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ISO -11

ボブ・デービットソン -2

さて、小生の ドクマ はいよいよ佳境に差し掛かりました。
いままで 辛抱 強くお読みいただきありがとうございます。
でも、これからは更なる 辛抱 が必要かと思います。

ところで、にしても 規格 にしても、これらは‘正義’に基づいています。
正義 とは、正しいこと という意味ですが、この思想は、日本と外国とではその捉え方が違います。
日本の場合は、正しいことを守ること 正義 なんですね。
ところが、外国の場合は ちと 違うみたいですよ。

外国、特に欧米の場合は、‘正義’を国の基本、生活の基本に置いています。
その近代の正義は、労使問題から発生しているようです。
つまり、‘Less pay, less work.’という言葉が示すように、労働者側から言えば、より少ない賃金には、より少ない労働を・・・という 正義 の精神からその生活姿勢が成立しているようです。

逆に、使用者側から言えば、‘Less work , less pay.’という正義があります。
働きの悪いものには、それなりの給料を・・・と言うことなんでしょう。
そこで、使用者側は、労働者がサボらないように 監視 することが必要となるわけです。

ですから、監視する側 も 監視される側 も、監視 することに合意しているわけです。
それが、ロンドン市内の 無数の監視カメラ の 数 が示しています。

つまり、西欧の正義とは、自分の考えを相手に示すことなんですね。
ですから、前出の ボブ・デービットソン が、今も尚、アンパイヤ として活躍してられるのは、彼らの正義を実践しているからです。
国益のため、自分のために、相手に自分のルールを守らせるのが、本当の‘正義’の意味なんですね。

2000年のシドニーオリンピックで柔道の篠原選手がミスジャッジによって銀メダルになりました。その時の審判は、今も行方不明といいます。
賄賂によって審理を覆すことは、正義ではないのです。

そこのところを我々日本人は、よく心得ておくべきでしょう。Photo

ですから、日本の ISO 特に マネジメントシステムは、国際基準かどうかは‘問題’ではないのです。
小生のような 一労働者の目からみれば、審査官が書いた マニュアルは、どこからみても 国際基準 ではありません。
互いの考え方が根本的に違うのです。
西欧の正義の思想 から生まれた ISO では、自社の目標国際基準 にするために、正義の力をもって主張する。
それが、生存競争下の基準なのです。そして、それがスタンダード (規準) となるわけです。
つまり、法令遵守 とは、ボブ・デービットソンのような行為を指すのです。
相手にルールを守らせて自由を獲得するのが、法令遵守なのです。

次回は、正気では読めない、隣国の正義について述べてみます。

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コメント

うーん、私の理解を超えるISO論です!
短いブログでなく、論文にまとめてくださいよ

投稿: 佐為 | 2010年2月21日 (日) 15時50分

佐為さま、ありがとうございます。
やはり、理論が飛躍しているようにお感じになりますか ?
とりあえず、骨子を記して、機会があれば、改めて肉付けしたいと思います。
結構、長いシリーズ物になってしまいました。

投稿: あらま | 2010年2月22日 (月) 20時20分

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