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映画 『Tokko -特攻- 』

中庸

はっきり言って、面白い映画ではなかったです。Tokko
戦争を賛美するわけでもなく、非難するわけでもなく・・・。
でも、これがホントなんだろうな・・・と思いました。

太平洋戦争の日本の 特攻隊 を扱う映画、テレビ番組は数多く観てきましたが、やっと正確な判断が出来る世代になったんだな・・・という印象です。

小生は、戦後生まれで戦争の体験はありません。生まれた時は戦争の復興が済んで、高度成長が始まるころでした。
親たちは、過去を振り返らず、ガムシャラに生きていて、戦争の体験談なんては話しませんでした。
学校では、戦争が過ちであったことを教え、人権教育平和教育をしてくれました。
お陰で、社会に出て暫くの間まで、人間は生まれながらにして平等基本的人権を持っていると信じていました。
そういった教育を受けていたので、正確な判断なんて出来るはずがありません。

0 一方、小生の子供の頃はテレビ漫画雑誌の黎明期でもあって、『 0戦 はやと』や『紫電改のタカ』なんていうアニメに夢中で、戦争とはカッコいいものでした。

そういうわけで、小生にとっては、特攻隊というのは異次元の世界の出来事で、直接的なものではありませんでした。しかも、間接的に、客観的に心の整理をするものでもありませんでした。

ところが、この度、この映画を観て、『特攻』という意味がわかったような気がします。
そして、日本の特攻隊自爆テロとの違いをハッキリと認識ができました。
つまり、自爆テロのような狂信的なものではなく、極めて普通の若者が、戦争という現実の中で 死に場所 を与えられたということが良く分りました。

・・・いや、分っていないのかもしれません。
小生の世代では分らないで終るのかもしれません。

日本は、未だに太平洋戦争の総括が出来ていないと言います。
その理由は、日本人の心が世代ごとに大きく振れているからだと思います。
この映画の監督のような若い世代の人たちとか ニュートラルな立場の人たちこそ、正しく戦争を総括できるのではないかと思いました。

2007年、 アメリカ、 89分、 監督 ; リサ・モリモト

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コメント

浅学にして知りませんでした

探して観るようにします

投稿: 佐為 | 2010年5月22日 (土) 18時51分

佐為さま、ありがとうございます。
今から特攻に向かおうとする若者の手紙は、涙なくしては見れませんね。
でも、この映画には、そうしたものはありません。
敢えて抜いたのかもしれません。
この映画は、感情に訴えるものではなくて、アメリカ人に日本の特攻隊員の正確な姿を伝えようとして作成したものだと思います。
ですから、日本人の我々からすれば、映画としてもドキュメンタリーとしても物足りなさを感じ、総じて‘凡作’という印象です。
でも、当時のアメリカ兵の特攻兵に対する感想が聞けただけでも良かったと思います。

投稿: あらま | 2010年5月22日 (土) 22時19分

あらま様 私は戦争中に産まれ、戦後育ちました。 父は大学の講師だったそうです。そして 学生の中に 特攻隊員が数名。彼らは出撃の前に故郷へ帰る時間がない者は数名 我が家に一晩泊まりに来たそうです。 母が彼らに、何が食べたいか訊き料理したそうですが。 印象的だったのは、 「油揚げの甘辛醤油煮」を頼んだ生徒が居たそうです。ご飯の上に油揚げをのせて どんぶり飯をしていたとか。  勿論彼は帰還しませんでした。

戦後何年もたってから、 株の投資会社の社員が我が家へ来るようになりました。勿論 母が株の相談をするからです。その社員は明日特攻という日に敗戦になったそうです。 僕ほど終戦を喜んだ人間は居ないでしょうね と話してくれました。
 現在私は 戦争が止まることのない国に居ます。 他所事と考えていると、知人の息子の悲報を知らされます。 外出時に軍服を着た若者に会うと 私の主人は 歩み寄って必ず握手をし、 ご苦労様です と伝えています。 それが日常です。
今の日本は平和です。 それが長く続くことを祈ります。 

投稿: 一滴 | 2010年5月23日 (日) 10時06分

一滴さま、貴重なお話をありがとうこざいます。
同じ出撃でも、帰還する可能性のあるものと、それが全くないものとでは心の持ちようが違うでしょうね。
さらに、突撃したのに敗戦だなんて、いったいあの命はなんだったろうと考えてしまいます。
あのような戦争はしてはいけないと思うのですが、しかし、人類の歴史は戦争の歴史といわれるように、犠牲が続いています。
こうして命を張って国を守ってくれる人に対して、尊敬の念を持つのは当然だと思います。
なのに、日本人の中には海賊からの護衛に対して、「我々を守るなら、自衛隊より海上保安庁のほうがいい」だなんていう人がいます。
そんな国に、一滴様の心からの祈りが通じるでしょうか ?

投稿: あらま | 2010年5月23日 (日) 12時22分

あらま様。
私事ですが、私の祖父は、もうちょっと戦争が続いていたら母方父方とも亡くなっていたようです。最近私が会いに行くのが年に何回かと言うレベルに落ちたので寂しくなったんでしょうか。当時の日記なら何やらを持ちだして話してくれました。

父方の祖父は2・26事件の年、陸軍大学校の試験を受けに東京に出て行ったようです。行ったら雪の中戒厳令が敷かれていて、試験がどうなるかとっても心配だったとか。
その後航空隊に入り、中国戦線、マレー戦線と97重爆と100式を乗り継ぎ、海軍が勝手に負け始めるまでシンガポール周辺の航空隊にいたそうな。
戦局が悪くなるにつれベテランは本土に呼び戻されたようで、祖父は4式に乗り換えて北海道の飛行場で本土決戦を待ちました。50機編隊のトップだったそうで、もし本土決戦があったら妻にも会わずに死んでいたそうです。米軍が機体を処分しに来た時は不憫で2機ほど洞窟に隠したけど見つかった(笑)とか普通に言ってました。びっくりです。
戦後は自衛隊でF-86とF-104戦闘機に乗ったとか。今は恩給暮らしです。

母方の祖父は、高校時代にグライダー部の部長で、学徒動員が決まった時に、真っ先に予科練の特攻隊に志願したそうな。長男だったから教師に考え直せと言われたとも言ってました。また、飛行機をまともに飛ばすなんてまともな教育を受けてセンスもあるエリートじゃないとできないとも。
横須賀に配備されて、ボロい水上偵察機で訓練するんですが、ガソリンが足りなくて松やに(樹脂)を混ぜたガソリンを使っていて、エンジンの回転が悪くなると「注入!」と叫びます。そうすると、後席に乗っている奴が虎の子の高純度ガソリンをタンクに入れて、回転を回復するんだそうです。
横須賀ですから目の前で特攻隊が九州へ飛んでいきます。新鋭機をいくつか見たようです。秋水のグライダー版や晴嵐攻撃隊が近くで訓練をしていたようで、あれが実用化された時には盛り返せると信じていたようです。
戦後は生物教師になって高校で教えたとか。

一言。壮絶です。

投稿: ある大学生 | 2010年5月24日 (月) 00時34分

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