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本土復帰は良かったのか - 2

沖縄の人 - 2

天皇、皇后両陛下は、本日の「全国豊かな海づくり大会」のために、昨日から沖縄をご訪問されているそうですね。
そこで、沖縄戦で犠牲となった学徒隊の史跡をご訪問され、元隊員のお話に傾聴されるお姿に、沖縄の人たちも感慨深げな様子が伝えられていました。Photo

ところで、陛下が皇太子だった頃、初めて沖縄をご訪問されたとき、サヨクの活動家から火炎瓶で迎えられました。(写真)
しかし、陛下はご自分のことよりも、近くにいた案内の人や警備に携わった人を気遣い、一連の行事を中断することはありませんでした。
それから 9回、沖縄をご訪問されています。
父君であられた昭和天皇が沖縄訪問を果たせなかったこともあり、陛下の沖縄に対する思いは計り知れないものがあると思います。

これが、沖縄の人たちと本土の人たちとの感情の象徴だと思います。

前回にも記しましたが、小生が住んでいる地域でも、明治時代の後半から 漁船に 無線や冷蔵庫が積まれるようになると、長期間にわたる遠洋漁業時代を迎えるようになりました。

ところが、この遠洋漁業というものは過酷を極め、したがって漁師になる人が少ないために、遠洋漁業の立ち寄り先の沖縄で、人夫を連れ去って彼らに漁労を強いたこともあったようです。
その後、漁船の機動力、運搬や通信能力に目をつけた帝国陸軍が漁船を徴用するようになり、併せて漁労に携わっていた沖縄の人たちもそのまま軍に徴用されてしまったのですね。

ところが、当時の本土の人は沖縄の人にたいして差別意識があったようで、同じように軍に徴用されても沖縄の人は「軍属」として扱われなかったようです。
したがって、戦後補償に対しても、沖縄の人は辛い目に遭ったのでした。

しかし、沖縄の人は頑張りぬいて、今では、本土でも事業を拡大させて成功を収める人が多いのですね。
その逆境を跳ね除けた根性はすごいです。

このような歴史があるのですが、これは文書としてハッキリと残っているものではなくて、我々郷土史家らが聞き取り調査をして分かってきたものなんです。

小生の地域でもそんな具合ですから、恐らく、他の地方でも同様なことがあったのかもしれません。

ところで、小生は決して人権団体などによる差別解消運動を支持しているわけではありません。
ただ、史実としてそういう意識があったようだ・・・ということだけを伝えているだけです。

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