« 日本平動物園 | トップページ | 蓮華寺池公園の梅 »

やおろずの神

物霊 ?人格神 ?

以下に記すことは、小生の「仮説」です。

さて、一般に、八百万の神というと自然現象や自然物、つまり森羅万象に宿る霊的なものを八百万の神と捉えている人が多いようです。

つまり八百万の神とは、いたるところに神がいるという日本人固有の世界観の表れということですね。

したがって、周りに人がいないから、こっそり悪いことをしようとも、周りの神が見ているからシッカリ仕事をしよう・・・とう観念が日本人にあると思います。

天知る、地知る、己知る」という言葉がありますね。

誰も見ていないと思っても、天神様も見ている、地祇様も見ている、しかし、何と言っても自分自身が覚えている・・・という意味でしょう。

日本人が世界の人々から信頼される理由は、そうした考え方が日本人の深層心理の中にあるから、サボらないし、確実な仕事をすると思われているからでしょう。

しかし、実際に神道で言う八百万の神は、それとは ちと違うようですよ。

以前にもこのブログで何度も紹介した日本最古の歴史書である『古事記』では、天の岩屋戸の項で天安河原に会合した神々たちを 八百万の神 といいます。

つまり、頭のよい神、力の強い神、踊りの上手な女神などの八百万の神 が集まって、太陽女神である天照大神を天の岩屋戸から引きずり出したということになっています。

そして、八百万の神 たちは、天照大神に対して忠誠を誓い、天照大神を困らせていた須佐之男尊を追放してしまったわけですね。

それ以降、天皇の手を汚すことなく、周りの忠臣が天皇に代わって征伐することになるわけですね。

つまり、大日本帝国憲法の「第一章 第三条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」ということになるわけです。

そうした天皇家の皇祖皇宗である天照大神に忠誠を誓った神の末裔たちが 全国に散らばって祀られているといわれています。それが氏神様ですね。そして、鎮守の杜の神様ということで、その地域の守護神となっています。

そこで、旧暦10月を「神無月」といいますが、これは全国の村々の鎮守の神々が、年に1度、「大國主大神」が祀られている出雲大社に集まって、人々の“しあわせ”の御縁を結ぶ会議「神議(かみはかり)」がなされるということです。

つまり、その月は、全国の神社では神様がいなくなるなるわけですね。

そういうわけで、八百万の神 は、森羅万象の霊でもなく、皇統に直接つながる神でもないのです。いわゆる、我々大和民族の祖先神ということですね。人格神です。

そういうわけで、建国の為に忠誠を誓い、我々のクニを作るために努力された先人先輩の霊とか、クニの為に戦って犠牲となった人たちの霊も 八百万の神 と定義することが出来ます。

ですから、鎮守の杜の 氏神だけでなく、護国神社や靖国神社に祀られている‘英霊’も 八百万の神、に含まれると思います。また、靖国神社には祀られていなくても、乃木神社のご神体 乃木希典将軍の霊のように国に忠誠を誓っている霊なら全て 八百万の神 と言えるのではないでしょうか。いわゆる 崇敬神ですね。

そういうわけで、 八百万の神とは 万物の霊というよりも 日本に忠誠を誓い、日本を愛した大和民族の霊 と言った方が正確かもしれません。

万物に畏怖する大和心は、万物を神と見立てる心というよりも、万物を愛した天照大神の心に共鳴した心・・・と解釈したほうが正確なようです。

そうした血が、日本人固有の大和魂に流れていると思われます。

つまり、全てを許容する皇祖皇宗の心に大和民族 (民草) が共鳴しているのですね。それが和歌となって歌われているのです。つまり、それが「言霊」として日本の隅々にまで浸透しているのですね。

このように 八百万の神 を 皇祖皇宗の 忠誠神 として考えると、全てが合理的に説明できると思うのですね。

それにしても、最近 建立された神社が 須佐之男尊 を祀ったものが多いのはどうしてでしょうか ?

今回で、昨年の暮から続いている「大和魂シリーズ」は、これで完結します。

【参考文献】

『日本神様事典』 三橋健・白山芳太郎 共著 大法輪閣

『日本の神様がわかる本』 戸部民夫 著 PHP研究所

『古事記の読み方』 坂本 勝 著 岩波新書 新赤 864

|

« 日本平動物園 | トップページ | 蓮華寺池公園の梅 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

あらま様の博識に恐れ入るばかりです
  あらま様も現人神であったか

>それにしても、最近 建立された神社が 須佐之男尊 を祀ったものが多いのはどうしてでしょうか ?

そうなんですか?
知りませんでした。

投稿: 佐為 | 2011年1月23日 (日) 07時37分

小生よりも遥かに博識な佐為師匠に そう言われてしまうと困ってしまいます。

さて、日本の経済が成長していた頃、地方でも盛んに破れ果てた神社が再建されました。
そのときに、改めて村祭りも再興されたようです。
ところが、昔、どんな祭りをしていたのかよく分らないようでした。
そこで、祭りの「専門家」に相談したようです。
当時は、そんな商売が繁盛していたようです。
とりあえず、笛を吹き、獅子舞をして、山車を引くような形態の祭りをすれば、なんとか形になるということで、それにふさわしい「由来」を考えたようです。
そこで見つかったのが、須佐之男尊。
モデルは祇園祭ですね。
そういうわけで、八坂神社、津島神社、氷川神社が全国的に増えたようです。
いわゆる「由来屋」さんの仕業ですね。
そういうわけで、近年、全国的に似たような村祭りが広がったと思います。
これは、あくまでも小生の仮説です。

投稿: あらま | 2011年1月23日 (日) 13時28分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/131161/50657492

この記事へのトラックバック一覧です: やおろずの神:

« 日本平動物園 | トップページ | 蓮華寺池公園の梅 »