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『静岡新聞』、ダメでしょう ! !

新聞社が、学校名を公表

本年度の全国学力テストで、小学 6年国語 A の成績。
静岡県が最下位だったということで、静岡県知事が激怒。
県内の下位 100校の校長名を公表するぞ・・・という騒動がありました。

結局、静岡県知事は「信賞必罰」の「必罰」ではなくて「信賞」の方を採り、下位ではなく、全国平均を上回った公立小学校上位 86校の校長名を公表。
本日の朝刊に載りました。

ところが、新聞をよく観ると、小学校名までも載っていました。
県知事は、教員を褒めるためとして校長名だけを公表したはずなのに、『静岡新聞社』は独自の判断で学校名も掲載していました。

その理由として、「お断り、川勝平太知事は全国学力テストに参加した 507校の県内小学校のうち、国語A の成績が全国平均以上だった学校の校長名のみ公表しましたが、静岡新聞社は学力向上に向けた教育施策を議論する上で重要な意味を持つデータとして、独自の取材で学校名を添えました。」と記事の片隅に記してありました。

知事の意図としては、「校長名公表は教員の責任を明確にするため。上位でも下位でもよかった」ということで、メッセージも添えていました。

その知事のメッセージポイントは、

  • 自らの責任で 国語A の成績が全国平均以上の 86学校の校長名を公表する。
  • 公表は学校教育の責任が現場の先生にあることを明確にするため。
  • 成績上位を公表したのは指導に当たっている多数の先生を褒めるため。
  • 私の本当の関心事は成績下位校問題を抱えている先生方。うまく指導できないので困っている先生方は持って申し出てほしい。

さらに、学校名と校長名とは同じではなく、学校名の公表を禁じた文科省の実施要綱には抵触しないとの認識も示していました。

ところが、『静岡新聞』が敢えて学校名を加えたのは、そうした学力テストの実施要綱に明らかに反したもので、報道機関としては過ぎた行為ではないかと思います。

これは、知事と教育委員会の確執ということよりも、報道機関の暴走と捉えるべきで、『静岡新聞社』の猛省を促したいと思います。

いずれにしても、結局、全国平均を超えたのは僅か 17%に過ぎなかったことも判明し、静岡県内の小学生の国語力が相当低いことが分かりました。

学者でもあり、元大学総長であった川勝知事のみならず、我々県民にとっても、子供たちの国語力低下は、由々しき問題であることは間違いないでしょう。

【 追加 】

実は、静岡県の小学生の国語力が弱いのは、学校の責任というよりも、塾の責任でありましょう。

学校なんて、今や、塾の宿題をするところ。
生徒たちの親は、学校よりも塾のほうを重視しています。

公務員先生、日教組の先生は、最初からアテにしていないのです。

・・・というわけで、学校長の名前よりも、塾長の氏名を公表すべきだったかもしれませんね。

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コメント

 >静岡県知事川勝平太 またの名を嘘つき平太・・・この度は、全国学力テストで小6が最下位だったことから事は始まったようですね。
 >下位100校の校長名を公表すると唐突に表明したからさ~大変!
 >学校名を公表しないが文科省のルール、校長名とは記載されていないからこれはOKだとする県知事。
 >これに対し文科省では校長名イコール学校名との認識を示し県教委はこれを順守すべきだとの見解。
 >今回の件で、嘘つき平太に屁理屈平太がプラスされた。

学校長は、学校教育に責任のない人なのか。ただ、他の教員よりも金を多く貰っているだけなのか。
その責任者であるならば、問題があれば、名前を明らかにされても仕方がない。
問題の解決には、なによりも責任者の自覚が必要である。

意思のあるところに責任はある。
意思のないところには、責任がない。
責任者は、責任を持って問題の解決を図ることを期待されている。
無意思の責任者には、問題を解決する力はない。

死刑執行人は、殺人罪に問われない。
彼らは、殺意がないからである。彼らは ‘頼まれ仕事’ をしているのである。学校長の仕事もそのようなものなのであろうか。

日本人には、意思がない。
意思は、未来時制の文章内容で、日本語には、時制がない。
だから、日本人には、意思がない。

非現実 (過去時制と未来時制) の文章内容が表現できなければ、際立った個人差は出ない。どんぐりの背比べか。犬と犬の違いに終始する。
個人主義を理解することも難しい。

我が国がひっくり返った時にも、国の政治責任者は出なかった。
「責任者を出すな。犠牲者を出すな」と言う声が上がった。
意思のない人が責任を追及されることがあれば、彼はまさしく犠牲者であろう。動物愛護の精神が必要。
学校長も、そのようなものか。とかく、この世は無責任。

心のある人とは、どのような人か。
自分の感情を表現する人か。ならば、歌詠みの人か。
自分の意思を表現する人か。ならば、行動の人か。

日本人には、意思がない。だから、自分の意思を示さない。
我が国は、世界の中にあって、世界に属さず。
日本人は、無為無策で高踏的*なのか。
我々は、来るべき国際化社会に備えなくてはならない。

 *高踏的 (自分ひとり高いとしているようす。おたかくとまるようす。)

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/


投稿: noga | 2013年9月21日 (土) 08時29分

noga さま、いらっしやいませ。
早速のコメントを戴き、ありがとうございました。
さて、「日本人には意思がない ! 」というご指摘。
肝に銘じたいと思います。
確かに、日本人の和を尊ぶ国民性は、裏を返せば「優柔不断」ということにもなりかねませんね。
意思を強く持ちたいと思います。

投稿: あらま | 2013年9月21日 (土) 20時32分

おお、あらま様 ご赦免ですか!?
お疲れ様でした。
あらま様が日本にいない間にも中国の日本侵略は止まらず、おばQはあらま様の分まで反中デモに参加しております。
どなたさんかが書いてましたが、日本人が明確な意思を示さないと国土が掠め取られてしまいます。
あらま様がいうところの老人でありますが、老いた五尺の体おしくありません。日本のために頑張ります。

投稿: おばQ | 2013年9月22日 (日) 21時21分

おばQさま、毎度、ありがとうございます。
円のレートが 120円に落ちるまでは、海外で生産するメリットがあるということで、今しばらく往来することになりました。
また、暫く休んでから行くことになると思います。
それにしても、東アジアには日本人が展開していて、その人数も驚くほど多いですね。
その若い日本人の語学力には驚きました。
みな、就職する前に、英語が喋れるように特訓を積み重ねできたようです。
やはり、外国で働くならばバイリンガルでなければダメですね。
さて、尖閣で衝突があったら、小生も戦闘に加わりたいところですが、おそらく白髪のジジイは邪魔になるでしょう。
先端技術に追いつけない小生ですから、銃後でも役に立つそうもありません。
そういうわけで、なるべく国の負担にならないように、つまり介護の対象とならないように意思を強く持ち続けたいと思います。
でも単なる頑固者でも困りますから、若い人たちが動きやすいように心がけたいと思います。

投稿: あらま | 2013年9月23日 (月) 09時14分

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