« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »

2013年5月

老兵は、死んじゃう ! !

やって見せるPhoto_2

昨日の橋下共同代表の会見で公表されたレジメの和文と英語版とを比較してみました。
すると、日本語を伝えるのは大変だなぁ・・・と、つくづく感じるのですね。

さて、21世紀は女性の人権尊重が実現する時代・・・と称しても、古今東西 人類は男尊女卑というのが現実です。
これは性の宿命で、タテマエがどんなに変わろうとも本質は変わらないでしょう。

女性の本質は、男性に頼っていたい・・・・。これは、小生の家内の発言。
小生は、家内の希望にシッカリと応えられているのでしょうか ?

これが男尊女卑の傾向を生み、その傾向は小生が経験したアジア諸国ではより強くなります。
アジアの男性は、まるで昔の日本の旦那衆のように、働くことが嫌いみたいです。
日本人男性のように、馬車馬のように働く姿は見かけません。
そこで仕方なく、女性が一生懸命働いているのが彼らの日常生活みたいですね。
たいして働かないのに威張っている・・・。
しかし、いったん紛争になると、男性は立ち上がり、そのテリトリーを死守しようとします。

そこが、日本とアジアの男性の大きな違いだと思います。

さて、そんなアジアの人たちと会話を試みたのですが、最初、なかなか意思が通じないのですね。
中国でもベトナムでも、小生の日本語を現地語に訳させ、それを他の現地人の訳者に日本語に戻させると、まったく違った内容になったことがありました。
そのとき、日本語が難しいというよりも、日本文化が特異であると感じてしまいました。

さて、そんな状態で、現地の人に技術を伝えるわけですが、日本の若い人たちが一生懸命に製品の作り方、あるいは管理の仕方を現地の人に説明しても、なかなか理解してもらえないのですね。

それは、説明する人が実際に技術や経験を持っていないからだと思うのです。

なんでもそうですが、技術を説明するのは簡単です。
例えば、自転車の乗り方も 「倒れるほうにハンドルを切る」と言うだけで済みます。
しかし、実際の段階になると、運転なんてものは、口で伝えるものではなくて、やって見せ、やらせてみるものですよね。

つまり、実地が大切なのです。
そういうことに ようやく気が付いた企業は、現地に経験のある者、つまり 「やって見せることがてきる」‘老兵’を送り込むようになったのです。

そうすると、現地の人はよく理解して、生産効率は格段に上がります。

技術は盗むものですから、実際にやって見せないと伝わりません。

ましてや、職人根性を伝承させるとなると、個人的な徒弟関係を築かなければならないと思うのです。
そうしてようやく、目に見えないところでも確実で信用の置ける製品を作ることが出来るのです。
中国製品のように、中を開けたらイカサマだらけ・・・ではダメなんですね。
他人が見てないところでも、確実な仕事をする精神をつくらなければなりません。

そのような よい製品を作る人に育てなければなりません
そのためには、前述のように、実際にやって見せることです。
そうして、実際に作らせて、その時に褒めたり叱ったりして愛情を注ぐのです。
人が人を育てるのは、子育ても、技術者育成も同じです。Photo

そういうことに気が付いた会社側は、いままでゾンザイに扱ってきた老兵を使い出したのですが、当の老兵は今までとは違った環境に順応するのがたいへんです。
実際に病気になったり、殉職する老兵が多いのです。
私は、もう疲れ果てました。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

文書で残すこと

橋下共同代表の「認識と見解」について

本日、日本維新の会の橋下 徹共同代表(大阪市長)は、東京の日本外国特派員協会で記者会見し、そのレジメが配布されました。

「私の認識と見解」と題するレジメは世界に発信され、現在、その精査がされていることでしょう。

小生は、このレジメを読んで、基本的にその内容には賛成で支持したいと思います。

ただ、気になる点があります。

それは、レジメの最後の部分にある韓国に向けた内容・・・
それを引用してみたいと思います。

韓国政府は最近、日韓基本条約とともに締結された「日韓請求権並びに経済協力協定」における元慰安婦の日本政府への請求権の存否の解釈が未解決だと主張しております。

韓国も法の支配を重んじる国でしょうから、日韓基本条約と日韓請求権並びに経済協力協定という国際ルールの重さを十分に認識して頂いて、それでも納得できないというのであれば、韓国政府自身が日韓請求権並びに経済協力協定の解釈について国際司法裁判所等に訴え出るしかないのではないでしょうか? 

その際には、竹島をめぐる領土問題も含めて、法の支配に基づき、国際司法裁判所等での解決を望みます。

私は、憎しみと怒りをぶつけ合うだけでは何も解決することはできないと思います。

元慰安婦の方の苦しみを理解しつつ、日韓お互いに尊敬と敬意の念を持ちながら、法に基づいた冷静な議論を踏まえ、国際司法裁判所等の法に基づいた解決に委ねるしかないと考えております。

弁護士である橋下氏は、「納得できないなら裁判で ! ! 」と、第三者による審判を仰ぐ主張をされているようですが、その「裁判所」という場所がどんなところか、本当にご存知なんでしょうか ?

高卒の鍛冶屋である小生が、司法のプロである橋下氏に対して懸念するのはヘンに思われるかもしれませんが、裁判所というところは、所詮、人間が判断するところで、自分の正義が必ずしも通るところではない・・・ということです。
ましてや、日本の人権問題に対してタッグを組んでいる中韓の、世界に対するロビー活動は日本の比ではないと言われています。

日韓基本条約には、紛争の解決という項目があり、韓国側はそこを突いているのですね。
これは、この協定の解釈や実施に関して紛争が生じた場合、日韓以外の第三国の仲裁委員会の決定に付託されるとあります。
これが、実に曖昧なのですね。
実際に韓国は、こうした問題の解決をアメリカに働きかけています。
しかし、世界の警察官を自負するアメリカでさえも、そうした日韓の二国間問題には関与したがらない様子です。

こうした内容を、日韓基本条約に残したということは、完全解決を狙った日本にとっては甘かったとしか言いようがありません。

同様に、橋下代表が残したこのレジメも、一野党の代表の発言とはいえ、いかなる裁判あるいは仲裁の結果を受け入れる覚悟であることを表したものと捉えられる恐れがあるもので、日本側に不利な判決が出た場合、この文章は禍根を残すものになりかねないと思います。 ( 日本維新の会が万年野党なら、そう問題になるとは思いませんが。。。)

しかし、何よりも禍根を残したのが いわゆる「河野談話」。
あれは外交上の妥協の産物で、日本のみならず韓国の国益にも適わないものだと思います。
結局、韓国側は改めて元慰安婦証言の信憑性を問われるはめになりました。
韓国側は、被害者の証言の信憑性を問うのはナンセンスだという立場のようですが、日本側としてはいよいよ疑念は深まるばかり。
例えば、今回の会見の前、24日に元慰安婦側からの要請で実現するはずだった元慰安婦と橋下共同代表との会見を、元慰安婦側が一方的にドタキャンしたことは、元従軍慰安婦が自身の化けの皮が剥がれるのが怖くなったと思われても仕方のない行為でした。

とにかく自民党は、前回の国政選挙で、河野談話村山談話を見直すと公約していたはず。
その公約が守れないのなら、小生は、7月 21日とされる参院選挙では自民党には投票しませんよ。

いずれにしても、こうしたある意味タブーな問題についてハッキリと文章として残してしまった橋下氏は、まるで人権弁護士みたいで、氏以外は、偽善者を装った状態になってしまって、橋下氏独り、損をしたような状況になったように感じます。
言っている内容は正しいと思うのですが、TPOから外れたら、正しいものも正しくなくなる・・・。
まるで、かつての田母神論文を読む思いです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

蓮華寺池公園のホタル

まだ少し早いかな・・・1

今晩、静岡県のホタルの名所のひとつ、藤枝市の蓮華池公園へ家内と一緒に行ってきました。
ホタルが出始めているという情報を得たからです。

担当の人の話では、今月の 18日ごろから ちらほら出始めているということで、今晩は 10人ぐらいの人が見学に来ていました。

見ごろは 19時半から 20時まで。
電光掲示板の温度計は 15度を記していましたが、それ以上に冷えた感じでした。

小生らが行った日は、4~ 5匹ぐらいしか見えませんでしたが、昨夜は結構たくさんのホタルが舞ったそうです。
だいたい 今月の 25日ごろからホタル出没のピークが始まるということでした。
写メしようとしましたが、月明かりが煌々としていて、うまく撮れませんでした。

それにしても、ホタルを見ていると、幽玄な感じがして良いですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

亡国の日本の大手銀行

アベノミクスに反する大手銀行

日銀が長期金利安定に全力を傾けている中、今朝の新聞を読むと、「大手銀行が国債を売って、投資信託などに振り向けている」という記事がありました。

これによって金利が一段と上昇すれば、大量の国債を保有している地方銀行の財務内容が悪化し、貸し渋りが進み、住宅ローンの金利上昇を通じて経済全体に懸念が生ずると指摘していました。

国民各層が、日本の:経済再建に向けて協調している中、独り銀行だけが利益を専有しようとする行為は許せないと思いますよ。

いったい、銀行の責任を何と心得ているのでしょうか ?
渋沢栄一が悲しむでしょう・・・・。。。
経済の心臓である大手銀行が、こんなことを繰り返していたら、日本の再建は遠のくばかりです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

バスの運転免許

日本語も読めないのに

先日、法事があって、料亭のマイクロバスに乗りました。
その時の運転手は、ポップな姿をした青年。
バスは掃除をした様子もなく、通路にはゴミが散乱。
運転手はその辺の地理が不案内なので、喪主の車に先導されて目的地に向います。

どうも変に思ったので、その運転手と世間話しをしてみました。
すると、日本語は話せるのですが日本語が読めない様子。
小生がそれに気が付くと、急に黙ってしまいました。

どうやら、この運転手は日系の在日外国人みたいですね。

この人は、このバスを運転できる免許証を持っているのでしょうか ?

そう言えば、昨年、高速バスの大事故があり、運転手は日本語が読めない中国人だったとか ?

なぜ、そんな人がバスの免許を持てるのでしょうか ?Photo

そういえば、以前、次男のバイクに衝突した車の運転手は、在日韓国人みたいで、車は無車検で無保険でした。
免許書は家に忘れてきたと言ってました。
担当した警察は、そのことには触れず、次男に事故扱いにしないように言って来ました。
どうやら、面倒なケースだったようですね。

なぜ、警察官は、日本人を取り締まっても、外国人を取り締まろうとしないのでしょうか ?

不思議です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

終活 - 3

権利の放棄のススメ

さて、終活の話は暗くなってしまいますから、今回で最後にしたいと思います。
でも、是非、皆さんにお伝えしておきたいことがあります。
それが、遺産相続。
相続問題に直面すると、温厚な人が豹変する姿を見受けます。
相続権は、法的に認められたものですから、額が大きいほど欲も大きくなるのが人間の本性でしょう。
だから、遺産相続が小説や映画のネタになるのでしょうね。Photo_2

ところで、以前は家督相続と言って、墓守をする長子に殆どの家の財産が相続されたものでした。
そうして家という制度が保たれてきたわけですね。

ところが、戦後、民法、相続法も変わり、家の財産は分割されるようになりました。
そこで困ってしまうのが寡婦です。
つまり、亡くなった夫の妻ですね。
その夫が亡くなったことで弱者となったとされる寡婦には、内助の功を認められる形で、年金などもある程度相続され、税的にも優遇されているのですね。
そうしないと、寡婦の人生が全うできないとされたからでしょう。

そこで、小生の住んでいる田舎では、遺産の殆どが寡婦に継がれ、そしてその寡婦が亡くなったところで初めて子供たちに分割相続されるのが習慣になっています。

そうしないと、農家や個人経営をしている家は潰れてしまう恐れがあるからです。

そういうわけで、一家の大黒柱が亡くなっても、一気に遺産が分割されるのではなく、子供たちは一旦相続権を放棄し、母親を支えているのですね。

ところが、欲のある外戚の人、例えば子供の嫁さんとかその親とかが口を挟み、相続権を主張することがあります。
これは、外戚がその田舎の人でない場合が多いのですが・・・。
そうなると、骨肉の争いが始まるのです。

幸いなことに、小生の親戚には、いままで相続に関する争いが起きていません。
みな、田舎の習慣に倣っているからですね。
その中心になっているのがお寺の存在。
菩提寺を共有しているということは、そういう利点があるようです。

たとえば、母の実家は元庄屋で、駅前には広大な土地を持っています。
しかし、当時は田んぼだったので、母は遺産相続を放棄しました。
そうして母の実家は農家として存続したのでした。
ただし、現在は、その農地を埋めて賃貸で生活していますが・・・。。。

また、小生には未婚の叔母が二人いました。
小生から見るとその叔母たちは父の姉妹で、父は名古屋の出身だったので、その叔母たちもそれぞれ名古屋に住んでいました。
そして、その二人の叔母は生涯独身で、さらに公務員だったので、それなりの遺産を残していたと思います。

その遺産は、父の実家の長子、つまり小生の従兄が代表者となって相続しました。

つまり、従兄独りが、叔母たちの遺産を独り占めにしたのです。
さらに、遺品は叔母たちが処分していました。

法的には、従兄弟一同に相続権があったはずです。
しかし、小生は相続で争うことを嫌い、その相続を放棄しました。

それについては、家内も理解してくれています。

家内も、相続問題で人格が変わってしまい、不幸に陥った人を見たことがあるからでしょう。
もし、小生がその相続権を盾に争っていたら、そのために時間に追われ、さらに人格も変わったことでしょう。

また、仮に遺産や遺産を相続した場合、それに含まれる故人の遺志や因縁までも相続することになるのです。
つまり、今の相続法には権利が記されているだけで、相続権者の義務は記されてはいないようですね。
しかし、現実には相続人にはその社会的な義務が慣習としてあります。
故人の遺産が相続によって「浄化」されることはないのです。

そういうわけで、相互的に判断して、その相続を放棄しました。
お陰で、小生は、相続の問題から解放されています。

逆に、叔母たちの遺産や遺品を相続した親戚らは、今もその相続の苦しみに遭っているようです。

苦労しないで得たカネやモノは、身にならないようですね。

どうやら、前述したように、相続権には法には見えない「義務」が存在しているようですね。
それが小生にはハッキリ見えたので、その相続権を放棄したのでした。

家内も、家内の実家の相続権を放棄しています。
そうして、家内の実家の商売が成り立っています。
家内は相続権を放棄することによって実家が保たれ、安心を得たのです。

勿論、正当な相続はそれを相続しても良いと思います。
当然ですね。
ところが、相続権のある人の中で、特に欲を露 (あらわ) にした人が現われた場合は、その相続問題には土が付いたものと判断して‘逃げた’ほうが賢明だと思います。
互いに欲の張り合いで混迷を極め、長期化し、身も心も疲弊してしまうでしょう。
そうして、その争いをして‘勝った’としても、はたして本当の人生の勝利者であるかは疑問の多いところです。

つまりは、相続をアテにするような経済生活をしてはダメということですね。

小生も身辺整理をしていたら、些少ながら遺産になるような財産があるようです。
ほんの僅かなものですが、それでも争いの種になる可能性も否めません。
そこで、小生は争いにならないような遺書を認 (したた) めておきました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

終活 - 2

『みなさん、さようなら』

癌を宣告され、残り僅かな人生をどう生きるか・・・
それを題材にした映画は数多くありますね。

たとえば、洋画の『みなさん、さようなら』。
これは、2003年の映画で、父親の最期を楽しいものにしようと奔走する息子を描いたもの。

邦画では、2007年の役所広司さんが演じた『像の背中』。
残された短い期間に、できるだけ沢山の友人や知人に会っておこうと旅するものですね。

黒澤映画でも、『生きる』という映画があり、そのリメイク版が 2007年にテレビでも放映されました。
やはり、これも、残された短い期間に、仕事をやり遂げた公務員の話でした。

これらの共通点は、動けるうちに何とかしておこうというもの。

さて、前置きはこのぐらいにして、小生の埼玉の知人が、突然、小生のところに葉書をくれました。
その内容は、静岡県の御前崎に住んでいる友人を訪ねてみたいというものでした。

小生は、その御前崎の人とは面識がなかったのですが、なんでも その御前崎の人は、10年ほど前に脳梗塞で倒れて、それ以来、会ったことがないというのです。

年賀状のやりとりはしているのですが、その字を見ると後遺症が残っている様子で、果たして訪ねてよいものかどうか迷っていたそうです。
ところが、最近になって、その埼玉の知人も思うところがあったらしく、会えるうちに会っておこうと考え、小生に打診をしたという次第です。

そこで、小生は、その御前崎の人の様子を調べたところ、面会できる状況であることがわかり、埼玉の知人にそれを伝えました。

そういうわけで、小生は、埼玉の知人と御前崎の人との面会の仲介役をすることになったのです。

そうして、先日、晴れて埼玉の知人は、御前崎の人に会うことができました。
つまり、小生は、事前の連絡とか、当日の道案内をさせていただきました。

久しぶりに会う二人は、本当に感慨深げで、小生は、論語の学而編の「有朋自遠方来。不亦楽乎。」を思い出しました。

後日、御前崎の人から、こんな絵手紙をいただきました。Save0002
心を込めて描かれたその魚は、新鮮そのものですね。
(許可をいただき、画像を少し加工しています。)

小生にとって、今回の出会いは「一期一会」という言葉にピッタリだったと思います。
これは、小生にとっても終活の一コマだったという気がしてきました。

そういうわけで、もう一度会っておきたい人のリストを作っています。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

終活 - 1

準備が必要

「シュウカツ」と言えば、就職活動の略ですが、こちらの「シュウカツ」は、終息活動。
つまり、自分の死に対する準備です。

それが疎かになっていたために、残された人たちが混乱に陥ることもあることが伝えられていますね。

とにかく、何時、どんな形で死が訪れるのか分りませんから、意識があるうちにキチンとしておくことが必要でしょう。

その一つの例が、ガンダム副社長の死。
この ガンダム副社長とは、小生が以前お世話になった会社の人で遠戚に当たります。
当時、小生は彼を ガンダム専務と呼んでいました。
ガンダム世代で、机の上に、堂々とガンダムのフィギュアを飾っていたからです。

そんな彼が、今月の初め、肝臓癌で亡くなりました。享年 48歳。
半年前から入退院を繰り返していましたが、容態が急変し逝ってしまいました。
奥さんと 高校生の二人の子供を残したまま。

とりあえず密葬を済ませ、社葬は来月の予定ですが、そこで問題が発生。
それが遺産の区分けです。
株とか社債とか、副社長名義の会社の資産をどうするか・・・

血族会社ですから、個人のものも会社のものも混在しているのが実際のところ。

彼の場合、自分が末期癌であったことは知っていたはずです。
ところが、死後に対する準備もしていなく、遺言もないのですね。
恐らく、自分の死を受け入れられなかったのでしょう。

残された子供たちは未成年ですから、とりあえず奥さんが彼のものを全部継ぐのでしょうが、彼名義の負の債券をどうするか・・・。。。。

親族会議でも結論が出ません。
仮に借金をチャラにするなら、彼の家と土地は処分しなければなりません。
こんなことになるのなら、会社としても、彼が生きているうちに対策を取っておくべきでした。

そういうこともありますから、若いからと言って安心しないで、何時死んでも良いように整理はしておくべきでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アベノミクス、効果あり ! !

円安、株高と言いますが

日銀の異次元的な活躍で、日本経済が 2008年のリーマショック前のレベルまで回復しようとしています。

小生は、1ドル=120円 ぐらい、株のほうは 1万 5千円ぐらいで上下するのが妥当だと思います。

そして、安倍首相の要請を受けて、経済界は賃上げに応じています。
その効果は、早速、拙宅にも現われて、小生も特別一時金をいただきましたし、家内のアルバイトの時給も上がり、子供たちも一時金を貰ったり、昇給したり、手当てを戴くなど、額としては些少ながら、上がることは気分はよいですね。

そう言うわけで、本日の母の日には、家内は子供たちから破格のプレゼントを戴いておりました。Photo

願わくば、この景況が 来月の父の日まで続くように願うばかりです。

取りあえず、来月は休暇を戴き、家内と一緒にフェリーで日本一周を計画しています。

生きている間、元気な時に行けるところまで行きたいと思います。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

毛染め液のシミ取り

ユニットバスの壁

前回、毛染め液のシミ取りとして、畳に付いた場合を取り上げました。
痴呆症の母が、毛染め液を部屋の中で撒いてしまったことがあり、その時は大騒動でした。
その母も施設に入り、もうそんなことはないだろうと思っていました。

東北から帰り、ゆっくり自宅の風呂に浸かろうとしたら、今度は、風呂場の壁一面に、毛染め液のシミがありました。

まるで、ヒッチコック監督映画の、風呂場での惨殺の痕のようでした。

さらに、そのシミを取ろうと、家内がカネたわしで こすった跡もりました。

我家の風呂は15年前のユニット・バスで、壁に使われている化粧板をカネたわしで こするなんて厳禁です。

そのカネたわしで出来た深い傷と、毛染め液が滲み込んだシミを、どう取り除くか・・・。。。

ラミネートのスポンジでは取れません。
もちろん、漂白剤でもムリです。

そこで、以前、畳にできたシミを取り除いたように、表面を薄く剥がすしかありません。

そこで登場するのが 水ヤスリ ! !

この水ヤスリは、自動車のボデーのキズを修復する時に使います。
また、便器に付着した尿石を取る時にも使います。

表面を薄く剥がすには、クレンザーみたいなコンパウンドを使いますが、毛染め液のシミは深いので、水ヤスリが適当ではないかと選びました。

2013050915050000 2013050915070000 2013050915080000

左の写真が、我家の風呂の壁の一部です。
中央の写真が、一面に飛散した毛染め液によるシミ。
そして、右側の写真が、水ヤスリでシミを落とした後。
作業は、二畳分の広さでしたが、二時間で終りました。

カネたわしで出来た深い傷も、なんとか誤魔化すことができましたが、全体的に模様がぼやけてしまいました。

しかし、家内たちは、模様の変化には気が付かない様子でしたから、この作業は成功したと言えるでしょう ! ! lovely

| | コメント (2) | トラックバック (0)

憲法記念日

金科玉条の聖典Photo

本日は、憲法記念日。日の丸を玄関に掲げる日です。
白地に赤い国旗はいいなぁ~と眺めたあと、購読している『静岡新聞』を開くと、その内容は、国旗の赤のように赤いのです。
『赤旗』に引けを取らない内容です。

『静岡新聞』の特徴は、御用新聞という面があるのですが、時としては大きく右に傾き、そして本日のように 大きく左に傾くという、まるで荒波を航行するヨットのような新聞です。
こんな内容の新聞を読むと、もう新聞を購読するのは止めようかな・・・なんて思うのですが、地方で生きる人間として訃報欄を読むのも必要なので止められません。

さて、過日、このブログで、宗教の定義を述べました。
宗教の三要素として、『教祖』『教典』『信者』があるというのですね。

そして、その教典は、キリスト教の聖書のごとく、マホメット教のコーランのごとく、儒教の論語のごとく、金科玉条であって勝手に変えてはいけないものです。
そうした意味では『絶対』的なものですね。

本日、日本国が祝っている「日本国憲法」。
この憲法を変えてはいけないという勢力が健在です。

彼らにとっては、「日本国憲法」はまさに金科玉条。絶対に変えてはいけないもののようです。
つまり、彼らにとって聖なる教典が「日本国憲法」で、崇高なる理想・理念であるのです。

さて、そんな「日本国憲法」を教典とする信徒は「サヨク」と呼ばれる人々です。
あるいは、左翼的な思想に洗脳された国民。
その日本の「サヨク」の教典は、他国の共産主義者が信奉しているマルクス・レーニン主義をあらわした『資本論』ではないのですね。

それでは、日本サヨクの教祖様は誰でしょうか ?
この憲法を強制させたマッカーサーでしょうか ?

そこで、日本の憲法が現行『日本国憲法』であることで得をする人が誰であるか・・・を考えて見ます。
そうして日本国憲法を読み直すと、その内容は、まさしく『在日外国人』が暮らしやすく、彼らの母国にも有利なものになっているのですね。
つまり、国家を転覆させる内容です。
そういうことから、日本のサヨクという信者たちが信仰する教典は『日本国憲法』であって、その教祖は『黒幕』なんでしょう。
Photo_8 そうして、その『黒幕』を暴き難くしているのが、まさしく、この『日本国憲法』。

小生は、そうした意味で、護憲主義でも改憲主義でもありません。
「棄憲主義」であります。
こんな憲法は、サッサと有害図書を捨てるホワイト・ボックスに捨てて、自民党が草案している様なまともな憲法にすべきです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

メーデー

労働者の権利要求の日Photo

本日は、五月の初日。
世界的にはメーデーと言って、労働者の権利を維持発展するために労働者階級の人たちが集う日でした。
しかし、日本の場合は、「メーデー」にあたる 五月一日が ゴールデン・ウイークの真ん中の日なので、せっかくの連休だから、シッカリ休みたい・・・という労働者の要求があったからなんでしょうか、「メーデー」 (五月の日) なのに、四月の連休の初日あたりに その「行事」を終らせてしまうことが多いようです。
そういうわけで世界との足並みが揃わない現今、日本のメーデーは形骸化しています。

【追加】
( ・・・なんて記していたら、本日、日比谷の音楽堂をはじめ、各地で労働者の祭りが開かれたようですね。本日は平日ということで、有給休暇を取って参加しているのでしょうか ? )

さて、労働者は、なぜ「要求」をするのでしょうか ?
そんな当たり前のことを、小生なりに考え直して見ました。
可笑しかったら指摘してくださいね。

それでは、始まり始まりぃ~

まずは労働者の定義。
人間は平等とはいえ、実際には雇う人に雇われているのが労働者ということで、いわゆる使用人で、その主従関係、上下関係は歴然として存在しています。
それが「階級」として差別され制度化されて、資本家はセレブになる一方、労働者にはその労働量に見合った賃金が支払われないということで貧困に向かい、セレブとの格差が広がるという不満が広がるわけです。

セレブは、労働する場を労働者に与えているだけで、自分自身は仕事をしない・・・
つまり、不当なピンハネしている・・・と労働者側から疑われているのですね。

昔は、どこにも階級制度があり、使用者も雇用者も世襲され、身分が入れ替わることなんて滅多にありませんでした。
いまでも、そした制度や慣習が残っている国や地域が多いですね。
たとえば、先進国イギリスでさえも、労働者階級が底辺に広がっています。

しかし、労働者にお金が回らなく、さらに余裕がなければ、それ以上の経済発展が望めないということで、労働者にも権利を与え保護し、経済力を持たせようとする考え方が現われてくるわけです。

それとは別に、そうした格差を是正しようと、階級闘争を嗾 ( けしか ) けているのが サヨク といわれる連中。
彼らは、単純に「富は均等に分配するもの」という理想を述べているのですが、それは現実的ではなく、むしろ破壊的思想です。
階級の高い個人や家は、その努力の累積の結果として現われている面があるのですから、階級を否定することは努力を否定することにもつながり、さらにそれによって出来た組織とか制度を否定するもので、そうしたサヨク思想というものは社会を転覆させるものなんですね。

実際には、資本家は労働者に働く場を与え、賃金を支払う義務を負っているのですね。
逆に、労働者は自分の時間を提供して、その対価である賃金を得る権利があると主張しているわけです。

この「義務」「権利」というそれぞれの正義が対立して評価が分かれ、労働問題となっているわけで、そう簡単に解決できるようなものではないようですね。

さらに、日本の場合、多くの労働組合はその企業の御用組合となり、逆に、会社に代行して組合員を管理する始末。

労働者は、会社そのものに管理され、組合からも管理され、さらに社内組織の管理部からも管理されていて、肩身の狭い思いをしています。

しかし、その会社組織がシッカリしている間は、労働者の身分と収入は保証され、会社から帰宅すれば家庭人に戻れます。
しかし、使用者側は、365日 24時間、事業家・経営者でありますから、気の休む間もないわけです。

つまり、資本家と労働者とは、その本質が異なり、責任の質と量も大きく違うわけですね。

そういうわけで、資本家と労働者との間には「階級」の差が歴然とあるわけです。

もちろん、最初、労働者であっても、血を吐くような努力をして資本を蓄積すれば、資本家として事業を経営することも可能でしょう。

しかし、それには労働を効率よくお金に変換する才能がなければ、その会社組織はスグに破綻してしまうわけですね。

そういうわけで、お金の才能がある人、あるいはその才能がある人に縁が会った人が資本者階級、使用者階級として登れるわけで、オーナーは自分の賃金も決めることも出来るわけです。
職業の平等・自由を日本では言われていますが、宮仕えは、あくまでもサラリーマン。決して、オーナーのような自由もなく、平等でもありません。
実際にはサラリーマンは、社長一族のように金は回らないし、勤務中は拘束され自由も少ないですね。

しかし、労働者であっても、そうした労働力を効率よくお金に換える能力のある人は、使用人として埋没することなく、先導に立って交渉し、お金を得てグレードを上げていくわけです。
こうして儲けたお金を、最初にゴッソリ自分へのご褒美として取って、残った分を労働者に分配するのですから、格差が広がるのは当然で、そうしたシステムに文句のある人は、労働者をやめて、社長を目指せばよいだけですね。

しかし、社長になる能力、胆力のない人は、いつまでも労働者として甘んじていなければならないわけで、低所得でも我慢しなければなりません。

労働者を英語で言うと「レイバー」、つまり隷属するという意味です。

どうしても「ワーカー」になりたいのなら、フリーの道を選べは良いのですが、フリーとは、自己責任を取ることと表裏一体な状態のことですね。
つまり、安定はないけれど、一旦、波に乗ればセレブになれるわけです。

そうしてみますと、胆力も才能もない小生は、このまま一介の鍛冶職人で終りそうです。
つまり工員といますか都合の良い使用人として捨てられてしまうのでしょうね。

今、定年を迎えている人は、社会保障が充実していますから、老後も安泰でしょうが、小生のような年齢層は、長年掛けてきた企業年金、年金基金も破綻し、国の事業である厚生年金も支給開始年齢が引き延ばされる一方で、さらに取得年金額も激減するということで、われわれ世代が老後に頼るものがありません。

そこで、今のうちに、労働者階級からその上に上がりたいと思うのですが、どうすれば良いのか ?
そこで、最近、楽して儲かる仕事をあれこれ考えてはこのブログにその愚考えを露呈して笑覧していただいている次第です。

脱サラして、あらたな事業を展開したり、怪しい宗教の開祖となる人、他人を騙して金を巻き上げている人・・・
そんな人もいるようですが、我々のような正直にバカが付く鍛冶職人にはそんな人物にはなれそうにもありません。
何か、鍛冶の技術を活かした商売を発掘して、老後の心配のないような安定な収入を得る方法はないでしょうか・・・・ ? ?

そんな思案に暮れる、きょうこの頃です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »