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2013年8月

送り火

今年のお盆も終わりですねPhoto

終戦記念日の次の日である本日、『靖国暦』を見ると、京都大文字五山送り火 と記されています。
例年ですと、この日辺りから、熱帯夜が弱まり、朝の空気はヒンヤリと感じるのですが、今年は暑さが続きますね。

さて、突然ですが、小生、また南国に行くことになりました。

体調が万全でないので、少し不安はありますが、緊急事態ということで、すぐ発ちます。
また暫くの間、ご返事や問い合わせにお応えできなくなると思いますが、その失礼をお許しください。

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陸奥鉄

戦前の鋼鉄

終戦記念日です。
しかし、お年寄りにとっては、「年金支給日」です。
銀行では、お年寄りが列をつくり、慣れない ATM の操作に、アラームが鳴りっ放しです。Photo

さて、今朝のテレビのニュースを見ていたら、陸奥鉄が現代でも活躍していることを報じていました。

鍛冶職人である小生、恥ずかしながら、今まで陸奥鉄を日本刀の素材の一種とばかり思っていました。

ところが、旧日本海軍の戦艦に使われていた鉄なんですね。
その成分は放射性物質が少ないということで、現在でもいろいろな場面で活躍しているそうです。

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幻の強力電波兵器

太平洋戦争の遺産

明日は、終戦記念日。
安倍首相は、靖国神社に参拝しない代わりに、玉串料を奉納するとか・・・
早速、中韓はグチャグチャ文句を言っているようですが、内政干渉ですから無視してよいでしょう。

それはさておき、本日の『静岡新聞』夕刊トップは、静岡県島田市で旧海軍が開発していたという「強力電波兵器」の話題。

戦争で劣勢であった旧日本軍は、さまざまな兵器を開発していました。
紙風船に爆薬を釣り下げて、偏西風を利用して太平洋を渡ってアメリカ本土を攻撃した風船爆弾などは、物資のない時代の最終兵器でありました。Photo_2

そうしたなか、戦争挽回兵器として原子爆弾とともに電波兵器を開発しようとしていたのですね。強力な電波を敵爆撃機などに照射させて、それを墜落させようとするもの。
そうした最新技術の兵器を島田市で秘密裏に開発していたようです。

その開発組織と、かつての「島田理化」との関係は分かりませんが、静岡県の島田市にはそうした軍の秘密研究所があったことは県民に知られています。
それが、旧東海パルプという軍需工場が空襲で狙われるようになったので、大井川を遡った牛込地区というところに疎開して開発を進めようとしていたそうです。

その牛込地区には、巨大なパラボナアンテナの土台などが残っていて、戦争兵器史としての一級の史料になりうるそうです。

ただ、その牛込地区というのは、大井川の治水工事の対象区域なんですね。

つまり、蛇行する大井川の流れを滑らかにする「平成の大改修」で削られてしまう運命なんです。

血管にたとえれば、動脈の瘤をとって、血流を良くしようというものですね。

ところが、科学史などの研究している専門家の話として「戦況挽回兵器開発のため科学者が動員した歴史の証人。科学と戦争の関係を考えるのに象徴的な遺産だ」と指摘し、その上で「現地には我々研究者が驚くほどの遺跡が丸ごと残っており、実物を保存す価値も十分ある」と話しているそうです。

しかし、大井川の大改修は徳川時代以前から行われてきた地元住民の悲願です。

そこで、その実験跡地で初めての発掘調査が行われ、どうやら記録だけの保存にとどまりそうです。

小生も、その地区はよく通ったのですが、あそこが削られないと、大井川の治水の意味がないと思います。

そこが悩ましいですね。

この記事は、新聞から切り取られ、小生のスクラッププックに貼られることになります。

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偶発

劣悪な環境

旧盆です。日本民族大移動であります。
今が一番、暑い季節ですね。
そんなときに、熱い風呂に入って、その後、冷えたビールなどでキューっと一杯やるのが、最高であります。

その小生の風呂友達といいますか、人生の大先輩たちの話は一傾の価値があるものばかりです。
だいだいが小生の父母の年齢ぐらいの人たちですから、80~90歳ぐらいですね。
つまり、歴史の生き証人ということで、戦争時代に従軍したときや、その後、高度成長期で活躍したときの話をしてくれます。

あまり戦争当時のことは話したくないようですが、高度成長期に踊ったときの様子は調子よく話してくれます。

昔のことですから、美化したり大げさになりがちですが、それを割り引いても、昔の人はたくましく生きてきたということでしょう。

さて、戦後、遠洋漁業の無線技師として、あるいは商船の通信士として働いてきた人の話では、中国漁船に襲われた日本の船が多いということのようですね。
つまり、中国の漁民は、資材がなくなると、周囲の漁船を襲って機材や食料を奪ったり、ひどいときには、せっかく漁した魚も奪われたことがあるといいます。
どうやら、中国漁船は、時として海賊に豹変するようですね。

そんな中国漁船の中を見ると、不衛生で満足な装備もなかったそうで、よくそれで航海に出たものだと感心してしまうほどだったようです。

彼らには海洋法なんていう意識はなく、ただ、魚が獲れればよいのでしょう。

また、話は変わりますが、以前、日本の海上自衛隊の護衛艦が中国を表敬訪問したとき、中国人に内部公開したそうです。
そのとき、中国人らは、その装備がすべて本物であることに驚いたそうです。
その中国人の驚きに、逆に、日本人隊員らが驚いたというのは、これもまた、驚きです。

そういう具合に、食品偽装の国で、模造品ばかりを生産している国ですから、毒餃子に象徴されるような中国製の食料を食べ、インチキ テーマパークのような中国製の船に乗り、そして約束を守れない中国人が操舵しているのですから、中国船が まともであるはずがないですね。Photo

中国漁船だけではなく、中国の公船と呼ばれる船も、その実態は同様で、規律が維持されているとは考えられないそうです。

そんな中国船が、近年、日本付近をウロチョロして、日本を刺激しています。
日本は良識がある国で、国民性も品格が高いですから良いのですが、中国の場合は実情が複雑で、いつ間違いが起きても不思議ではないといいます。

そうして偶発的に交戦にでも及んだら、日本は大迷惑です。
今でさえも迷惑なんですが、さらに迷惑な話です。

とにかく、日本と中国とは比較するまでもないのですが、中国船の装備の不備、不衛生な環境、食事、そして徹底されていない規律を考えてみると、恐ろしい話・・・なんだそうです。

夏の暑い日に、熱い風呂に入っても、十分に涼しくなる話でした。

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暑いとはいいますが・・・

南国と比べれは、爽やかですよAug01_a22

今日も、テレビやラジオでは、熱中症に気をつけるように、注意を促していました。

「今年は特に暑い」という言葉は、人間の口癖で、昨年の暑さを忘れているからだとラジオで言ってました。

確かにそうですね。

しかし、「観測史上初めての高温とか」、「体験したことのない暑さ」なんて報じているのを聞くと、体感温度がいっそう増す感じがします。

振り返ってみると、小生の子供のころは、クーラー (エアコンのこと) もなかったし、扇風機も一家に一台でした。
したがって、子供の暑さに対する主力戦力は うちわ 風鈴でした。
そうして、日本人は生き延びてきたのですね。

ところで、小生は、東北大震災以後、エアコンを使用していません。
車の中もです。

家や車にエアコンがないわけではありません。節電の意味で使っていないわけでもありません。

南国に赴任してから、その蒸し暑さと比べれば、日本の暑さなんて序の口です。
そんなんで暑いといってたら、南国では暮らせません。なんちゃって・・・

むしろ、暑いときに冷気を体に当てるのは、健康に良くないと思います。

実際に、会社の事務員さんも、事務所で二台のエアコンを ガンガン 駆けた末、風邪をひいて休んでいます。

夏風邪は、苦しいらしいですね。

もちろん、皆さまに、エアコンを使わないように推奨しているわけではありません。
せっかくの文明の利器ですから、必要であれば、ドシドシ と使うべきでしょう。

しかし、このぐらいの暑さでは、濡れタオルで四肢を拭き、風に当てれば、そんなに苦痛ではないと思います。
あるいは、ミストをふりかける人もいますが、その場合は、他人に掛からないように注意してもらいたいですね。

さらに最近では、駅とか商店街で、爽やかなミストのサービスをしているところがあります。
あれは良いですね。

そうは言っても、最近の熱帯夜では ナカナカ 寝就けませんね。
そんなときは、アイスノンや保冷剤を、タオルに巻きつけて、冷やしたいところに当てると、なんとか眠れます。

ところが、相当に暑かったのでしょうか、起床時の小生の姿は、パンツ一枚です。
あまりの暑さで、脱ぎ散らかしていたようです。

とにかく、暑ければ 脱ぐ。
脱いでも暑いのなら、濡れタオルで体を拭き、風を当てて、その気化熱で体を冷やす・・・。

暑さで体が疲れるのは、体の水分を搾り出して 汗を出すのに相当のエネルギーを使うからなんだそうです。

それなら、汗を出す前に、体の表面を水で塗らして、それが蒸発するときに奪われる熱で体を冷やしたほうが楽みたいですね。

しかし、「年寄りに冷や水」と言います。
もう若くない小生ですから、冷やしすぎに注意したいと思います。

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天変地異

古代日本に何が起きたのか

一昨日、奈良を中心に、巨大地震が起きたという緊急メールがあり、驚きました。
結局、気象庁のミスということでしたが、交通機関をはじめ、冷静に対応したので、それによる事故はなかったようです。

さて、本日は「ナガサキ」です。
本日の静岡も猛暑でしたが、68年前の長崎は、灼熱地獄だったといいます。

その長崎に落とされた原爆は、プルトニウム型のパンプキン爆弾といいます。
「ヒロシマ」は、ウラン型原子爆弾といいますから、白人至上主義だったというトルーマン大統領は、イエロー・モンキーに向かって、二種類の人体実験をしたことになります。

その原爆の模擬爆弾が、実戦の前に、試験的に各地に落とされた記録があるようです。
静岡県でも、1945年7月 26日に、島田市と焼津市など 3ヵ所に投下実験をしたそうです。
全国では、49ヵ所に この模擬爆弾を投下して訓練を重ねたといいます。
これは、米国がニューメキシコ州で原爆実験をしてから僅か 10日後だといいます。
その日本への原爆投下に、当時のイギリスも同意していたという記事もあり、米英が日本を標的にしていたことは明らかでしょう。

一瞬にして、すべてのものが蒸発する。

一瞬にして殺すことは、従来の通常爆弾と原爆は同じですが、違うところは放射能による人体崩壊ですね。
これは、被爆した本人だけでなく、その子孫にまで及ぶというのですから、旧米軍の攻撃は今も、そして未来永劫に続くということでしょう。

その原爆で生き残った人の体験談によると、一瞬、明るくなったかと思うと、暫くの間、暗闇が続いたといいます。

まさに、天変地異でいう「天変」でしょう。
青天の霹靂とも言います。

しかし、こうした言葉は、日本人が原爆を体験する以前からありました。
その前の「天変」とは、気候変動とか、日食、あるいは彗星を指していたそうです。いわゆる、自然現象ですね。

そうした自然災害による「天変」が、古代日本にもあったそうで、それは地質学者らも確認しているといいます。

日本最古の歴史書である『古事記』にも「天変」の記載があり、たとえば、天照大神の天岩戸篭りの時も、世界は真っ暗な日々が続いたとされています。

多くの解説書には、それは「日食」を指すといいますが、今年のロシアでの隕石の落下事件といい、あるいは 2010年のアイスランドの火山の噴火で航空機が何日も欠航したという事件といい、最近の天を一変する事件をみると、古代日本も同様な事態に陥ったのではないかと想像してしまいます。

それよりも怖いのは、目に見えない放射能災害。
レントゲン撮影と同様に、照射された瞬間は、痛さも痒さも感じず、臭いも、色も、味もない。
つまり、五感に感じないのですね。
さらに高レベルの放射線は、人体を焼き、一瞬にして死に至らしめる・・・。

そこで、たとえば、現在進行形の福島第一原発にあるウランの量は、ヒロシマ型原発の 1233倍。
チェルノブイリの 19倍という計算をする人もいます。

さらに、日本には、一日おきにヒロシマ型原爆が炸裂するほどの放射能が放出されているという人もいます。

いゆる御用学者といわれる人たちの発表する数値と、出世街道から外れた正義感あふれる学者らが発表する数値とに、あまりの開きがあり、どの情報が正しいのか分かりませんが、もし、放射能の拡散が想像以上のものだとしたら、「ヒロシマ」「ナガサキ」で被曝した人が所持する「原爆手帳」の意味がなくなると思います。
ほとんどの日本国民が「被曝手帳」を持たなければならないからです。

現在の日本人の被曝の状況の本当のところは分かりませんが、とにかく、こんな現状なら、日本には、これ以上の原発も原爆も「核」は不要ということになると思います。

とにかく、何が原因なのか知りませんが、日本人の 二人に一人が癌になり、三人に一人が癌で亡くなっているといいます。

世界的に見ても、人類が核実験を行うようになってから、急激に癌の罹患率が高くなったと指摘する人もいます。

とにかく、自然による天変は仕方ないにしても、人為による天変は、もうたくさんです。

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生島ヒロシ 著 『ご機嫌な老活』

生涯を面白く過ごし切るには

久しぶりの本の紹介です。
・・・と言っても、先日、大正時代の本を紹介しましたが、今回は、6月に出版されたばかりの新刊です。

題名は『ご機嫌な老活、- やっぱり生涯ずっと面白く働いていたい - 』というものです。
その題名が示すように、この本には年齢制限があるようです。
つまり、読者の対象は、老人と呼ばれる年齢前の人みたいですよ。

著者は、フリーアナウンサーの 生島ヒロシ さん。
・・・ということは、タレント本の一種ですね。

この本も、市立図書館で借りたものです。
二週間前に、市立図書館で検索してもらったら、蔵書がないということで、新しく取り寄せてもらったものです。

最近の図書館では検索機能があって、その図書館になければ、最寄の図書館の蔵書を調べてくれて、それでもなかったら買い揃えてくれるのですね。
ですから、小生は新刊を買うことはないのです。
さらに戸棚に本が溜まる事もないし、捨てることもないのですね。

そうして、昨日、図書館からメールがあり、本が用意できたというので、帰りに借りてきました。
メール登録しておけば、そうしたサービスもしてくれるのです。

そうして、読んでみたのですが、30分ほどで読み終えるほど、中身の薄い本でした。

たとえば、離職するまでに、三千万から五千万円ためておこう、そのためには投資信託などの運用をしようということですが、それは危ない考え方です。
運用とは、誰かが儲かれば、誰かが損をしている。誰もが確実に儲かる運用なんてあるはずがありません。

とにかく、健康で前向きに行こうということで、老々介護も覚悟するように記されていました。つまり、介護保険について、事前に知識を持っておこうというものですね。

どうやら、生島さんも、親の介護にご苦労された経験があったようです。
小生は、介護保険が成立する前から親の介護をしていたので、介護には制度の知識のほか、具体的な介護方法などある程度の経験を積んでおく必要があると思います。
数年で介護が終わる人もいれば、20年も 30年も介護を続けている人もいます。

パートナーが倒れてから、はじめて介護を学ぶほど、老人は若くないみたいですね。
とにかく、老後に備えるという「老活」は必要でしょう。
そして、いま流行の「終活」へと続くわけです。

2013年 6月24日 初版第一刷 、日経PB社 発行 、p.195 、 1500円
ISBN978-4-8222-6380-5

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ヒミコ は アマテラス か

大震災から学ぶもの

東日本を襲った大津波は、考古学者や歴史学者、そしてアマチュアの歴史研究家までもに大きなインパクトを与えました。

早速、古史料を洗い流すのですね。

すると、今まで古代日本の海岸線だと思われていたところが、実は、巨大津波の到達点だった・・・ということが分かったり、静岡県の駿河湾沿岸でも、実際に 13メートルを超える巨大津波が幾度もあったことが、地質学との裏付けとともに明確になってきました。

郷土の歴史観が一気に変わったのでした。

このように、日本の古代の歴史も、災害史を通して、いろいろな仮説が飛び交っています。

たとえば、古代史のロマンであった邪馬台国も、ほぼ畿内説で確定したようです。
さらに、その敵国であった狗奴国は、どうやら東海地方にあったようです。

そこで、2世紀後半に「三国志」の魏志倭人伝に記されている「倭国 大いに乱れる」とあるのは、どうやらそのころに起きた巨大地震や気候変動によって、クニに内乱が起きたことを示しているのではないかと推測できるようです。
さらに、3世紀前半に起きたとみられる大地震は、内乱を鎮め統一したヒミコの邪馬台国を襲い、そうして弱体化したところに一気に周辺国から攻められ滅んだ・・・という説が浮上してきたようです。

これは、現今、東日本大震災で起きた福島原発事故を見た中韓が、ここぞとばかりに日本を攻めている姿を彷彿させます。
原発事故と、巨額な借金で、日本は もう終わったと見ているのでしょうか ?

いずれにしても、想像の域を超えない段階ですが、ヒミコ が アマテラスなのか、いよいよそれが近くなってきた感じがしますね。

つまり、中国側から見て、ヒミコは呪術を使って 政 (まつりごと) をしていたと考えられていたようです。

しかし、中国人から見た呪いは、日本人にとっては祈りであったかもしれません。
そうして、武力行使ではなくて、一歩引いた協調路線を貫いたヒミコが、諸国の協議の結果王として君臨したのではないかと推測されるというのです。
つまりは、周辺国から推される形で、ヒミコが大王となったということです。

たとえば、2世紀から3世紀にかけて、日本の大和周辺のクニグニも、巨大災害に襲われて、戦いどころではなかった・・・ということで、神に通じていたとされる呪術師、ヒミコに、復興を託したとも考えられるのですね。

ところが、再度、巨大災害に襲われて、ヒミコが居住していた、あるいはマツリゴトをしていた洞窟が崩落して閉じ込められてしまった。
しかし、人々によって救出されたヒミコは、さらに呪術を駆使して、クニを復興に導いた。
さらに周辺国と和睦して、戦火を交えず合併に成功するなどして、クニの勢力を立て直した・・・。
そんな想像も許されそうです。

南海トラフ型の連動巨大地震はこうした想像を駆り立てるものです。
それほどこの地震は巨大であったということでしょう。
史実は分かりませんが、こうした巨大災害が古代にあったことは、地質学的な裏付けがあるとのことです。

一方、日本の最古の歴史書『古事記』には、洞窟に籠もってしまった アマテラスを、八百万神たちが引きづり出したという天の岩戸篭り伝説もあります。
これを、アマテラスが内乱を自己反省で乗り切ったと解釈する学説があります。

さらに『古事記』では、八岐大蛇 (ヤマタノオロチ) 伝説があり、アマテラスの弟 スサノオが大蛇と戦うのですが、その出雲を襲った大蛇は、実は河川の氾濫を意味していて、出雲の古代国家は治水事業に成功したのではないかという仮説が有力なようです。

そのとき退治した大蛇から「草薙の剣」が出てきたということですが、鍛冶屋の小生が勝手に想像するには、それは剣というよりも鋼 (ハガネ)の使用を表しているのではないかと思います。
つまり、大規模な土木工事をするには、硬い金属が有用で、治水事業をしているうちに工事技術も高まり、鉄器を使うに至る・・・つまり古代の鉄器時代を表現したものではないかと思われるのですね。

これに対して更に想像を膨らませれば、ヤマトのヒミコが男たちに命じて、河川の氾濫に苦しむイズモの治水対策に乗り出し、それに成功してイズモのクニユズリが実現した切っ掛けとなったとも思われます。

その内容には、先の中国の古書とも相関して、いよいよ、アマテラスがヒミコであると思われるのですね。

いずれにしても、日本の古代史がポッカリ抜けているのは、その当時、日本が超巨大災害に襲われたから・・・という想像が許されるのではないかと思います。Photo

そういうわけで、故 手塚治虫さんが描いた『火の鳥』伝説も、こんな具合に書き直したら面白いのになぁ・・・と、思います。

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どうする 入山料の使途

富士山はハコモノか ! ?

小生が購読している地方紙である『静岡新聞』。
富士山が世界文化遺産になってからというもの、毎日、多くの紙面を使って富士山を報じています。
静岡空港が「富士山静岡空港」であるように、静岡新聞も まるで「富士山静岡新聞」みたいです。Photo

さて、その『静岡新聞』が、富士山の入山料について報じていたことがありました。
試験的に 10日間 徴収してみたら およそ 3400万円ものお金が集まったと言います。
その新聞報道によれば、登山者は入山料に好意的であったかのように伝えていました。

しかし、公務員が徴収したので、徴収時間も公務員の勤務時間、プラス残業 1時間。
つまり、夜間、早朝は徴収されなかったのです。

しかも、雨天は徴収を中止したと言います。
なんでも、雨を避ける施設がなかったから・・・と。
それについては、もっぱら公務員特有の「雨天手当て」が事前に設定されていなかったから ? ? ? とのお噂。
その気になれば、テントを張ってでも徴集できたはず。
せっかく、入山料を払おうとした人も、雨で徴収中止とは、拍子抜けしたようでした。

そうした徴収の様子を監査していた大学教授によれば、こうした徴収の仕方ではコストが掛かり過ぎる・・・と批判していました。

さらに驚いたことは、この入山料を何に使うか決めていないと言うのです。
そこで、『静岡新聞』と『山梨新聞』とが共同で登山者に入山料の使途についてアンケートをとるしまつ。
普通、使用目的があってお金を集めるのではないですか。

結局、静岡県知事によれば、そのお金は、富士山基金などとして残し、富士山の環境保全のためなどに使われるだろうと・・・

つまり、何に使われるかは決まっていない。

そこで、今までの経験則によれば、公務員にお金を預ければ、裏金に回されたり、使用目的外に使われるのが普通ですね。

たとえば、東日本大震災の復興税も、まるで関係のないところで使われていることが明らかになり問題となっています。

我々の年金も、バブル期の不良債権処理に使われたり、投資に回されるなど、回収不能の部分が多いと言います。

そういうわけで、入山料が基金ともなれば、その管理団体が組織され、その理事になる渡り官僚の退職金に使われるなど、せっかく集めた金も、そんな具合に使われてしまわれたら、意味がありません。

結局は、関係者の飲食・遊興費に回されるのでしょうか ?

そういうわけで、入山料を払ったのは、対象登山者の半分以下。
半分以上の人が、入山料に反対していたことになります。Photo_2

目的も定かでないものに、お金なんて払えませんよね。
それなら、富士山頂上にある賽銭箱に 千円を入れたほうがご利益がありそうです。

とにかく入山料を設定しても、登山者数の規制にはならなかったということで、最初の目論見は失敗ということでしょう。

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天照大神がスゴい理由

国体の意味

本日は、今上陛下が仰せられた「日本国民が忘れてはならない日」のひとつです。
いわゆる ヒロシマです。

この「ヒロシマ」と、次の「ナガサキ」の二発の核爆弾で、日本語の「国体」の意味が変わりました。

つまり、戦前の国体の意味は、国柄およびその本質という意味でした。
しかし、戦後の国体は「国民体育大会」の略語です。

こうして、戦前の国体という言葉は死語となり、その国体論は右翼思想として偏狭な思想としてみなされているのですね。

ところで、今年は 20年に一度の伊勢神宮の式年遷宮の年です。
その伊勢神宮の内宮には、天照大神が祀られています。

また、皇居の賢所でも、天照大神が祀られているといいます。

その天照大神が日本の皇祖として崇拝されてきた理由が記された本が、国会図書館にありましたから、ご興味のある方は、参考にしていただきたいと思います。

それが、神宮皇學館教授 広池千九郎 が著わした 『伊勢神宮と我国体』という本です。
いわゆる「国体論」を記した論文調の著作です。

しかし、この本は、最初から ザンネン な本であると思います。

つまり、日本の国民性が世界で最高である理由を述べる目的で記されているからです。

考えてみれば、どの民族も どの宗教でも 自分たちが最高だと思っていますね。
そうしたなかで、日本民族が最も優れていることを説いても、他の民族や宗教の人は聞く耳を持たないと思います。

特に、今の日本のなかで嫌韓思想を持っている人以上に、朝鮮に対する偏見は、相当に強いものです。
それが、当時の日本人が、当時の朝鮮人に抱く常識だったのかもしれませんが・・・。

また、それが日本が国粋主義に走った原因にもなり、そうした意味で、この本は「ザンネンな本」であると思います。
そういた意味では「国内向け」の本でありましょう。

しかし、それにしても天照大神がスゴい理由、日本国民から尊崇されてきた理由が考証的に記されている点は評価できると思います。
まぁ、学問というよりも、汎神論と言うほうが近いかもしれません。
あるいは、今となっては厚い信者の単なる宗教論と片付けられてしまうのかもしれませんね。

いずれにせよ、天照大神の信仰の理由、皇統のはじまりを知る上で、また、明治・大正時代の考え方を知る上で、大いに参考になると思います。

まずはご覧になってください。

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お白石持行事

式年遷宮

今年は、20年に一度の伊勢神宮、式年遷宮の年です。

そして、本日は特別神領民による内宮の「お白石持」奉献ということで、小生も参加を勧められましたが、こちらの神社の祭りの役員をしていますので、参加を断念しました。

このチャンスを逃すと次はない・・・なんて思いましたが、仕方ないですね。

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映画 『謎解きはディナーのあとで』

豪華客船での事件 ! ?

本日、久しぶりに家内と一緒に映画に行ってきました。
内容は、まるで漫画みたいで、館内の子供たちは、声をあげて ケラケラ と笑っていました。

今回は、豪華客船の中で事件があったということで、最近、クルーズに凝っている小生ら夫婦にとっても楽しめる内容でした。

香港の会社が運営するスタークルーズの「スーパースター・バーゴ」は、小生も乗ったことがあり、この船でロケが行われたということで、思い出がよみがえりました。

最近は、アジアを中心に、豪華客船を利用したチープなクルーズが人気で、この「スーパースター・バーゴ」もそのひとつですね。

Photo

映画での乗客は、みな正装をしていましたが、実際はラフなスタイルで船旅を楽しんでいました。

2013年 日本、121分 ; 監督、土方政人 出演、桜井 翔、北川景子 ほか

【追記】 
家内は、桜井 翔くんの大ファンで、それで小生をこの映画に誘ったそうです。
桜井君にジッと見つめられて「お嬢様は アホ でございますか ? 」と言われると、胸が キュン とするそうです。
そこで、小生が家内を見つめて「お嬢様は アホ でございますか ? 」と言ったら、突然 キレて、「くび、くび、くびぃ~。倍返し、いや、十倍返しじゃぁ~ ! ! 」と。
クソオヤジから「アホ」と言われると、余計に腹が立ったようです。

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