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カワイイ

難解な現代語

アメリカ在住のハンドルネーム 革袋の一滴 さまが、最近 使われている 日本の「可愛い」という言葉について、ご自身のブログに記されていました。
そこで、本日は、この「可愛い」と言う現代語を考えてみたいと思います。

ところで、今までは、「可愛い」という言葉を使うときは、女の子とか ネコなど小動物などを指すときでした。
つまり、自分よりも目下に対して使う言葉ですね。

ところが、近年、この「可愛い」が「カワイイ」とか「kawaii」と表現されると、意味が変るようです。
つまり、目上の人に対しても、この「カワイイ」と言う言葉が使われるのです。
(例えば、オヤジでも、ヤバイ場合は、「カワイイ ! 」となるのですね。)
(意味が分りますか ? )

例えば、昼のバラエティー テレビ番組に 『笑っていいとも ! 』というものがあるのですが、その中の「テレフォンショッキング」というコーナーにゲストが出現したとき、最初の若い娘の反応が、この「カワイイ !」です。Photo
女優の野際陽子さん(写真)が登場したときも、会場の若い娘たちは、平気で「カワイイ !」と叫びます。
確かに野際さんは素敵な人ですが、可愛いという表現には、小生は抵抗があるのですね。
小生よりも 20歳も年上ですから・・・。

ところが、現代の若者たちは、年上の女性だけではなく、年上の男性に対しても「カワイイ」と感じれば、「カワイイ」と平気で口にします。

もちろん、仕事の時には、そんな言葉は使いません。
上司やお客さんに対して「カワイイ」と言う表現が「失礼」であるということは わきまえているようです。

しかし、私的な環境になると、自分のお気に入りに感じた人を「カワイイ」と表現するようですね。

その「カワイイ」という言葉から派生した俗語が「キモカワイイ」。
その意味をネットで調べてみると・・・・

キモカワイイとは見た目的に気持ち悪い・よくない(=キモイ)が、かわいらしさを感じさせるなど、「キモイけどカワイイ」または「キモくてカワイイ」といった意味の感嘆詞である。キモカワイイはお笑いコンビ“アンガールズ”の代名詞的にも使われており、「キモカワ~」と略しても使われる。2005年辺りからこうした一見共通点のない言葉や対になる言葉を繋げる表現が増えているが、一説には物の多様化に伴う表現の拡大とも言われている。なお、1990年代後半には既に一部の若者が使い始めている。【日本語俗語辞典

Photo_2

お笑い芸人の森三中 (写真) が「カワイイ」なのか「キモカワイイ」なのかは、意見が分かれるところなんだそうです。

また、最近の中年の女性が「可愛くなりたい」と言うそうです。

この場合は、少女時代のように戻りたいと言うことよりも、むしろ、自分の気に入った容姿になりたい・・・ということのようです。

どうやら、「あなた好みの女になりたい ♪」わけでも無いようです。

このように、もはや、世代の壁を越えて「カワイイ」と言う言葉が使われているようですね。

これは、最近の夫婦の間でも言えることですね。

例えば、自分の檀那さんを「可愛い人」といい、実際に呼ぶ時は、「あなた !」とは言わず 西欧のように名前を 呼び捨て にします。

しかし、自分の檀那さんの親の前では、自分の檀那さんを 呼び捨て にすることはないのですね。

そういうところはシッカリとわきまえているようです。

こうしてみると、「カワイイ」ということは「愛しい」ということなんでしようか ?

そのことについて大学生の長女に聞くと、愛しい=カワイイ ではないそうです。

愛しい≒ カワイイ 、つまり、似て非なるものみたいです。

むしろ、「カッコいい」とか「素敵」と言う直接的な表現ではなくて、「無難な褒め言葉」として「カワイイ」が使われているような気がするのです。

そうしてみると、カワイイ=お気に入り  ・・・・みたいですね。

実際に、「カワイイ」を連呼している人の様子を見ていると、自分が気に入った とか に対して「カワイイ ! 」と言っていますものね。

このように、「カワイイ」と言う言葉から、現代の若者の意識の変化が垣間見えて面白いと思います。

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コメント

うーん、最近の日本語はワタシニハワカリマセーン

外国語学校ならぬ現代語学校にいかねば日常会話も通じない恐れが・・・

投稿: 佐為 | 2010年12月12日 (日) 17時45分

佐為さま、ありがとうございます。
小生も、最近の日本語には通訳がないと分りません。
現代語の翻訳サイトがあれば便利でしょうね。

投稿: あらま | 2010年12月12日 (日) 20時40分

産まれてから30年、日本語社会で日本語を習い、米国に来て英語を練習して30年、やっと意思の疎通がはかれるようになったらまた日本語の勉強のし直しですか?  ほんとうに一生勉強ですか、「遊び時間」がくるのが待ちどうしいです。

投稿: 一滴 | 2010年12月13日 (月) 03時02分

一滴さま、コメントをありがとうございます。
日本にいても日本語が分らないのですから、ましてや海外で暮らしていたら分らなくなるのも当然だと思います。
小生の希望としては、一滴さまが海外で、正しく美しい日本語を保存してくださっていることを願うばかりです。

投稿: あらま | 2010年12月13日 (月) 13時22分

その美しくない日本語しか見たことのない私にとっては想像の埒外な話ですが、いやはや本当に何かが変わったなとは思います。

思えば奈良平安はもとより、明治に書かれた本などは今読むにしても内容以前の苦難が伴います。・・・例えば学問のすすめなど、当時にしてみれば庶民用にできるだけ噛み砕いて書かれた普及用の本なんだとか。みんな勉強しろよーと呼び掛けてそれが大ヒットしたからにはさぞかし読みやすい本だったのではないかと思います。
でもこれを妹に見せたらさっぱりでしょう。

もう昭和期の書物も結構読みにくくなってきております。小説もなんだか形式ばってて気持ち悪いと言うか何でそんなに仰々しいのと疑問を禁じ得ないと言うか。

今の若者の主流はゲーム・・・書物に限れば純文学を押しのける勢いで広がるライトノベルでしょう。今となってはハリーポッターが最後の純文学のヒットだったのではないかと言う感じです。先日教育実習に行ってきた先輩が面白い話をしてくれました。曰くゲームの解釈本、もしくはゲームをノベライズした小説を図書館に入れるか入れないか真面目な議論になっているとか。

私もこのまま何も無ければ60年位は生きられるのでしょう。その間に60年の進歩はどこまで行くのでしょうか。ちょっと興味があります。

投稿: ある大学生 | 2010年12月13日 (月) 22時59分

ある大学生さま、ありがとうございます。
言葉は崩れることによって進化するんだそうですよ。
つまり、カタカナは漢字の一部をとったものに対して、平仮名は漢字を崩したもの。
言い回しも、原型から崩れて分りやすくなってきたということです。
ですから、古語と現代語とでは、意味がまったく反対になったものも多いとか・・・。
そういうわけで、それが「言語の進化」ということで受け入れるべきものみたいですね。
それにしても、日本語の一大革命は、80年前にNHK語を‘標準語’にしたことでしょう。
それによって、日本は格段の進歩を遂げています。
それに対して、中国語は、いまだに統一されていないようです。
とりあえず、北京語をもとにして標準語があるようですが、それを理解できない人が多いようです。
そういうわけで、中国がいまだに内紛・虐殺が多いのは、言葉が分らないからなんだそうです。
戦争の原因は、格差・貧困といいますが、実は言葉の違いも大きな要因みたいですね。

投稿: あらま | 2010年12月14日 (火) 09時32分

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