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「反戦」と「脱原発」とのちがい

「脱原発」はサヨク運動ではない

70年前の戦争で、日本は二発の原爆を落とされ、戦争の負けを認めました。
その敗戦の受諾のための「御前会議」で、昭和天皇は、「日本の種子を残すため」という趣旨のことを述べられたそうです。
つまり、じゅうたん爆弾攻撃で焦土と化した国土を憂いたというよりも、原爆による放射能汚染で、日本人の遺伝子が破壊されることを恐れたと解することが出来ると思います。

(「この上戦争を続けては、結局、わが国は全く焦土となり、国民にこれ以上苦痛をなめさせることは、私としては忍びない。少しでも種子が残りさえすれば、また復興という光明も考えられる。」
- 迫水常久氏の手記による、最後の御前会議の際の陛下のお言葉の一部から引用 - )

こうした戦争を、二度と起こしてはならない ! !

と、市民活動家などが立ち上がり、平和運動、反戦運動が今も続いています。

その市民活動家らは、平和な生活を維持するためという名目のために、基地問題をはじめ、同和問題などの人権運動、あるいは労働問題、脱原発運動などにも手を広げています。

これらは一見、基本的な人権保護に資する有益な行為に見えますが、実は、国益に反した サヨク活動と言われています。
それについては、このブログで何回も述べてきたのでここでは省きますが、「脱原発」運動は、原爆の原料を製造することに反対をする典型的なサヨクの「平和活動」と解されてきたわけです。

しかし、福島第一原発の事故を受けてからは、「脱原発運動」が単純なサヨク活動に思えなくなりました。

つまり、戦争というものは、相手があるものだから、こちら側だけが戦争をしない・・・と決め込んでも 戦争から逃れることが出来きませんよね。
逆に、反戦運動は、戦争を仕掛ける相手側から見れば、好都合なわけです。
そういうわけで、「戦争と平和」のジレンマを抱えている人類にとっては、平和運動というものは現実的に国益に資するものではないわけです。

特に日本の場合、その敗戦の切っ掛けが原爆投下ということで、原子力に対して強いトラウマといいますか 原子力アレルギーになって、それが一部の日本人を原子力を否定する運動に走らせていると思うのですね。
それが、得体の知れない市民扇動家らによって、平和大運動となっているわけです。

ところで、原子力事故以前の科学者らは、原子力発電は、安全でクリーンで格安 だと、太鼓判を押していたのでした。
ですから、素人の我々はそれを検証もせずに鵜呑みにして、産業の発達とともにエネルギー利権に染まっていったわけです。

ところが、昨年の原子力の事故で、原子力発電が日本にとっては危険なもので、クリーンでも格安でもないことが分かりました。

しかも、学会までもがいままでの誤りを認めて、原子力が危険であって、後世にまで迷惑が及ぶことを明らかにしました。

そういうわけで、原子力問題というものは、自国の問題ということで、相手のある反戦運動とは基本的に異なるわけです。

つまり、原子力を否定することは、国益を損ねることはないのです。むしろ、国益に資するものなんですね。Photo

(つまり、北朝鮮が原爆を作らなくても、原子力発電所を正確に狙えるミサイル作れば、それが、そのまま原爆となるわけです。
日本が原子力発電所をやめて、核燃料を‘安全裏’に処分すれば、中国や北朝鮮の単純なミサイルは、単純なミサイルに終わるわけです。)

ところが、最近の日本の女性のほとんどが原子力に反対しているのに対して、日本の男性の半分が、いまだ原子力に賛成しているというアンケート結果があるそうです。

エネルギー利権に拘わっている以上、そう簡単には原子力から離れられない事情が そうした男性にはあるようです。

小生は、これからの日本のスタンスとして、脱原発を掲げ、今までの原子力の技術を、技術的に危ない中国やベトナムなどに供与すべきだと思います。
そうした意味で、原子力の研究を続けることは賛成です。
安全な廃炉に向けての研究を、被爆国 日本が率先する義務があると思います。

もし、中国で福島第一原発のような原子力事故が起きたら、その影響は、風や海の流れに乗って日本を汚染することは目に見えているからです。
中国の先進技術の脆弱さは、新幹線を見ても明らかでしょう ?

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コメント

お初でございます。今回の記事のテーマの「反戦」と「脱原発」の違い・・・・のことですが、答えは簡単です。原則、サヨクですね。原発と核兵器の違いということになります。これがどういう意味を持つかわかりますか?勿論、エネルギーが自然の力で無限にサイクルできれば一番良いのですが…恐らく、アキリストがおは4卒で社会福祉活動家になれば時代の光になりそうですよね・・・。アキリストの転身に敬意を表したいですね。

投稿: 聖家神道天使員ヤエピー | 2012年3月28日 (水) 14時32分

聖家神道天使員ヤエピーさま、いらっしゃいませ。
記事をUPさせた瞬間に、コメントを頂き、驚きました。
ところで、市民活動家といっても、本物の市民もいれば、「地球市民」もいます。
得体の知れない外国人が、市民を名乗っている場合もあるそうです。
どうぞ、聖家神道天使員ヤエピーさまのお力で、そのような輩から、この日本を守ってくださいね。

投稿: あらま | 2012年3月28日 (水) 14時51分

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