« プールの中の使用済み核燃料 | トップページ | アルバイト 再開 »

原子炉停止後も残る危険性

停めても安心ではない

いわゆる 原子力安全・保安院の「やらせ」問題が発覚して以来、同院への信頼は「どん底」に落ちたばかりではなく、国民の原発不信を増加させた形になりました。
これで、今もなお 故郷を破壊され続けている福島県民のみならず、静岡県民の心は「脱・原発」で固まったと思います。

さて、一昨日から核燃料の危険性について、『静岡新聞』の記事を引用していますが、今朝の『静岡新聞』第一面も、この記事でした。

小生は、『静岡新聞』の回し者でも何でもありませんが、こうした記事に接すると、県民の皆さまには、是非『静岡新聞』を購読して、一連の記事を熟読していただきたい気持ちが沸きます。
未来の子供たちに この世を伝えるためにも、原子力の問題を考えることは不可避だと思います。それでは、引用を開始します。

原子炉停止後も熱放出

続 浜岡原発の選択 6

核燃料 ③

「廃止措置中の 1、2号機に使用済み核燃料が 1,165体 残っている。(東京電力) 福島第一原発の事故を見れば、止めたからと言って安心は出来ない」。会場は静まり返っていた。パイプイスに座った市民 約 100人を前に、牧之原市の西原茂樹市長 (57) は強い口調で説明を始めた。そして続けた。「停止した 3、4、5号機には使用中の燃料が入っている。使用済み燃料は全部で 6,600体ある」
 浜岡原発が立地する御前崎市佐倉に隣接する牧之原市地頭方地区で 7月中旬、市長と市民らの意見交換会が開かれた。原口喜作さん (80) = 牧之原市新庄 = は質疑応答が始まると真っ先に手を挙げた。「原発内には燃料が残っている」「(東海地震が起きたら)配管はとても持たない」。舌鋒鋭く指摘すると、畳み掛けるように訴えた。「子供たちのために浜岡原発をこれから先も止めておいてほしい」
 浜岡原発で関連会社の社員として 10年ほど働いた経験がある。1、2号機の補修工事や燃料の移動などに関わった。毛細血管のように張り巡らされた内部の配管も間近に見てきた。「あれほど大量の配管が東海地震で損傷しないとは思えない」と主張する。「燃料が原子炉の中にある以上は原子炉を止めてもリスクは変わらない」として「早急な対応」を求めている。
 核燃料は長さ 4メートルほどの燃料棒を 60~ 74本束ねた集合体。運転を停止しても、燃料棒中の放射性物質の「崩壊熱」によって高い熱が出続けている。核燃料が水から露出して冷却できない状態になれば、燃料棒が熔け、大量の放射性物質が漏れ出す。炉心溶融 ( メルトダウン ) につながる可能性もある。
 中電によると、3~ 5号機の原子炉内には 計 2,400体の核燃料が装荷されたまま。担当者は「当面は原子炉の中で冷却する方針」と説明する。
 東日本大震災が発生した際、福島第一原発 1~3号機には 計 1,496体の燃料が装荷されていた。いずれの原子炉も地震と津波で冷却機能を失い、炉心溶融に至ったとみられる。
 ウラン濃縮研究などに詳しい中部大の武田邦彦教授 ( 資源材料工学 ) は「(福島第一原発の事故が起きる前まで ) 自分を含めた原子力の研究者は、崩壊熱を非常に甘く見ていた」と自戒の念を込めて話した。その上で、「崩壊熱は臨海運転中の発熱量の数%とはいえ、冷却水の循環が止まってしまえば たちまち蒸発してしまうほどの熱が出る」と付け加えた。
「国民の安心と安全のため」-。東海地震の切迫性を理由にした政府の停止要請を受けて、中電が浜岡原発の全炉を停止してから 2ヶ月余り。政府が考えている安全は本当に確保されたのか。停止後も原子炉に核燃料が装荷されたままの浜岡原発に、地元住民は不安げな視線を送っている。 ( 浜岡原発問題取材班 )

Photo

崩壊熱
原子炉の運転中に核燃料棒内にたまった セシウム 137 などの核分裂生成物質などが、原子炉が停止した後も自ら崩壊を続けることで生まれる熱。運転を止めた直後は、運転時の発熱量の数%程度の熱を発するとされる。その後、徐々に冷えながらも熱を出し続けるため、原子炉内にある使用中の燃料や使用済み燃料は、常に継続的な冷却が必要になる。

【『静岡新聞』 2011年 7月 30日 朝刊 】

・・・・このように、東海地震発生予想エリアの中心に位置する浜岡原発の原子炉が全停止したからといって、ただちに「安全」になったわけではないようです。
完全に封じ込めるためには、さらに長い年月がかかるようです。
それまでの「安全」をどするのか・・・

・・・なんて記していたら、ラジオ放送で、菅首相が「脱原発」から「減原発」にトーンダウンしたと伝えていました。
政・財・官 の利権団の勢力は強く、それに押し切られたのでしょうか ?
地位に留まるためには、舌が乾かないうちに方針を転換してしまう菅総理の姿勢には、唖然とするばかりです。
小沢さんではないですが、菅さんは当分の間、辞めないでしょう。

こんな具合に、原子力政策も、相変わらず政争の具にされているようで、日本の未来は明るくないですね・・・。。。。weep
 

 

|

« プールの中の使用済み核燃料 | トップページ | アルバイト 再開 »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

あらま様 毎回読んでます
ただ書き込むにはテーマがちょっと重いので遠慮しておりました
一件お聞きしたいのですが
新聞や他人の説を引用するときの条件がありますが、あらま様はあまりそういうことには気を使わないのでしょうか
引用した分量の制限とか?

投稿: おばQ | 2011年7月30日 (土) 07時25分

おばQさま、ご指摘をありがとうございます。
おばQさまが指摘される根拠は、以下のサイトからだと思います。

http://homepage1.nifty.com/samito/copyright2.htm

つまり、新聞記事を引用する場合は、引用文よりも自分の文の方が比較的多ければ良いとか、部分引用なら良いという意見ですね。
そこで、問題になるのが「編集」です。
つまり、記事を意訳したり、まとめたり、カットすることは「編集」ということになり、オリジナルでなくなるという問題です。
事実、新聞記事の一部だけを取り上げて提起したら、反対の意味に取られてしまった・・・という事例が少なくありません。
それなら「全文」を掲載して、読み手の判断を仰ぐほうが良いという考え方です。
例えば、小生は新聞に投稿することがありますが、新聞社側では文章をそのまま掲載することはなく、読みやすいように意味を変えないで編集します。
簡単な「読者のひろば」程度なら、新聞社は作者の確認・許諾ナシに編集して掲載しますが、専門紙の記事では、作者の確認・許諾を得てから掲載します。
ところが、以前、ある専門紙で小生の文章が掲載された時、小生の悪文をスッカリ変えてしまって、まるで反対の内容として載せられてしまったことがあります。
小生は強く抗議しましたが、後の祭りでした。
そういうわけで、長冗になっても、部分引用は避けて、全文を引用することにしています。
新聞社の友人にも確認しましたが、素人が部分引用で問題を起こしてもらうよりも、全文掲載されたほうが良いということでした。
つまり、論文の引用のように、文章力に長けている人が部分引用をして比較することは意義があると思いますが、小生のような文章力のないものが勝手に編集・比較することは、本来の意味から逸脱する可能性が高いということです。
ただでさえ、新聞記事は限られた紙面のため、文章を凝縮しています。
それを少しでも編集したりカットしたら、まったく違う意味になってしまう可能性は高いでしょう。
この件については、広く意見を求めたいと思います。

投稿: あらま | 2011年7月30日 (土) 15時49分

あらま様
引用の場合は、量の多寡ではなく、引用した文章の量よりも自身の意見が多くなければ(実際には4倍以上かと思います)ならないという決まりというか判例があったはずです。
以前、小林よしのり氏のマンガを批判した方が、引用というか転載して要所要所に批判文を書いた本を出版して敗訴したケースがありました。
だから全文引用してもらったほうがよいとおっしゃたとしても、それ以上にそれについてのコメントなり批判なりを書かなければならないということに変わりはないように思います。

投稿: おばQ | 2011年7月31日 (日) 16時40分

おばQさま、重ねてご指摘をありがとうございます。
ブログの引用については、こんなサイトがあります。

http://kumacrow.blog111.fc2.com/blog-entry-628.html

さらに現在では、通信社や新聞社の記事を、ブログに引用してもらうためのサービスも始まっています。

http://www.topilog.com/msn/
http://promotion.jp.msn.com/msnsankei_blog/

つまり、著作権を盾に、文章の拡散から保護するという考え方よりも、記事を広めて意見してもらいたいようですね。
そのため、正確にコピペできるようなブログパーツも開発されています。
「この記事をブログに書く」というツールです。
その記事を叩き台にして大いに論争することを推奨しているようですね。
つまり、ブログネタとして記事を提供するという試みです。
実際に、この記事を提供している @エスでも、ネット上でこの記事を転載して、広く意見を求めていました。
ただし、ブログネタとして叩かれ続けている朝日新聞は、こんな感じです。

http://www.asahi.com/policy/copyright.html

それでも気になったので、新聞社の知人に改めて問い合わせして、小生の当該の記事を読んでもらいましたが、「個人のブログでしょう・・・問題ないじゃないの・・・」とのことでした。

ただし、著作権がある以上、それを利用して悪意的にその新聞社や記者を攻撃したり、著しい不利益を生じさせたり、自分の著書に転載して利益を得ようとする場合は訴えられる場合があるということです。

朝日新聞の記事を引用してそれを批判することは、法律違反なんでしょうか ? ?

投稿: あらま | 2011年7月31日 (日) 19時21分

あらま様
私が書いたのは過去の判例からのことです
朝日新聞であろうと書籍であろうと引用して批判することは全うな権利です
ただし、判例では膨大な量を引用して、あちこちに茶々を入れるのはいけないということのようです
もちろん茶々でなくて誉めてもまっとうな批判でもだめということでした
引用してコメントするなら、腰をすえてしろということと理解しています
私個人としてはそのような考えでしているというだけです
余計なことを言ってすみませんでした

投稿: おばQ | 2011年8月 1日 (月) 18時14分

おばQさま、ありがとうございます。
著作権を示して無断転載を禁止している文章は、たとえどんな理由があろうとも、無断転載してはいけないことは確かでしょう。
「©」の記号が記されているものは、全て引用禁止ということになります。
従って、「新聞」や週刊誌を含めた全ての「本」は、著作権をうたっていれば、一切、引用できないことになってしまいます。
つまり、朝日新聞が引用を禁止しているのに、無断転載して茶々を入れることは、著作権法に違反しているということになります。
ですから、たとえ引用文よりも 4倍以上の自分の文章を示せば、朝日新聞の示している著作権法から逃れる・・・なんてことは判例にあるのかもしれませんが、それは詭弁でしょう。
そういうことで、まつたく引用が出来ないとなれば、現実的に議論が進みません。
逆に、引用も出来ないような文章は、つまらないということなります。

少し脱線しますが、朝日新聞は、たびたび他人の記事を盗用しますね。
そのときに、盗用された人が、朝日新聞に抗議するために、その記事を引用することは、朝日新聞の著作権に反することでしょうか ?

冗談はこのぐらいにして、元にもどります。

そういうわけで、最近の新聞は、最新記事を携帯に無料配信するサービスをしています。
そうして、記事に興味を持ってもらい、できれば購読してもらおう・・・という考え方みたいですね。
したがって、記事をブログネタにしてもらおうということもしているわけです。

そうした姿勢の新聞社が一方では著作権を示しているのは、矛盾を感じてしまいます。
しかし、無断で転載できるからと言って、自由に編集して、本来の意味から全く違うものにしてしまわれたら、損害が生じてしまうことがあるでしょう。
また、コピーをして有償で配布されてしまっては、営業妨害です。
ですから、やはり著作権で保護する部分は残しておかなければならないようです。

そういうことで、作者が著作権法をもとに訴えたら、そこで著作権法にひっか掛かるという考え方に至ったようです。
しかし、これは、悪いことをしても訴えられなければ罪にならない・・・ということにもなり、日本人の肌には合わない考えかだと思います。

でも、それも一つの解釈です。
ですから、広く意見を求めているところです。

投稿: あらま | 2011年8月 1日 (月) 23時27分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« プールの中の使用済み核燃料 | トップページ | アルバイト 再開 »