人となられていました。

任侠・・・というと、最近は「任侠ヘルパー」なんてテレビ番組がありました。
それと見比べると、時代の変化を感じました。

今の暴力団を扱った映画を観ると、極妻シリーズとかアウトレージ のように、勇ましい言葉が乱れ飛びますが、「東映チャンネル」で放送されているような昔の任侠シリーズは、穏やかですね。

怒鳴り散らす、まくし立てる・・・という暴力団の姿は、どうやら最近のことのようですね。

昔の任侠世界を懐かしむ世代があるからこそ、こうしたチャンネルにも人気があるのでしょうね。

1964年 日本 105分 監督; 沢島 忠  出演、鶴田浩二、佐久間良子、長門裕之 他

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オープンガーデン

小布施町の試みPhoto

先日、長野県の小布施町というところに行ってきました。

静岡県に住んでいる小生にとって、昔の小布施町と言えば、スキー場に行くときの中継地点といった感じでした。

ところが、この人口 1万 2千人の小さな町が大変身をしたということで行ってみたのです。

すると、街並が美しく整備されて、雰囲気が良いのですね。

さらに、葛飾北斎の記念館に行ってみたら、その充実した展示内容に感心してしまいました。
非常に分かりやすいのですね。

そして本日、NHK のラジオ放送を聴いていたら、その小布施町の「街並修景事業」について解説していたので、しばらく聞き入ってしまいました。

カーラジオでしたので、全部の放送内容を聞いていたわけではありませんが、なるほど・・・とうなずけました。

その内容を少し説明しますと・・・

小布施町を観光の地としたのは、いわゆる「ハコモノ」でした。

ハコモノ」というと、大金を使った豪華な施設。
それなのに、いつも閑古鳥が鳴いている。
さらに、天下り公務員の受け入れ先。
・・・と言ったイメージですが、小布施町の場合はそれとは違うのですね。

それが「五者会議」というもの。
小布施町を変えようという同志が五人集まって、徹底的に話し合ったそうです。
五者とは、行政、長野信用金庫、小布施堂という栗菓子屋さん、ほか 民間人 2人。
その五者が、小布施に統一感のある街並を建設しようと立ち上がったそうです。

それを単に行政に任せるのではなく、町民たちが中心になって発案し、行政がそれを後押しすると言った形を採ったそうです。

そのために、まず、町民たちが土地を交換し合ったり 賃貸契約を結ぶなどして、広い道を作ったそうです。
つまり、民間主導の区画整理を実現したわけです。

さらに、「オープンガーデン」といって、個人の庭を観光客に開放したのですね。
さらに、庭を見てもらうだけでなく、個人の本棚を開放。
なかには、庭の一角にビールサーバを置いて、フリードリンクとして振る舞う人もいるとか。

そんな具合に、最初は 38件でスタートした「オープンガーデン」も、いまでは 130件が開放しているんだそうです。
スペインの「パティオ」みたいですね。

さらに、若者を呼び込もうということで、町長室の隣の部屋を大学の研究室として提供。
全国からさまざまな大学が、この研究室を利用して、町興しや、地方経済を研究しているそうです。
その一方で、学生らからさまざまな提言を受けることができて、町が発展したと言うのです。
それを「小布施 若者会議」と言うそうです。
これは、スイスのダボス会議を模したもので、若者たちがアイデアを出し合って、小布施 特産の商品開発とか、社団法人を立ち上げたり、I T 農作物を開発するなど、早速、効果が現れたということです。

とにかくイベントを立ち上げるのではなく、小布施の普段の生活が観光となるような無理のない仕組みを作ったということです。

こうした ローカルコミュニティー空間を実現するために、とにかく当事者たちが納得し合うまで徹底的に話し合ったと言うことですね。
そうして、統一した街並景観が、自主的に実現したというのです。

行政の一方的な「ハコモノ」ではなくて、町と共存する「ハコモノ」。
こうした小布施スタイルは、地方活性化のヒントになると思います。

( 写真は、小布施で発見した、巨大ステンレスのカブトムシ ! ! )

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