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『大和魂』と『武士道』 - 5

大和魂こそ日本人の心 - 3

前回は、大和魂は日本建国の精神であることを記しました。Photo_8
具体的にいいますと、国が統一しないのは自分の徳が足りないと反省する天照大神の姿に感動した周りの神々が、その天照大神に忠誠を誓った・・・それが「大和魂」ということですね。
そういうわけで、天照大神皇祖皇宗となったわけです。それに従ったのが大和民族、つまり、我々日本人の祖先ということです。
日本の臣民が日本の皇室国家に対してをもって忠誠的に仕えようとする精神がこの大和魂なんですね。
つまり、大和魂とは、女神である 天照大神の慈しみの心に感動して起こった日本の国民性なのです。
ですから、その大和魂は純粋に国家に従おうというもので、私心がなかったのです。
このことは、日本の古典を総覧しても分るのですが、昔の日本には 天照大神皇室を中心にする思想や信仰のほかには、何もなかったのです。
(世界史では、女性を悪魔のように捉えた面が多いのですが、日本史では、女性を正統に祀る文化があるようです。そして、その後、女神から発生したこの大和魂は、儒教仏教の精神を入れて、一段と発達し、日本固有の文化を生み出すことになるのでした。女性の‘受け入れる’という特質が日本の固有の文化として現れていますね。)

ところが、当時の皇室に仕え、国家権力を世襲していた上流社会の人々の精神が次第に堕落していくのですね。
つまり、皇室の威厳の下であぐらをかいてしまったのです。
そして、利己心に陥り、国家の利権を私物化していったのです。
しかも、その下の官僚たちや地方官吏までもが利己主義的に堕落し、その結果、国中に私的な集団が発生したのです。
また、その集団同士も、互いの権益を争うようになり、そこから非国家的な団体が生れてきたのでした。
そして、こうして生まれた非国家的な君主たちは、その保身の必要性から、次第に各地方で争ったのです。

【参照】 荘園公領制

Photo_7 ところが、源頼朝(写真)が幕府を鎌倉に開くことによって、これら全国の団体を打ち破り、皇室を中心とした国家とは違った 一団体を形成したのでした。
こうして、非国家的な君主たちは、あらたに幕府を中心とした私的な君臣の関係を結ぶにことになったのでした。
つまり、諸大名たちは 朝廷ではなくて この鎌倉幕府に臣属し、またその諸大名たちは 夫々に家臣を従え、その家臣もまた夫々に家来を持つようになったのです。
そして、家来たちは、いったん君主とした人に対しては、絶対服従することを唯一の信条としたのです。

このように、この大和魂は、一転して中流社会の武士の精神から再興して、武士道として生まれ変わったのでした。
ですから、武士の「忠義」とは、自分に直属する君主に尽くすだけのものでした。
つまり自分が直接 私恩を被った君主にのみ属するというのですね。
ですから自分の君主でない他の団体と争うのことは勿論、自分の直接の君主のそのまた上の系列に対しても背反するのです。

つまり、餌をくれる人間の子供には従っても、その子供の親に牙を向ける犬と同じです。
なのに、その子供には献身的な忠義を捧げるのですね。

ですから、北条義時や北条高時が、上皇や天皇を島流しするなどというを大逆を犯すことが出来たのです。
また、明智光秀が君主であった織田信長を殺し、陶晴賢(すえはるたか)が大内義隆を殺すことも出来たのです。

このように、時代とともにこの武士道も堕落していくのでした。
(写真は 応仁の乱)Photo_6
たとえば、武士が戦場に臨む時は、自分が属する団体の勝敗は第二にして、自分の名誉が第一になってゆきます。
ですから、まず自分の名乗りを挙げ、先陣を争ったのです。
これは、自分の家名を辱めないため、または子孫に利禄を残すためだったのです。
つまり、お家第一主義に陥って行くのでした。
ですから、これに反する事情が生じると忠義をしなくなるのですね。
かの戦国時代の最大の武士道の信者だった豪傑どもが、その主人と離合散集する有様を見れば明らかでしょう。

このように、武士道とは、敢えて言うなら天照大神の慈しみの心が日本の上流社会から忘れられ、その人々の利己主義から起きた当時のひとつの道徳だったですね。
そして、その武士道も、どんどんと私的に堕落していくのでした。

さらに武士たちは、日本人の根底に流れている大和魂とその時代の武士道とのジレンマに悩むことになるのですね。それが『忠臣蔵』にも現れているのでしょう。

長冗になってしまいましたので今回は、ここで〆ることにします。
次回は、この堕落した武士道を再興した徳川家康や、大和魂を研究した国学者たちについて記してみたいと思います。

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コメント

あらま様 お元気ですか?
記事の内容ではありませんが、あらま様はいつ寝て、いつ起きるのか、いや寝ていないのではないかと思ってしまいます
活動的な方ですね
私は夜は寝なくちゃならないし、昼間も眠いし、
あ、怠け者って言うだけか?

投稿: 佐為 | 2010年12月18日 (土) 07時04分

佐為さま、ご心配をしていただき ありがとうごさいます。
小生は眠たい時に寝ることにしています。
どうしても寝なくてはならない・・・なんて、自分に脅迫的になることは止めて以来、眠れるようになりました。

投稿: あらま | 2010年12月18日 (土) 18時43分

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