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2010年2月

仕事にならないぃ・・・

女子フィギュア・スケート

スゴイ試合でしたね。
バンクーバー冬季五輪、女子フィギュア・スケート、フリーの演技。Photo
韓国のキム・ヨナ選手が完璧な演技で 金メダルを獲得しました。
残念ながら、浅田選手はミスをして 銀メダル。
それでも、スゴイですね。立派です。

日本は、男女共に 8位以内の入賞にそれぞれ 3人づつ。
選手の層の厚さを感じました。

この試合が始まると、電話がピタリと止まりました。
恐らく、日本の経済が、一時、ストップしたと思うぐらいです。

浅田選手がミスると、社内から「あっ !」とため息が・・・
その声が、工場からも聞こえてきました。
・・・工員たちは、ワンセグで観戦していたようです。

それにしても、真央ちゃん。
オリンピックで、トリプルアクセル三回も成功させるなんて、スゴイ事なんだそうですね。
観ているほうが目が回ってしまいます。

かつて、伊藤みどり選手も、1992年のアルベールビル五輪で、五輪史上初めて 3回転半ジャンプを飛び 銀メダルを獲得しました。
そのときも、金メダルよりも価値ある 銀メダル・・・と呼ばれました。

今回の浅田選手も、価値ある銀メダルだと思います。

おめでとう ! 浅田選手 ! !

( 写真は、キム・ヨナ選手を祝福する浅田真央選手。)

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確定申告~

増税感

雑所得の確定申告をしてきました。
予め、会計ソフトで計算してあったので、あとは領収書などを添えるだけでした。Photo

それにしても、「納税の喜びは、国民の喜び」なんていうコピーがありましたが、脱税王を首相に持つと、そんな気持ちにはなれませんね。
一日あたり 50万円ものお金を、何年も母親から貰い続けて、それを「知らなかった」と、シラを切る首相の態度を見ていると、何か、納税するのが バカ らしく思えてきます。

さて、政府・民主党は、来年度の子供手当て支給のために、大幅な増税を計画しているようです。
その中には、消費税の増税もあるようですね。

その増税をするまえに、国の事業の無駄を省こうと、またまた事業仕分けをするのだそうです。
しかし、前回の事業仕分けの時も感じたのですが、国民生活に必要な事業を削減するのではなくて、まず最初に、天下りを渡り歩いている官僚や、無駄な人数の公務員を減らすことが必要だと思います。

かつて、ニュージーランドでは、公務員の数を一気に 半減したことがあったそうですが、日本もそのぐらいのことをしても良いと思います。

市役所などを見ていますと、煩雑な業務は派遣社員に任せて、公務員は奥に隠れて何もしていませんものね。

今回、小生の確定申告にあたった職員も、公務員ではなくて民間の会計士でした。
公務員は、高給を戴いているのですから、それに見合うぐらいの仕事をすべきでしょう。

えっ ? あんたの知らないところで働いているって ?
そんな ウソは、既に お見通しですよ。

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引越し

パナシはパナシ

お片付けの不得意な長女にとっては、本日は最悪の日となりました。

本日、近くのアパートから家内が帰ってきて、その代わりに、長女が大学の近くのアパートに引っ越すことになったのです。Oct01_a10
そのために、長女は部屋を片付けて引越しに備えなければなりません。
長女の引越しは、3月 1日、仏滅です。

ところが、イザ、片付けようとすると、昔の記念の品・思い出の品が出てきます。
捨てようかどうしようか・・・
思案に暮れる長女。しかし、時間は無情に過ぎてゆきます。sweat01

結局、たくさんの お人形さんたち と決別が出来ず、大きなダンボール箱に詰めてタンスの上に・・・
事業仕分け に失敗し、先送り となりました。

・・・というわけで、家内が再び母の面倒を看てくれることになりました。
( 来月から、小生の職場が替わり、今よりも母の面倒が看れなくなるからです。)
しかし、家内は介護の心労が溜まり、ドクターストップが掛かった経緯がありますから、ムリをしないように相談員と相談しながら介護をすることになりました。

そんな母は、呑気に部屋を散らかしています。
長女も片付けが定まりません。
やはり、隔世遺伝なんでしょうか・・・ shock

パナシ は、いつまでも パナシ のようです。Photo

P.S.

本日は、冬季オリンピック、バンクーバー大会、フィギュアスケート、女子ショートプラグラムの日です。
日本人選手や韓国人選手の番になると、テレビが気になって 仕事が手につきません。
引越屋さんも、昼休みを長く取っていました。

【追加】

浅田真央選手 と キム・ヨナ選手 との演技を、今夜のNHKのテレビ番組で観ました。

両者ともノーミスで素晴らしい出来栄え。ただ、キム・ヨナ選手の振り付けと音楽とがピッタリ合っていたと思います。

次の、フリー が楽しみですね。

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富士山の日

この日を休日に

静岡県は、本日 2月 23日を 「富士山の日」に制定し、今年がその第一回目ということなんだそうです。Photo_4
新聞の折込にも「県民だより、特別号」として祝っていました。
昨日は、平成 22年 2月 22日ということで、にゃん・にゃん・にゃん・にゃん・にゃん の ネコの日だったそうで、本日も 語呂合わせの日ということです。

そこで、静岡県の川勝知事は、この富士山の日を休日にしようと思ったらしいのです。
ところが、産業界も教育界も 猛反発。そんな余裕なんてないというのですね。

Photo_5 でも、本日は、天皇の継承順位第一位の皇太子様の誕生日でもあります。
つまり、将来的にこの日は休日になる可能性が高いのですね。

逆に、この日を休日にしてしまったら、今上陛下に失礼ではないかと危惧します。

ですから、性急にこの日を休日にしなくても、しばらく様子をみても良いと思います。

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ISO -14

モラルはマネジメントシステムの対象となるか

われわれ職工と言う人種は、他人からゴチャゴチャ言われることを嫌います。
お客さんが言うことなら聞けますが、身内から言われることについては、基本的に無視する傾向があります。
従って、社内に対する連絡や報告なんてのも、テキトーに作っています。
これが、ISO と付き合う コンプラマイズ ( 妥協策 ) なんですね。

示された手順でやっていたら仕事にならないこともあれば、かえって危険なこともあるからです。
ですから、手順を踏んでいないのにやったとして報告したり、数字を改ざんして報告することがよくあります。悪い言葉で言うと、虚偽報告です。それが、QC の時代から現場で根付いています。

もちろん、クリーンにやっているところがあるかもしれませんが、世間の狭い小生は、そんな殊勝なところを見たことがありません。

どうして現場がそんなアウトロー的な対応をしているかと言えば、ISO マネジメントシステム自体がアウトローだと思っているからです。
つまり、他人のフンドシで暴利を貪る悪徳商売だと思っているのですね。銀行と同じです。

現場の職人は、ISO に対して、そんな印象を持っているのです。

その証拠に、ISO マネジメントシステムを導入してどうなったでしょうか ?
誰が儲かったでしょうか ?
多くの企業は、リストラされた元職員に内部告発されて、偽装が明るみに出ました。
結局、それが カイゼン なんですね。

これは、元はといえば、ISOマネジメントシステム性悪説に基づいているからだと思います。そのお陰で、こっちまで性悪になったと責任転嫁する始末です。

そこで、『ISO崩壊』という本では、モラルマネジメントを提唱していました。Iso
これは、監査する側と監査される側、両方にモラル ( 道徳 ) を取り入れて、それで管理しようという提案です。
つまり、システム性善説を取り入れようということなんですね。

しかし、そもそも、モラルというものは、システムによって管理されるモノなんでしょうか ?

確かに、どの産業も「行き詰まり」現象で、それを打破するには モラル が必要だと声高に言います。
しかし、昔から モラル というものは、相手や第三者を批判する道具として使われていて、自分を反省して生まれ変ろうなんてことは宗教などの世界に‘限定’されたものだと思います。

つまり、モラルは モットー ( 標語 ) としてなら使われてきましたが、実際に商売となると、そこは利益追求の世界です。タテマエとして利用されているに過ぎません。

そもそも、ISO マネジメントシステムとして モラルが認証されるということは、その会社は清廉潔白であるということを世に知らしめるということですね。
でも、そんなことは当たり前のことで、逆に自分の企業を悪徳だと標榜するところは ないはずです。
つまり、モラルマネジメントシステムの対象とすることは無駄なことだと小生は思います。

さらに、個々のマネジメントシステムを世界基準として統一して管理しようとすること自体が、最初から無理があると思えてなりません。小生は‘逆’だと思うのです。

とにかく企業をモラルで管理するなんて可笑しいと思います。それは個々の企業の倫理の範疇だと思うのです。あくまでも、他律ではなくて自律の世界がモラルだと思いますから、管理されたモラルはモラルとは言えないと思います。
そう思うのは、小生が理解不足からなんでしょうか ?

そもそも、ISOマネジメントシステム、特に環境を対象としたものは、資源の節約がその目的のようですね。
しかし、本当の目的は、CO2が発生する前の石油の節約です。
木材や水などの自然資源保護を抱き込んで、実は、産油国が石油を高値でなるべく長く売り続けようとするのが目的なんですね。
そんな魂胆が見え隠れしていると、法令遵守の気分が殺 ( そ ) がれてしまいます。

そこで、日本としては黙って滅んでいくわけには行きません。
資源消費国として、あるいは加工貿易国としての立場を明確にした スタンス に立った マネジメントシステムを構築して、それを ワールドスタンダードにする努力が必要だと思います。
鳩ポッポ首相が、CO2 25% 削減を宣言し、日本が世界にカネをばら撒くことに、世界は同意しました。
そんなんではなくて、日本の国益を踏まえたものを構築すべきです。
その日本発の ISO が崩壊した時こそ、日本の崩壊だと思います。
いずれにしても、このままでは外圧に食われ放題の日本だと思えて残念です。

以上で、ISOに関する小生の愚考ドクマを披瀝しました。
もう、これで終ろうかと思いましたが、好評 ? につき 番外編を記したいと思います。

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ISO -13

ISOは はじけたかPhoto

我々の住んでするこの宇宙は 膨張 しているのだそうです。
これは、ハッブルさんというアメリカの天文学者が発見したんだそうですね。

自動車も膨張しています。
日本車の大衆車の始めは、確か 800cc ぐらいの排気量でした。
それが、1000cc の日産サニー ( 写真 左 ) が発売されると、「隣の車が小さく見えま~す」というキャッチコピーで、1100cc のトヨタカローラ ( 写真 右 ) が発売1000 されました。1100
そして今では、3000cc、 4500cc の車が日本の道を走っています。

ISO もそうです。
最初は品質の 9000シリーズ。そして環境の 14000シリーズ。最近は食品の 22000シリーズ
そして、責任の 26000シリーズと。どんどん膨張していきます。

ところで、『ISO崩壊』・・・なんて書物が出た翌年ごろから、CSR 。つまり、企業の社会的責任 が叫ばれるようになりました。
そして ISO では、その C が取れて、SR。つまり、企業に限らず‘総て’の組織 という具合に責任の範囲を広げています。それが、ISO 26000シリーズなんですね。
つまり、総ての種類の組織に適用が可能な規格、ということなんだそうです。

これは、第三者認証を目的としないということも特徴です。つまり、要求事項ではなくて、提案といいますか指針を示すのですね。
そして、従来のマネジメントシステムの特徴である PDCAサイクル の規格ではない、ということも大きな特徴です。

そのためには、全員参加型の 標準規格の策定を目指すというのですね。
これを、マルチステークホルダー・・・なんて言うそうです。

そのことについては WEB シンポジウムのところで出ています。

そして、情報ISO 27000 なんてことを話しているうちに、リーマンショックによる世界同時不況、つまり世界恐慌が襲い掛かり、中小企業は ISO なんかに構っている場合ではなくなりました。

とにかく、弱小企業は倒れ、アメリカの GM という大企業でさえ、一時国営化によって保護される有様です。

企業の責任で、CO2 を処理しようという目論見も、どうやら暗礁に乗り上げた形ですね。
ISO バブルは はじけちゃったんでしょうか ?

次回は、最終回。 ISO に モラル は可能か・・・について考えたいと思います。

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ISO -12

恩恵を受けたのは・・・

ISO とは、国際標準規格 という意味ですから、その規格を守っているところなら、どこでもその仕事が出来るという意味です。

それを利用したのが、核拡散で有名な カーン博士 ( 写真 )。Photo

彼は、世界各地の工場で核爆弾製造の機械部品を作らせて、北朝鮮の核開発に貢献した人物とされています。
もちろん、その中に 日本の工場もあるそうですよ。
工員たちは、何の部品なのか 知らされることなく 正確に核兵器製造機械の部品 を製造するまででした。

ところで、日本に QC ISO のマネジメントシステムが導入された当時は、現場の職工らから根強い抵抗を受け、それが 今も 続いている感じがします。
ところが、そうしたシステムを導入した 特定アジアは、抵抗もなくそれを受け入れたわけです。
その結果、新しい設備とともに、急激な発展を遂げるのですね。
それが、今の東アジアの現状だと思います。
日本では工賃が高いということで、日本の企業が安い労働力を求めてアジア各地に新しい ISOマネジメントシステムの工場を作ったのですから、最初からそのマネジメントシステムが機能するわけです。
もちろん、最初は苦労があるのですが、何しろ国際標準規格ですから、彼らはその恩恵を縦 ( ほしいまま ) に与 ( あず ) かるわけです。

つまり、日本で標準化されたシステムはアジアで開花し、その代わり、日本の技術が空洞化したのでした。

とにかく、日本は、働かなくても食べていける不思議な国ですが、日本以外のアジア諸国は、働かなくては食べていけません。
ですから、仕事に対して真剣で、技術の吸収も速いのです。

ところで、こうした伝統技法の習得には、年齢の壁があるものです。
特に、感覚で覚える技術は、20代でその仕事を始めるのでは遅いのです。
鉄工の場合は、遅くとも 16歳前までには開始していなければ体得できないものがあると思います。
ところが、日本の場合は高学歴が定着して、低年齢の頃から厳しい修行に入る機会が少ないと思います。
しかし、日本以外のアジアの国は、低学歴の人が多く、低年齢層が技術を体得しています。
そういうことで、日本の伝統技術が、アジア諸国で受け継がれています。
細工、塗り物、彫り物、裁縫、石工、鉄工、木工・・・。総ての職種で、日本の工芸品がアジアの工場で作られるようになったのです。

また、大陸や半島の人たちは、目を盗んではサボろうとし、言われたことしかしません。
そうした精神は、性悪説にのっとった ISO の精神に合致していますから、ISO がうまいこと機能するのです。

ですから、アジアの人たちにとって、ISOマネジメントシステムはピッタリなんですね。

最近は、職場のリーダーとか管理職までも、現地の人に任せることができるほど、アジアのマネジメントシステムは成長しています。

次回は、企業の責任、つまり、CRS について語りたいと思います。

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ISO -11

ボブ・デービットソン -2

さて、小生の ドクマ はいよいよ佳境に差し掛かりました。
いままで 辛抱 強くお読みいただきありがとうございます。
でも、これからは更なる 辛抱 が必要かと思います。

ところで、にしても 規格 にしても、これらは‘正義’に基づいています。
正義 とは、正しいこと という意味ですが、この思想は、日本と外国とではその捉え方が違います。
日本の場合は、正しいことを守ること 正義 なんですね。
ところが、外国の場合は ちと 違うみたいですよ。

外国、特に欧米の場合は、‘正義’を国の基本、生活の基本に置いています。
その近代の正義は、労使問題から発生しているようです。
つまり、‘Less pay, less work.’という言葉が示すように、労働者側から言えば、より少ない賃金には、より少ない労働を・・・という 正義 の精神からその生活姿勢が成立しているようです。

逆に、使用者側から言えば、‘Less work , less pay.’という正義があります。
働きの悪いものには、それなりの給料を・・・と言うことなんでしょう。
そこで、使用者側は、労働者がサボらないように 監視 することが必要となるわけです。

ですから、監視する側 も 監視される側 も、監視 することに合意しているわけです。
それが、ロンドン市内の 無数の監視カメラ の 数 が示しています。

つまり、西欧の正義とは、自分の考えを相手に示すことなんですね。
ですから、前出の ボブ・デービットソン が、今も尚、アンパイヤ として活躍してられるのは、彼らの正義を実践しているからです。
国益のため、自分のために、相手に自分のルールを守らせるのが、本当の‘正義’の意味なんですね。

2000年のシドニーオリンピックで柔道の篠原選手がミスジャッジによって銀メダルになりました。その時の審判は、今も行方不明といいます。
賄賂によって審理を覆すことは、正義ではないのです。

そこのところを我々日本人は、よく心得ておくべきでしょう。Photo

ですから、日本の ISO 特に マネジメントシステムは、国際基準かどうかは‘問題’ではないのです。
小生のような 一労働者の目からみれば、審査官が書いた マニュアルは、どこからみても 国際基準 ではありません。
互いの考え方が根本的に違うのです。
西欧の正義の思想 から生まれた ISO では、自社の目標国際基準 にするために、正義の力をもって主張する。
それが、生存競争下の基準なのです。そして、それがスタンダード (規準) となるわけです。
つまり、法令遵守 とは、ボブ・デービットソンのような行為を指すのです。
相手にルールを守らせて自由を獲得するのが、法令遵守なのです。

次回は、正気では読めない、隣国の正義について述べてみます。

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ISO -10

ボブ・デービットソン

小生のような工員にとって ISO とは絶対的存在です。
つまり、ISO で定められている国際規格の寸法を追って毎日の仕事をしているのです。
ですから、ISO という‘神’を超えてはならないのです。もし、その‘神’を超えて削り過ぎてしまったら、その製品は‘オシャカ’さんになってしまうからです。

同様に、ISO で定められた 国際基準 ? のマニュアルに従うことも、我々工員のお仕事です。

例えば、鉄に穴を開けるために ドリル という工具を使っていると、次第に切れが悪くなってゆきます。そこで、歯を研ぐわけですが、それを研ぐことにも マニュアルがあります。そのマニュアルに従って ISO 仕様の自動研磨機にセットすれば、素人でも正確に研げます。
その代わり、その研磨機でドリルを研ぐと、どんなに速くても 3分は掛かります。
でも、小生が グラインダーで研げば、数秒です。
ところが、それでは ダメ です。新人でも ベテランでも ISO の手順に従うことに‘意義’があるのです。

同様に、旋盤で使う 成型バイト という工具を研ぐにも ISO による手順が示されています。
そのマニュアルに沿って ゲージを合わせながら成型すると、およそ 10分ぐらい掛かるとします。
同様なものが新人さんがやると 1時間以上も掛かることがあります。
でも、小生がマニュアルを無視して カン と コツ で研ぐと、数分で研げます。
でもでも、ヤッパリそれでは ダメ なんです。
ちゃんと ISO の手順に従って研がなければ、ISO の認証工場とは言えないのです。

ところで、ボブ・デービットソン ( 写真 右 ) というアメリカ人をご存知でしょうか。Photo_2
彼は、アメリカのメジャーリーグの審判です。
彼が日本人に知れ渡ったのは、2006年の WBC (ワールド・ベースボール・クラッシック ) で、アメリカ有利のジャッジをしてからです。
写真のように 王監督が抗議しても 聞き入れられません。
結局、彼は正しいのです。
それが ルール なんですね。

あの WBC という 国際試合は、主催者の決めた ルール によって運営されているのですから仕方がないのですね。
そのルールのお陰で、昨年、日本は 二連覇したのです。

小生は、ここで 悪法は無法に勝る・・・ことを言っているのではありません。
善悪に関係なく、「ルールがあるから仕事が出来る」といいたいのです。

経済圏とはルールが及んでいるところという意味もあるのです。

人間のルールに従うとは、そういう意味で、絶対に必要なことなんですね。

以上は、小生の主観的経験則です。

次回は、日本の ISO のマネジメントシステムは、本当に 国際基準なのかを考えてみます。

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高橋選手の精神力

元気をもらう

フィギュア・スケートの日本代表 高橋大輔選手が銅メダルに輝きました。4

大怪我を乗り越え、男性では日本人初の同種目のメダリストになったことに、日本国内は沸いていますね。

小生も夜のテレビ番組で彼の演技を観ましたが、豊かな表現力に感激しました。

今までの冬季オリンピックの日本のフィギュア・スケート選手といえば・・・

1992年のアルベールビル(フランス)で、オリンピック女子初のトリプルアクセルを成功させた伊藤みどりさんの銀メダル。
2006年のトリノ (イタリア)で、イナバウアーをおりまぜた素晴らしい演技で日本人初の金メダルを獲得した<荒川静香さん。

・・・という具合に、女子選手が印象的でした。
ところが、このバンクーバー・オリンピックで日本人男子選手の実力も評価されたことは、嬉しい限りです。

演技の途中で靴紐が切れてしまった 織田信成選手 ( 7位 ) や、4回転ジャンプを成功させた 小塚崇彦選手 ( 8位 ) も印象に残りました。

選手たちから元気をもらい、感謝しています。

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ISO -9

ISO は 金科玉条か ?

そろそろ ISO の必要性を説きはじめてみたいと思います。

さて、日本は 60年以上も戦争をしていないといいます。
自称、平和を愛する人たちによれば、これは、平和憲法が日本を守っているからなんだそうです。
その平和憲法とは、別名、マッカーサー憲法とも呼ばれ、それを直訳したまでです。

戦争放棄、つまり、最終外交手段を放棄したため、日本は世界に向けで莫大なお金をばら撒いています。でも、ばら撒くお金がなくなったとき、はたして平和憲法が日本を守ってくれるでしょうか ?

結局は、外圧に押し付けられてた ヘンテコリンな憲法なのです。

( 実際は、日本の漁船がロシアに銃撃されて、島根県の竹島には 韓国軍の砲台 が設置され、北朝鮮には日本国民が拉致されたままです。つまり、戦争に戦わずして負けている状態です。)

同様に ISO も、前回まで記してきたように、政治的、産業的な戦略という 外圧 によって日本に広まっていると言えると思います。その ISO に記された文章は、日本語に直訳したもので、やはり、ヘンテコリンなものです。
しかし、その ISO のお陰で、日本は世界を相手に貿易が出来ているんだそうです。

はたして、そうでしょうか ?

実際に、日本の製品を輸出する場合には、輸出先の仕様に合わせて作らなければなりません。
自動車のハンドルの位置、バンパーの厚みなどを その国の基準にいちいち合わせなければならないのです。
つまり、小生の愛車、そのままでは世界一周なんてできないわけです。

でも、リヤカーを引いてなら、そんなことを気にしなくても世界一周が出来ますし、実際に、それを実現した人がいます。Car07

・・・・と、いうことは、ISO の認証工場で作られた自動車 よりも 手製のリヤカー の方が ISO ということになりませんか ?

そんなことはありません。

クレジットカード
は、どの国のカードリーダーにも入ります。
ISO の認証工場なら、そんなに研修を積まなくても、宗教や習慣が違った外国人でも働けるはずです。
また、コンテナ船の荷役は、どの国の港でもできます。

つまり、ISO が認証されたエリアでは、その共通性が活かされているのです。
そして、そうした地域の発展速度は、それ以外のところと比べて 速いのですね。

そういうわけで、現場サイドから見た印象では、ISO の条文は「金科玉条」ということなんでしょう。
だから各国は、自国の基準世界基準にしようと戦っているのです。

オリンピックにしても、IOC の定めたルールに従って運営され、世界各国の選手が戦っています。
そして、日本人が優勝でもすると、次には日本人には不利なルールに改正しています。
それが現実なんですね。

次回は、ISO が必要なことを 更に記したいと思います。

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ISO -8

それでも必要なの ?

さて、小生は、今まで読んでいただいたように ISO のことを 主観 を基に ‘酷評’し続けています。
それは、小生が偏屈な人間という理由だけではなく、常に チェック される立場だったからだと思います。

弊社の ISO との出会いは、主要取引先から紹介されていた 会計事務所 からです。
その 会計事務所は全国的な組織に加盟していて、非常に豊富な情報を持っていたので、経営コンサルタントをお願いしていました。
・・・というよりも、上からの半強制的・・・というイメージですね。

実は、ISO の前には、CI というものが その会計事務所から紹介されました。つまり、社名変更です。これは、‘紹介’というよりも‘脅迫’といったイメージでした。
これも、全国的なブームになりましたね。
そこで、二代目社長も お付き合いで社名変更をしようとしたところ、初代社長の 鶴の一声で 土壇場で それが回避されました。
そういうわけで、弊社の社名は創業以来 変わりません。
ただ、当時あった 子会社の 社名を変更しました。
そしたら、その子会社は すぐに潰れてしまいましたが。

その次に、その会計事務所が持ってきたのが、今回の ISO

なんか、高給スーツを着こなした、日当弁護士 よりも高い オ偉い方を連れてきました。
そのオ偉い方は、まるで汚いものを見るかのように工場を見渡し、まるで、民主党の事業仕分けのように、バッサバッサと斬り捨てに掛かりました。
小生らが 必要性を説いても、彼らは まくし立てて 斬り捨てます。まるで、総会屋プロ市民 みたいでした。

結局、事務所には、チェクシートの書類が増え、工場は綺麗に粛清されました。
工場内は整理整頓が行き届き、ついでに必要な技術者までもが‘整理’されてしまいました。
つまり、スッカリ 外圧に 征服されてしまった感じです。
こうした ISO には、ただ一人だけ、弊社の 3代目 だけが乗り気でしたが、他の人間は、拒絶反応でした。

しかし、工程をデータ化し、それを管理するシステムを作ることによって、見えないものが見えてきました。Photo
それに社員が納得すると、作業の標準化は一気に加速ました。

そして、一気に現場の士気は下がりましたが、逆に、会社は創業以来の最高益を叩き出したのです。

長くなりましたので、ISO の必要性については、次回に持ち越しますね。

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ISO -7

本当に必要なの ? - 2

さて、ISO 9000シリーズは、欧州の経営者の作業員に対する不信感から生まれたものです。
また、ISO 14000シリーズは、産油国が高値で油を売ろうとする思惑から作られたものということで、いずれも、日本人には直接関係のないことです。

つまり、ISO 9000シリーズは、品質管理のシステムといいながら、実は、労働者にたいする監督基準を設けたに過ぎません。
同様に、ISO 14000シリーズは、世界の油の消費を抑えて、限りある資源を高値で売り続けようという目的で環境問題を提起して、その対策を講じさせようとしているに過ぎません。

しかし、日本人には、かつての忠孝の感覚が残っていますから、言われたこと以上に仕事し、しかも、裏表なく働きます。つまり、見えないところも確実に仕事をするので信頼が置けたのです。
つまり、見張りなんかいなくても、キッチリ仕事をする民族なので、そもそも ISO 9000シリーズなんて要らないのです。

また、日本は産油国ではないので、油を安く買いたい立場です。ですから、高値で売り続けようとする石油業者の思惑に乗る必要もないのです。

( 油を燃やせば CO2 が生まれます。つまり、CO2 削減とは、油の使用を抑えて、その価値を維持しようという考えなんです。)

そういうわけで、マネジメントシステムとしての ISO は、日本には不要ということになると思います。
そういう意味では、トヨタ は立派です。 ISO に乗らないで、独自の トヨタ式の管理体制を確立しています。

Photo ところが、実際に、マネジメントシステムを取り入れたところは、工程が増えて、さらに報告義務まで負うので、テキトーにやっておけばよい・・・なんて風潮が現場で生まれてしまいました。

それが、ISO の認証会社で起こる 数々の不祥事の原因だと思います。
最近の日本国内では、お隣の大陸の中国に負けず劣らずの「偽装」問題が、食品会社、自動車会社、飛行機の部品会社などで起きています。
これは、ほとんど全て、ISO 認証工場で起きています。

次回は、それでも ISOとしての システム規格は日本に必要なことを述べてみます。

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確定申告、スタート

21年度は・・・

雑所得がほとんどなく、医療費がかさみましたから、還付されるのではないかと期待しています。

また、昨年は、給与所得が少なかったので、所得税も少なかったのです。でも市県民税はシッカリ天引きされましたし、健康保険料はスゴイですね。

さて、今、国会では 在日外国人の地方参政権付与 が話題になっています。
日本国に 所得税 を納めていれば、外国人でも国民並みの権利を与えても良いのではないかということを言う人がいます。
それでは、所得税を納めていない主婦や学生は、日本人としての権利を剥奪されてしまうのでしょうか ?
その国の国民である要件は、単に納税だけではありません。
年金も納めなければなりませんし、自治会のお付き合いだってあります。
もし、日本人としての権利が欲しければ、帰化して日本人になればよいだけです。

地方の参政権なら、外国人に与えても日本国家には影響がない・・・なんて言う人もいます。

しかし、もし、在日韓国人に参政権を与えたら、日本に住む韓国人が、一斉に島根県に「住所」を移し、島根県の「竹島」は韓国のものであるという条例を可決するかもしれませんよ。

その次には、対馬を韓国にするも知れません。

まさか・・・と思われるかもしれませんが、もし、日本と韓国とが対立する事態が起こり、それを投票で決めることになった場合、韓国民は、当然、自国の国益を考えるはずですよね。

そんなわけで、小沢さんは、外国に日本を売って、その見返りに 外国人の票が欲しいだけなんでしょうね。

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ISO -6

本当に必要 ?

「ISO-4」の冒頭で記した、プールの水を川に流してしまった小学校。
その小学校に、ISO 14001 の認証取得が必要なのか、考えてみましょう。

まず、学校が周囲の環境にダメージを与える場合を考えてみます。
たとえば、プールの水も含めて、学校は排水をしています。Photo_3
風が運動場のホコリを舞い上げて、周囲の家に干してある洗濯物を汚す場合があるかもしれません。
また、学校のチャイムの音、放送の音、子供の歓声がウルサイと思う人がいるかもしれません。

そこで、学校の管理者である教頭と、教諭、生徒との間に第三者を呼んで、環境マネジメントシステムを構築させて、それを認証させる必要があるのでしょうか ?

小生は、そんなことをするまでもなく、学校業務の一環の中で、十分に対応できると思います。
よく自治体が ISO 14000シリーズを取得したと言いますが、本当に必要なものなんでしょうか ?

弊社の場合も、一昨年までは、「QCサークル」なんてものをやっていて、環境対策について発表会なんてものを開いていました。
まず、目標も、達成可能なところを設定していたのですから、達成して当然です。
もし、達成していなかったら、達成したことにして 数値まで改ざんする始末。
それは、あくまでも審査のため。会社側も、それで ヨシ ! としていたのです。

聞くところによると、ほとんどの現場がそんな具合なんだそうですね。
それでは意味がないと思います。

でも、意味をつけようと、目標設定を高くすれば、負担が多くて仕事の効率が下がります。
それでは、余計に意味がないということで、結局、目標を低く設定するのです。

そんなことで、環境マネジメントシステムなんて言えるのでしょうか ? Photo_2
それを取り入れたことで、何か良い変化があったでしょうか ?
ISO 14001 は、弊社に必要だったでしょうか ?

そうなると、そもそも ISO 14001 とは何だったのでしょうか ?

次回は、さらに突っ込んで考えてみます。

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ISO -5

第三の男

小生は映画ファンで、BS各局が放映する過去の名画を録画して観ています。Photo
その中でも好きな映画の一つが、オーソン・ウェルズの「第三の男」。
第三の男 が、結局、その張本人であったという ストーリーは、面白かった。

今回は、ISO も、第三の男が 張本人かもしれない・・・という ミステリーです。

とにかく、小生は タテマエ ではなくて 本音、つまり、主観 で記しています。
間違いを承知で、一職人が感じでいることを吐露していますから、そういうものだと思って読んでくださいね。
本当のことは、ISO に記されていますから、そちらをご覧ください。

さて、小生は、ISO当局が記しているような、ISOのマネジメントシステムが、品質保持、環境保護のために作られたものとは思っていません。
ホンネのところは、「私たちの組織は健全ですよ」と公的に認められることによって、仕事を戴こうというのが ISO認証の目的です。
そこで、注文する とか 受注する側 から離れた、つまり利害関係や 社内の管理関係から離れた公平な立場である「第三者」に審査してもらおうということになったようです。
これが、本題の「第三の男
・・・ではありません。

実は、産業界が、ニュートラルな立場を求めていたので そこで 第三者認証機関が作られたのではなくて、第三者が仕掛けたのが ISO だった・・・かもしれないというお話です。

小生は、このブログの記事を記すにあたって調べていくうちに、環境マネジメントシステムが本来の趣旨とは違ったところで意図的に作られたことを知りました。

それが、環境問題を考える「地球サミット」に向けてつくられた実業界の集まり「ローマクラブ」です。
どうやら、ISO 9000シリーズが、イギリスのサッチャーさんが仕掛けたように、ISO 14000シリーズも、その「ローマクラブ」が仕掛けたもののようですね。
つまり、特定の実業家の「安定的持続」のために作られたのが、ISO 14000シリーズだという見解です。

さらにこれが、特定の民族、宗教に繋がって、最終的にはテロ国家に至っているなんて 洒落にもなりません。

すべての道は、ローマにつながる」は、今尚、健在なんですね。

これが、小生の誤解であることを祈るばかりです。

次回は、現場の ISO の実態 を記してみたいと思います。

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ISO -4

プールの水

一昨年 (2008年) の 5月、新潟県の某学校の先生が、プールの掃除をしようと、その水を川に流したそうです。
Photo_3
すると、川の魚が一斉に プカン と浮いてきたんだそうです。
原因は、プールの水の中の消毒用の塩素。水道水の中にも含まれている塩素は、人間には無害でも、ばい菌や魚には有害なんですね。
そこの学校の教頭先生らは書類送検されてしまったそうです。
つまり、その学校は、プールの水で、周囲の環境を破壊してしまったわけです。

このように、学校という教育組織でも、間違えてしまうと大きな環境破壊を引き起こしてしまうのですね。
そんなことがないように作られたのが、ISO 14000 シリーズということで、某行政書士様のホームページには、このように記されています。

ISO14000シリーズは、組織活動が環境に及ぼす影響を最小限にくい止めることを目的に定められた環境に関する国際的な標準規格です。

Photo_2 こうした環境破壊、公害問題を歴史的に遡ると、田中正造 (写真) の 足尾銅山事件が有名ですが、他にも水俣病など 日本の産業成長の負の遺産として記憶されています。

ところが、21世紀を迎える頃になりますと、地球規模で環境問題が考えられるようになり、アスベストによる人体被害問題は、世界的な広がりを見せました。

しかし、それ以上に問題になっているのが CO2 問題です。
CO2 とは二酸化炭素の化学式で、我々が吐く息の中にも含まれていて、植物の光合成には必要な気体です。
・・・なんて言うよりも、ビールの泡・・・と言った方が分りやすいですね。
つまり、CO2 は、我々が愛すべきものなんです。

ところが、1997年 12月、京都で、気候に関する国際会議が開かれて、いわゆる「京都議定書」が締結されました。
なんでも、CO2などの地球温暖化物質が、地球を暖めて、地球環境を破壊して、近未来には人類が住めなくなってしまうというのですね。
特に、ツバルという海面スレスレの国では、地球温暖化で解けた氷が海面を上げて、国が水没すると大騒ぎです。
そのことの真偽はわかりませんが、とにかく地球規模で環境を考えようとする動きがあり、それに応えたのが ISO 14000 シリーズということで、この「京都議定書」が締結された前年、つまり 1996年に発行されたそうです。
以上が、小生の主観に基づいた、ISO 14000シリーズの誕生に対する印象です。

この ISO 14001 の本当の定義については、ご本家の 財団法人 日本適合性認定協会 (JAB) のホームページに記されています。
しかし、小生にはそこの記されている文章が難しすぎて分らない。だから、こうして勝手に解釈しています。
小生は卑屈な人間ですので、JAB は、わざと分りにくい表現をして 儲けているのだと勘ぐっています。

ISO 9001が、建設業界を主体として広がりを見せたのに対して、 ISO 14001 は、電子電気業界を主体に始まったということで、そちらの方面の方は よくご存知だと思います。

次回は、もう少し ISO 14001 について記してみたいと思います。

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ISO -3

いらっしゃいませぇ~

Photo お笑い芸人の 柳原 可奈子 さんのお得意は、ギャル や デパート嬢 の物まね。
特に、おかしな敬語を使う 店員さん の物まね には、抱腹絶倒です。

このおかしな敬語、つまり 「ファミレス敬語」とか「コンビニ敬語」とか言われる「マニュアル敬語」を出現させたのが、今、話題にしている ISO です。

前回は、‘’を対象とした ISO を記しましたが、今回から、‘’を対象にした ISO に移り変わったことについて記してみたいと思います。

’を規格化した ISO は、1946年 10月 14日に決議されたといわれていますが、その後、世界的な規模で品質向上の要請が高まり品質の規格化が検討されるようになったそうです。
そこで、‘’を規格化したハシリといわれる ISO 9000 シリーズ が発足したのは、‘’の規格化から 41年が経過した 1987年 3月からのことなんだそうです。

この ISO 9000シリーズを誕生させたのは、イギリスのサッチャー元首相だと言われています。
当時のイギリスの産業は、18世紀に産業革命を成し遂げた国とは信じられないようなぐらいに衰退していたそうです。
そんなとき、日本を訪問したサッチャーさんは、日本式の品質管理を見学してそれに驚き、是非、自国にもそうしたシステムを取り入れようとして作られたのが、この ISO 9000シリーズだというのですね。

とにかく、職場の定着率が悪かったので、新人の教育がネックだったそうです。
そこで、仕事を マニュアル化 して、新人でも即戦力として働けるシステムを作ろうとしたわけですね。
つまり、サービス仕事の手順システムとして捉え それを標準化すれば、とごでも同じようなサービスを提供でき、仕事をさせれるだろうと考えたわけです。

日本のコンビニとかファミレスでは、何処に行っても同じような高い品質のサービスが受けられますが、これを実現させたのが ISO 9000シリーズということなんでしょうね。
それが、いわゆる「マニュアル敬語」を誕生させてしまったのです。

こうして、あらゆる産業、あらゆる仕事がシステムとしてまとめられ、標準化されたわけです。
さらに、技術が急速に発達し、その結果、経験がなくても高度な仕事が出来るようになり、高給な技能者が不要になっていきました。

たとえば、大型自動車 ( バス・トラック ) などの操作も、誰にでも出来るようになったので、プロドライバーを養成する必要がなくなりました。

また、難しかった金属加工も、コンピューターと加工機械とが合体したので、誰でも簡単にできるようになりました。 (ただし、ここで問題が残ってしまったのですが、それについては後日、記します )

それから、パソコンの普及により、誰でも高度な事務処理ができるようになりました。

このような、標準化された仕事は海外でもできるので、日本の経営者らが 海外の安い労働力を求めた結果、日本の産業技術の空洞化が起きてしまったのです。

今では、墓石から仏壇、着物に至るまで、日本の加工産業のほとんどがアジアなどの海外で行われています。

また、おとなりの大陸や半島では、そのシステムをパクるので、高品質の模倣品 ( 海賊版 ) が スグ できてしまう始末です。

皮肉にも 日本の ISO は、日本よりも 中国や韓国、東南アジアの産業の発達に寄与してしまったのです。

次回は、環境の世紀といわれる 21世紀の要請に応えた ISO 14000シリーズについて触れてみます。

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ISO -2

ISO とは

ISO」とは、「国際標準化機構」(International Organization for Standardization)のシンボル名称である。
ISOは、「等しい」というギリシャ語「isos」から採ったもの)

・・・なんて、熊本県のホームページでは記されいます。
専門家ならこの説明でうなずけるかもしれませんが、これだけを読んで、一般の人が ISO を理解できるでしょうか ?

そこで、宇宙船を例にとって、ISO とは何か、考えて見たいと思います。

1975年、ソ連のソユーズとアメリカのアポロがドッキングし両国の飛行士が交流するという事件 ? が起こりました。 ( 写真 )Photo_2

当時、地上では、米ソが冷戦時代。互いににらみ合っていました。
でも、宇宙では仲良くしようということで、上空で結ばれたわけです。

しかし、そこに至るまで問題がなかったわけではありません。
その「問題」は 米国側 で起こりました。

当時から、ソ連の尺貫法は、メートル法を使っていました。
ですから、長さの単位は メートル。重さは グラムで表していたわけです。

ところが、アメリカは ヤード・ポンド法と言われるように、今も、長さは インチ。重さはポンドを使っています。プロレスラーの体重も、「パウンド」 ですね。
また、自動車のスピードメーターの単位は マイルです。

ですから、日本人がアメリカ車で、気持ちよく 60Km/h だと思って車を運転していたら、実は 時速 60マイルつまり、時速 97Km ということで、スピード違反で ‘御用’となることも珍しくなかったそうです。

ところで、第二次世界大戦で日本を襲った B 29爆撃機も、インチという寸法で作られていたのです。

ところが、宇宙に関しては 寸法を世界基準に統一にしようということで、メートル法を採用したので、アメリカもそれに従ったわけです。

しかし、アメリカの工具は総て インチ寸法なので、いちいちメートル法に換算して工作しなければならないわけです。

そういうこともあって、宇宙開発に関しては、当初、アメリカはソ連に遅れをとったということのようですね。

国際標準規格、つまり ISO では、メートル法ヤード・ポンド法との換算の規格が出来ていたので、無事に、ソ連のソユーズとアメリカのアポロ宇宙船とが仲良く ランデブー ができて、晴れて ドッキング できたわけです。

そういうわけで、小生が青春時代は、彼女と並んで歩くことを ランデブー といい、そして、彼女と・・・・・
・・・もう、これ以上は申せません。

Photo 現在、各国の協力の下、国際宇宙ステーションが建造されていますが、これも、ISO のお陰です。

つまり、国際化の今、ISO は必要不可欠なんですね。

次回は、「システムとしての ISO」を考えてみます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

参考、「ネジのお話

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ISO -1

失われた 10年

まず、ISO を語るには、ISO とは何か・・・それを語らなくてはならないと思います。

既に、日本のどの職場でも、ISO という文字が、壁や看板に記されているので、目新しいものではないと思います。
ところが、この ISO が、職場において理解されているかといえば、そうではないと思います。
現実的には、面倒なもの とか、適当に ウソの報告でもしておけばよいもの という感じで定着していると思います。

つまり、職場で 審査 があるので、そのために掃除をしたり、整理整頓をしたり、書類をまとめる・・・といった具合に、ISO というものを認識していると思います。

まず、そこから 大きな誤解が生じていると思います。

本来、掃除や整理整頓は、審査をパスするためではなくて、自分のために日常から自発的にするもののはずです。
ところが、それが理解されていないということは、ISO が正しく認識されていない証拠だと思います。

そこで、なぜ ISOが理解されていないのか、それを調べてみたいと思います。

日本の ISOは、1990年代に、急激に伸びたひとつの‘職種’です。
それまでの日本は、バブル景気が続いていて、夜の街では 札束が乱舞し、工場では 何を作ってもスグに売れた 夢心地の時代がありました。

しかし、そのバブルがはじけて、日本は 失われた 10年 ( 1991年 ~ 2001年 ) と呼ばれる時代に移り変わってしまいました。
その期間に、ISO は建設業を中心に 急激に 日本に広まり、それが、各職種、自治体にまで及びました。Iso
ところが、そうした ISO の拡大に警鐘を鳴らす著書も出版され、その代表作がいみじくも 『 ISO 崩壊』 ( 初版 2003年 山田明歩 著 ) という題名でした。

次回は、この 『 ISO 崩壊 』 という著書を引用しながら、ISO の 定義と その問題点を記してみたいと思います。

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ISO

主観的にまとめてみます

平成 22年度から、小生は職場が変わります。
今のように、ゆっくりとインターネットで遊ぶ環境ではなくなると思います。
そこで、今のうちに小生の考えていることを‘主観的’にまとめてみようと思います。

まずは、仕事のことです。
小生は、金属加工のなかでも 塑性加工 という仕事を専門にしています。
それについては、あまりにも専化し過ぎていて、一般的ではないので、ここでは、いわゆる「 ISO 」という側面から連載してみたいと思います。

ところで、小生は、最近の ISO には、強い反感を抱いています。
ネジなどの 度量衡規格としての ISO なら賛成ですが、マネジメントシステム ( 仕事の手順を管理する) としての ISO には強い疑念を持っています。
小生の主観的な結論として、ISO日本を 空洞化 したとすら思っています。

しかし、管理としての ISO が不要かと言えば、決してそうは思いません。もし、今後 ISO の崩壊ということがあれば、それは 日本の崩壊 そのものだと思います。

従って、小生は ISOには疑念を抱いてはいますが、その 進化発展 を祈念する一人でもあります。

そこで、まず、 ISO とは何か・・・から始めていき、 ISO の問題点、今後への期待・・・という順に連載したいと思います。

ところで、 ISO については、佐為さまの ホームページブログ で、実に、精確に かつ 詳細に 問題点が提起されて、その‘処方箋’が記されています。
小生の間違った記事で毒されてしまった方は、どうか、佐為さまの方に訪問していただいて、解毒してくださるようにお願いします。

まずは 「失われた 10年」 から・・・

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中国 造船も世界一

受注量、ダントツ

昨日 ( 11日) の共同通信社の報道によると、中国船舶工業協会は、昨年 ( 2009年 ) の中国の造船受注量 ( 重量トンベース ) が韓国を抜いて世界一になったと伝えていました。
自動車生産でも、日本を抜きトップ、輸出額でも 9日に世界一の座を確保したばかり。
中国の勢いは止まりません。Scenery_ph01_2

実は、これ、日本のお陰なんです。

つまり、日本で培われてきた造船技術、たとえば、工具・工法・生産システムが生きているわけですね。

現在、中国では有能な技術者を破格な高給で集めています。その額は、年収 1億円超 の人もいるという お噂 です。もちろん、その中には日本人も数多くいます。

( ただ、実際に、約束の給料が支払われているかどうかは、疑問視されています。)

そこで、中国の生産現場では、そうした有能な技術者にマネジメントシステムを任せて、効率のよい生産体制を築いているわけです。

もちろん、中国の工場の壁にも、ISO9001 とか ISO14001 なんて、デカデカと記されているところがありますが、あれは、壁のデザインなんだそうです。

もっとも、中国では何でも カネ で買えるものですから、認証なんてのも、審査ナシで買えるんだそうですよ。

そんな具合で、中国では、高い技術の必要な大型空母、液化天然ガス輸送船、タンカーなどの建造が進んでいるようです。それらも、海外の技術を用いているそうです。

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決定力不足

日本サッカー

本日のサッカー、日本 vs 中国 の試合。Soccer_a14
テレビ観戦をしたのですが、イライラしました。

なんとか、3 - 0 で勝ちましたが、日本の決定力不足が目立ちました。

日本が圧倒的にボールを支配しているのですが、パスばかりしていて、自分が決めようとする選手がいないような印象がしました。

相変わらず、決定力不足の感じがする 日本。
南アフリカで行われるワールドカップでは、そんなんでは あの組み合わせでは一勝も出来ないと思います。

岡田監督も、勝ったものの「残念。」と言っていました。

今度の日曜日は、‘運命の日韓戦’です。

是非、生まれ変わってもらいたいものです。

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小沢 > ISO

権力に固執

疑惑に渦巻く 民主党幹事長の 小沢一郎さん。
同じく疑惑に渦巻く 内閣総理大臣で民主党党首から、幹事長の続投をお願いされたそうですね。
ところが、民主党党首は、「頑張れなんて、言っていない。ただ、『続けてよいか ? 』と訊かれたので、ハイ と言っただけ。」だと言っています。
そろそろ、「小・鳩」の関係にも ズレ が生じてきたのでしょうか。

それにしても、小沢さんは、野党の時代でも 建設業界 から多額の 献金 ? を戴いていたようですね。

どうして、建設業界は、小沢さんに多額の 献金 ? をしていたんでしょうか ?

ところで、日本の建設業界は、みな、ISO9001 とか ISO14001 の認証を取得しています。
そうしたマネジメントシステムの認証を取得する理由は、我々の会社はちゃんとした会社ですよ・・・ということを公表して、受注を確実にするためなんでしょう ?  そのために、多額の登録料とか更新料を払っているはずですよね。

もし、ISOのマネジメントシステムがキチンと働いているのなら、政治家に袖の下なんか渡さなくてもよいはずだと思います。

それでも、そうした カネ が横行しているということは、小沢さんの権力は、マネジメントシステムよりも確実で勝るということなんでしょうか ?

どうか、 ISO。小沢なんかに負けないで、頑張ってください。

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中国人 の 実感年収

日本人よりも高い ?

お隣の大陸にある国の名前は「中国」というようです。決して「大国」でも「小国」でもないということなんでしょう。
でも、いつまでも「大国」になれないと自覚をしているようには思えません。smile

中国に行った方は分ると思いますが、以前の自転車の洪水に人民服・・・という姿は見当たりません。
それどころか、半年後に行くと、全く違った光景に変貌していることに驚きます。
まるで、雨上がりの筍のように、みるみるとビルが上方に成長しています。

人々の服は、ブランド品。乗用車はドイツ製の高級車。それが高速道路で渋滞しています。
トイレも水洗。つい最近の、塀もない穴だけの便所ではありません。
( ただし、ブランド品も高級車も、ホンモノかどうかは分りません )

ただし、常に空気は霞み、異様な臭い。もちろん、水は生では飲めません。
そこのところは、先進国でないことを証明していると思います。

さらに、情報の信憑性なんてありません。日本ではマスコミの情報操作が話題になっていますが、中国では政府の発表なんて信じている人はいません。
つまり「不信」が渦巻いている国家なんですね。

その中国の チャイナデイリーが、先月、中国国営企業幹部平均年収を伝えていました。

この情報は、1月 10日に 北京大学で行われた講演の席上で 中国資産管理委員会の方が公表した数字で、2004年では 35万元 ( 1元 = 14円とすると、およそ 500万円ぐらい ) の年収だったそうです。
それが、2005年では 43万元 (約 600万円 )。2006年では 55万元 (約 750万円)。そして、昨年 2009年では、60万元 (約 850万円) まで上がったそうです。

これは、中国の経済成長に比例して、つまり 年率 14%の割合で、中国国営企業幹部平均年収が伸びているということになります。 ( リーマン・ショック以降は、伸び悩んでいるようですね )

これは、一般の中国国民の年収も増えているということなんでしょうか。
どうやら、中国ではたいへんな「格差」があるようですね。
たくさん伸びている人もいれば、そうでない人もいて、その格差が広がっているようです。

数年前、中国進出セミナーでは、中国人の 平均の月収 が 3~ 4万円と教えてくれましたが、日系のスーパーマーケットで、ドイツ製の 30万円もする鍋が売れている様子を見ると、日本と大差がないように感じてしまいます。

もはや、中国人の購買力は、日本よりも勝っているように感じてしまいます。
しかし、日本の高度成長期の時のような活況は感じないのですね。
あいかわらず、のんびりと、言われたことしかやりません。

ところで、日本では、年収 200万円以下の世帯が、全体の 1/5 も占めているといいます。
既に、実感年収は、中国の方が勝っているのかもしれませんね。

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父の遺品 -最終回

無念だったろう

父が遺したのは、狭い土地に建っている小さな古い家と 借金。Build05
そして、母 と 我々兄弟。

ところが、母は、しのぶ さんの 息子さん も、父が遺したと思い込んでいるようです。
そうしたストレスが、母を苦しめていたようですね。
でも、実際は、母の誤解のようです。

父は、日本の高度成長期に生きた企業戦士で、昼は仕事、夜は接待に明け暮れていたようです。
会社が専属に利用していたお座敷に、しのぶ さんたちがいたようです。そこで、よいお姐さんたちを確保するのも大切な父の仕事だったようです。
そんな類の名刺も、キチンと整理されているところも父らしいと感心します。
その後、しのぶ さんは、独立してお店を営んでいたようですね。

Aug03_m24 ところで、しのぶ さんは既に他界しているのですが、先月、小生が不在の時、しのぶ さんの息子さんもお母様の所に逝ってしまったようです。
彼には兄弟もなく 独身でしたから、葬式も小さなものだったようです。

実は、彼には、少し、障害がありました。
しかし、それを十分にカバーするだけの仕事の才能がありました。
彼の切削技術は、天下一品だったと思います。
その才能が開花するまで、彼は相当な努力をしていました。
彼は、与えられた仕事はキチンとこなすのですが、自分から進んで仕事を探すタイプではありませんでした。

そんな彼を、父は小生のところに預けた形になったのでしたが、小生は彼のことなど知る由もなかったのでした。

ところで、父は、どんな気持ちだったのでしょうか。今思うと、父が彼を弊社に紹介したのには そうとうな 決断 を要したと思います。
それとも、旦那衆でしたから、何も気にしていなかったのでしょうか ?

結局、父は、小生に彼のことに関しては 何も言わないで 逝ってしまいました。
そんな 父の「期待」を裏切ってしまった小生は、親不孝なんでしょう。

それにしても、父は、病気で倒れた時、無念だったでしょう。さらに、母の誤解を解けなかったことも 無念だと思っていたのではないかと想像します。

以前の日本には、こうした 旦那衆が支えてきた「文化」 があったようです。
そして、それを 諦めて許す風習 もあったと思います。
ところが、21世紀の今は、そんな 文化も風習 も姿を消しつつあります。
港町には、そんな感じの物語が たくさんあったようです。 ( お終い )

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父の遺品 -6

面接票

昨日に引き続いて、しのぶ さんに関係したお話です。
しのぶ さんは源氏名なんでしょうか。父の葬儀の時に、そんな感じの人が数人いました。
そして、父の遺品から、この しのぶ さんに関係したモノが出てきたのです。

ところで、「QCサークル」を推進してきた父は、たくさんの人と面接をして、それをキチンと整理して残していました。
もちろん、それは個人情報ですから、当然、マル秘です。

58歳で定年退職した父は、2年間をその会社の嘱託として残り、その間、数社の下請け会社の「品質管理の指導」をしていたようです。
そして、その嘱託の契約期限が切れると、そのまま その下請け会社の「コンサルタント」つまり「顧問」として指導に当たっていたようです。
また、倒産した会社の整理をし、そこの社員の再就職の世話もしていたようです。

こうした下請けなどの社員全員と面接した時のが整理されて残っていたのです。
それを見ると、どうやらそこの社員の悩み相談も受けていたらしく、その社員のお子さんの就職まで面倒を見ていたようです。
同様に、父の通っていたらしい お店の女将さん ( しのぶ さん ) のお子さんとか、その店で働くお姐さんの再就職の世話もしていたようです。
そうした‘事実’が、面接票を見たことで分ってしまいました。

しのぶ さん の息子さんは、小生よりも年上ですが、小生が働いているこの会社に再就職してきました。小生の後輩として 20年以上も 腕の良い職人さんとして活躍しましたが、一昨年、会社の都合で転職しました。

もし、父の遺した 面接票 を見なかったら、彼が しのぶ さんの息子さんだったとは知らないままでした。
でも、それを知ってから、何か合点がいった感じがしましたが、それからも、彼とはそんな話はしませんでした。

とにかく、今でも、父が就職の世話をした人たちから、季節の挨拶の手紙が届きます。
もちろん、父は、仕事の世話に成功ばかりしていたわけではなく、せっかく紹介してもスグに辞めてしまうこともあったようです。

ただ、就職や仕事の紹介はしても、父は絶対に 人の保証人 にはなりませんでした。
そこのところは、自分の子供の保証人にもならないほど、徹底していました。

でも、最近になって、「あんたの親父さんにはお世話になった・・・」という話を聞くことがあります。
適材適所に紹介していたようなので、喜ばれる方が多かったようですね。

そうした全ての面接票は、小生が すべて シュレッダー にかけました。

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父の遺品 -5

父の遺品の中には、掛け軸があり、その一つに大きくと揮毫されたものがあります。

父は、耐え忍んで生きていたのでしょうか・・・

実は、父は古い男、つまり 旦那衆 でした。
つまり、外に 女性がいました。
男の甲斐性・・・と認められた時代なんでしょう。

その一人が しのぶ さん なんですって。

最近、その事実を知ると、何か、掛け軸の字が細く見えてきました。

「 京都にいるときゃあ~ ♪ 」

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父の遺品 -4

遺言 と 遺書

父は、遺言遺書を残していました。

遺書は、母が持っていました。
小生が見たときは、既に開封されていて、その内容は、ほとんどの遺産を母に渡すというものでした。
どうやら、亡くなる 約 10年前に記されたもので、実際には、遺書に記されたような預貯金なんてなく、むしろ借金が出てきたぐらいでした。
それ以外の遺書はないということでした。

ところで、問題は、遺言です。
父の遺言は、葬式は仏式ではなくて、キリスト教形式のような 献花による 「お別れの会」 のような葬式にしてくれということでした。
父は、現在のような「葬式仏教」には疑問を持っていて、お坊さんに多額なお布施を渡すことを 善いとは思っていないようでした。
それよりも、簡単な形式にして、その後の法事についても、遺族の負担を軽くするようにならないものかと案じていたようです。
そのことは、家族の皆が父から聞いていましたが、家族は具代的なことまで考えてはいませんでした。当然、父が準備しているものと思い込んでいました。

さて、父が亡くなったのは、小生が出張中でしたので、その死に目には遭えませんでした。
急いで帰宅した時には、既に葬式の準備が整っていました。
なんと、母の弟、小生にとっては叔父さんが、仏式で準備を完了していたのです。

すぐに、父の遺志をその叔父に伝えましたが、仏式以外の葬式は許さないというのです。Photo_2
母の兄弟が、全員、同じ菩提寺に納まるような約束があったというのです。
そして、その約束には父も同意していたので、父はそのお寺に墓地を購入していたというのですね。

結局、仏式で葬儀が行われました。
その当時は、「お別れの会」みたいな形式で葬式をする人は この田舎にはいなかったので、親戚・近所への体裁は保てましたが、父の遺言どおりには行かなかったわけです。

その後、世間では 葬式仏教 への反感が高まり、檀家を辞める家が増えてきました。

昨年、父の生家も、檀家を離れ、お墓を整理して、永代供養のロッカーを貸し切りました。
そうして、一切の法事を止めてしまったのです。

父もそうしたかったようですが、時代が早すぎました。

このように、父の遺志が反映されなかったのは、その準備をしていなかったからです。
そこで、小生の代から、父の生家のように檀家を辞めて、簡素化にしようと思っています。

ところが、生存している叔父や叔母が強力に反対しているのですね。
檀家から離れるなんて、親不孝で、親戚関係を破壊するものだと言うのです。

こんな具合でしたから、父も、現実と理想との狭間で悩んでいたかもしれません。
とにかく、母とは相談できない状態ですので、母の意志を確かめることも出来ません。

いずれにしても、叔父・叔母が元気なうちは、檀家を降りることは出来ないでしょう。

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父の遺品 -3

QCサークル

今まで記してきたように、亡父は「品質管理」を ライフワーク としてきました。
そして、それを当時としては最新のフロッピー・ディスクにデータ化して残していました。
それを見ると、父は「QCサークル」の普及に心血を注いでいたようでした。

当初、QCサークル とは、主に製造現場における構成員の、セルフ・コントロールを話し合う場として発足したようです。
つまり、品質を高めるためにどうすればよいのか、自主的に話し合い、実践することを目的としたサークルでした。

父は、構成員の自主性を重んじる考え方でしたから、経営者とか管理職とは離れた環境を作ろうと苦心したようです。

そのために、父は独自に猛勉強したようです。
とにかく、当時の現場の雰囲気は、ルネサンス以前の奴隷的な暗黒時代の雰囲気が残っているような感じでしたから、QCサークルが楽しいものにするために、落語を研究したり、文章 で説明するよりも 図表 で説明したほうが分りやすいということで、イラストレタリングの勉強もしていたようです。
さらに、経営者との理解を深めるためにも、人間学を勉強しようと、有名な宗教団体や、倫理道徳 を教える教化団体の講義にも耳を傾けていたようです。
そうして、楽しく、人間味のあふれた雰囲気を作るためにはどうしたらよいのか、試行錯誤を繰り返していた様子が伺えます。

(一社員であった父は、「経営学」つまり今で言う MBA みたいなものを勉強しようとする気持ちはなかったようです。)

また、高価な日本文学全集とか世界文学全集なども購入し、実際に全部 読んだようです。

さらに、英会話が必要ということで、当時、出たばかりの重たい携帯テープレコーダーを持ち歩いて、NHK の ラジオ英語講座 などを録音して聞いていました。

そういうわけで、父の収入のほとんどは、父の勉強費用に当てられ、小生ら子供には 必要なものさえ買ってもらえませんでした。

ところが、品質管理 も、全社的な「TQC」の時代になると、それぞれの持ち場に経営要素が取り入れられ、セルフコントロール から マネジメント という考え方に移行してきました。
そうなると、自主性よりも統括性が重視され、社員は 品質管理に管理される という オカシナ状況になりました。
つまり、作業の 一挙手一投足 まで「規格化標準化」されるという事態に陥ってしまったのです。

そうして、1990年代になると、マネジメントシステム化され、父の目指した「QCサークル」とは違った方向に進んでしまったようでした。

たとえば、作業の標準化の目的も、「難しい仕事を、誰にでも出来る簡単な仕事に標準化する」ためのものになってしまいました。
しかし、父の目指した標準化は、それとは全く違った 「高いポテンシャルを保つための規格化」 のようでした。

そうして父の意向は、世間から全く受け入れられなくなり、品質管理 から ISO の時代になると、さらに社員の自主性は失われ、ファミレス用語 にも象徴されるような マニュアル世界が出現してしまったわけです。

こうして、マネジメント至上主義時代が到来することになりました。
そうして「価格破壊」「カンバン」「アウトソース」がキーワードになった頃には、父は幸運にも、現場から離れ、この世にはいませんでした。

晩年の父は、突然、品質管理から離れて、宗教活動に没頭しようとしました。その直後に、重度な脳梗塞に襲われました。

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組長なんて

やりたくない ! !

組長」・・・と言っても、清水一家の次郎長の話ではありません。2010020316540000
自治会の隣組の 「組長」の話です。

小生は、今、平成 21年度の隣組の「組長」をやっています。
4月で交代ですから、もうすぐ終ります。
そこで、次の組長は順番から行くと、拙宅の隣の家になるのですが、どうやら、小生の留守中に 「やりたくない ! ! 」と、言ってきたらしいのです。

小生が帰国すると、隣の奥さんがやってきて、「主人のお葬式をお願いします。」・・・なんて、言い出すのです。
何時、亡くなったの ? 」と問うと、「2日後に死ぬ。」と言うのです。
まだ死んでないのに、どうして ? 」と訊くと、「とにかく、主人がたいへんな癌になったので、来年度の 組長 も、来年度だけでなく、今後の 組長 も 一切 やりません。」と言ってきたのです。新年会では、元気にお神酒を飲んでいたのに・・・

実は、この家のご主人は、いろいろな理由をつけて、ゴミ置き場の当番とか、神社の当番などを逃れてきた人です。
昨年も、危険物の早朝当番を回したら、「自分は他の人よりもたくさんの回数をやってきたので、今回はパスする。」と言うのです。
そこで、過去の当番の回数を調べたら、その家の当番の回数が、一番少ないのです。
いつも、こう言っては、当番を逃れてきたようですね。

そこで、組内で臨時会議を開いて、当番の順番について話し合いました。
今までは、組長をはじめ、各種当番は、その時の組長が色々な事情を考慮して、次に回していたのです。
ですから、順番を拒む人は回数が少なく、素直に受け入れる人は回数が多かったわけで、その順番も、回覧板が回る順番ではなくて、あっちこっちになっていました。

そこで、問題の拒んでばかりいるご主人は、今までのことは清算して、今後は、どんな事情があっても、回覧板の順番にしよう・・・と言うのです。

このことは、つまり、回覧板の順番からすれば、問題の家は最後から二番目なので、今回の危険物の早朝当番から免れることになったわけです。

しかし、組長の当番については、最初からやり直すことにはせず、回覧板の順番で回すということで、小生の家は最後から 3番目ですから、来年度の当番は 最後から 2番目の この家がやることに決定したわけです。

ところが、イザ、組長の順番が近づくと、案の定、「いやだ ! 」と言い出してきたのです。

しかし、みんなの前で、「どんな事情があっても回覧板の順番は守る」ことにしよう・・・と言い出したのは本人です。

その言った本人が、「癌に罹ったから、組長はやらない ! ! 」と、言い出したのです。

しかし、癌なんて、今や 2人に 1人が罹る時代で、一世帯に1人以上の癌患者いる勘定です。
家族が癌だからと言って、組長が免れるのなら、組長なんてやる家がありません。

しかも、「どんな事情があっても・・・」と、言って危険物の早朝当番を免れたのは本人です。

とにかく本人は癌で入院しているんだそうです。
そこで、今までの説明を奥さんにして、次回の組長を請けるように促しました。
その家には、30歳を過ぎた独身の双子の娘さんもいます。
あの日から 2日後に死ぬ予定の家からは、あれから一週間経った今でも、葬式の訃報は届いていません。

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父の遺品 -2

損切り名人

亡父の思い出をもう少し記してみたいと思います。

亡父は、仕事を愛していたようでした。特に、『品質管理』を こよなく愛していたようでした。

さて、父の勤めていた会社が、昼間勤務からシフト制勤務に替えて 工場を24時間稼動することになったときです。
父は、その方針に大反対を唱えたそうです。
シフト勤務は、人間のバイオリズムを崩す・・・というのが、その理由でした。

ところが、世の中は コンビニエンス・ストアが広まっていた ご時世でした。
あらゆる産業が 24時間営業する時代になっていました。

父の『品質管理』は人間重視の考え方でしたから、新しい時代の『総合品質管理』のように人間よりも効率を重視した考え方には賛成できないようでした。

そこで、当時の若い社長と対決して、「シフト制を導入するのなら、この会社の品質管理は請けない ! ! 」と言い放ったそうです。

そうしたら、その若社長は、「あっ、そう・・・」ということで、父を品質管理の部署から外して人事部へ。つまり、ちょうど会社は合理化をしていた時でしたので、「首切り担当」へ左遷したようです。

結局、父は、定年退職するまでの数年間、首切り業務をさせられました。
父に首を切られた人の中には、小生の友達のお父さんもいました。

とにかく、父の性格は、正義感が強くて、人間関係がヘタでした。
会社の派閥には属さない、一匹狼のような感じだったそうです。
もう少し、大人しくしていたら、もっと出世していたかもしれませんね。

どうやら、その遺伝子をシッカリ受け継いでしまったのが、我々、兄弟です。
我が家は、出世 には縁遠い 家系 のようです。

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ペダルの吸い付き

品質管理では カイゼン できない

トヨタ車のアクセルペダルが戻らなくなる恐れがあるということで、その問題に該当する世界中のトヨタ車がリコールされることになったそうですね。
なんでもトヨタでは、採算を度外視して、リコールを徹底展開させるそうです。
同社の品質管理を担当している 副社長氏は、これを機会に、尚 一層の 品質管理を徹底させると誓っていました。

ところで、今も、パナソニックが 昔~し製造した 石油ファンヒーター の リコール を呼び掛けていて、そのことが、逆に、顧客の信頼を勝ち取っています。
そこで、トヨタもそのマネをしているのでしょうか ?

しかし、パナソニック ( 旧 松下電器 ) 製  のファンヒーターのリコール問題は、国内の問題で、トヨタのその問題は国外の問題です。単純な技術的な問題ではなくて、アメリカの国民感情が反映した問題だと思います。
ですから、トヨタの副社長氏が言うように、品質管理の徹底で、小生はその問題が解決されるとは思いません。それでは返って問題を深刻化すると思います。

そもそも、アクセルペダルの問題を考えた場合、これは本当に製造者の責任なのか、検討が必要だと思います。

まず、この問題は、アメリカの部品会社が製造した部品に不具合があり、それを採用している トヨタやフォードなどのメーカーが作った車に、事故が発生する恐れがあるというものらしいですね。

そこで、トヨタは関連会社に対する マネジメントシステム に甘さがあったと反省し、それを強化すると言っております。
こうして、フォードなどと比べて、製造責任を重んじる会社として、ピンチをチャンスにしようとする目論見が、こうした一連のトヨタの対応から感じ取れます。

しかし、そもそも、いわゆる「ぺダルの吸い付き」は、こんな問題に発展されるべきものなんでしょうか ?

ペダルが戻らない・・・ということは、車だけでなく、ペダルスイッチなど、以前から起きている現象です。
その原因を辿れば、ペダルという構造の宿命的なもので、どんなにカイゼンを重ねても、解決しない問題です。

つまり、人間が作る機械の宿命です。絶対・・なんて、ありえないからです。
これは、技術屋なら誰でも認識しているものではないでしょうか。

これを問題化したことに、アメリカの したたかさ を感じるのです。

今回の問題は、アメリカの自動車業界の回復に、日本車が邪魔なので、それを排除する目的で「つくられた問題」だと思いますよ。

さらに、もうひとつは、トヨタが世界展開する、トヨタ式の製造管理方法に対する反感です。

特に、宗教色の強い地域、正義感の強い地域ほど、そのトヨタのやり方には反感を持っているようですね。
ですから、トヨタは、自社の方針を強固にするのではなくて、基本的な反省をすべきでしょう。

このまま、強硬な姿勢を貫くと、トヨタが抱える下請け企業が総倒れとなり、日本の経済は沈没してしまうと思います。

とにかく、単純にリコールする・・・と表明するだけでは、相手の思う壺です。
相手の「不道徳的策略」にたいして「聖人的姿勢」で臨むのは、愚の骨頂ではないでしょうか。

きちんと、主張すべきところは主張しなければ、同様な問題が、他にも飛び火してしまうと懸念してしまいます。

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父の遺品

企業戦士

拙宅と弊社との距離は、徒歩で行けるほどで、その間に、我が家の墓地があります。
そういうわけで、小生は、毎日のように墓参りをするのが日課となっています。
その墓には、今のところ父しか入っていません。その父は、生きていれば 83歳のはずでした。
15年前に他界したのですが、最近、なんとなく父を思い出す機会が多くなったような気がします。

父は、中学生の時に祖父との折り合いがつかず、遠い親戚を頼って独りでこの地にやって来ました。
その親戚が経営する鉄工所に入職し、夜間学校に通って、ようやく高校を卒業したようです。

そして、設計士として図面を引いていたところ、日本に紹介されたばかりの『品質管理』に出会い、これを ライフワーク と決めたようです。

この新たな『品質管理』というものを会社に取り入れることに、父は大変な抵抗に遭ったそうですが、なんとか社内に定着させました。

その後も、休日には『品質管理』の講師として、全国を飛び回ってその活動を広めたようです。

そのために、テキストを執筆したわけですが、その内容がそのまま他の大学教授の名前で出版されて、父はショックを受けたこともあったようです。
そこで、学歴のない父は、在籍中に幾度も大学受験を試みましたが、最後まで失敗に終りました。

こうしたことは、父が亡くなってから知りました。
小生にとって、父は家庭にはいない人でした。ですから、父のことでありながら、父については何も知りませんでした。
当時は、そんな 企業戦士 が当たり前の時代でしたからね。
会社に‘徴兵’されたまま 消息 知らずでした。

父が亡くなると、その遺品の処理をしたわけですが、几帳面な父は、見事なほどキチンと資料が整理されていました。
当時、出たばかりの ワープロ を駆使して、それをフロッピーディスクに収納していました。

残念ながら、その資料は、今となっては古すぎて使い物になりませんが、『品質管理』を自分に徹底させていたことは立派だと思います。

ただ、その『品質管理』を家庭にも取り入れようとして、母の強い抵抗に遭い、結局、それは実現しませんでした。
それどころか、それ以来、母は家事の放棄をしたままです。
父も徹底的な人でしたが、母も徹底的に抗戦する人でした。
どうも、その時には、既に母は ADHD を呈していたようです。

定年退職した父は、母の後を追って、母が散らかしたものを片付けていました。
しかし、母の散らかしようには追いつかず、父は脳梗塞になりました。
ところが、母は、その父の看病や介護を放棄しました。

結局、父は、2年半ほど休んで亡くなりました。
その様子を見ていた父の主治医が、母の異常に気付き、これは母の性格ではなくて、病気であることが判明したわけです。
その後、父に代わって、今度は家内が母の散らかしたものを片付けていました。

母の散らかしてたモノは、‘物’だけではなくて、‘事’にも及びます。
つまり、自分の妄想を事実のように言う‘虚言癖’があり、電話を使ってその虚言を広めるのですから、その収拾に苦労させられるわけです。

たとえば、小生の長男、すなわち母の孫が、担任に虐められていると思い込み、母は校長に訴えるようなことをしました。

結局、立場が悪くなった長男は、転校を余儀なくされました。

こうして、3人の子供を抱えながら、家内は、ADHD の母の相手をし、それが大変なストレスを生むことになった訳です。

母の病気は複合的になり、遂に、前後不覚に陥ってしまいました。

その後、こうした病気の人がたくさんいることを知り、その家族が苦労している実態も知ることになりました。

そういうわけで、父は、亡くなることで自分の病気だけでなく、母の病気からも解放されたのですが、父の残した最大の遺物に、小生ら家族は翻弄されたままです。

実は、小生の 3人の子供たち全員、片付けが出来ません。

そこで、もしかしたら母の病気が隔世遺伝したのではないかと案じましたが、どうやらそうではなさそうで、安心しました。

とにかく、どんな気持ちで母と接してよいのか・・・試行錯誤の毎日です。

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日本の「神様」は、認知症

王様ゲームの憂鬱

昨晩、どうも寝ていて息苦しかったので、鼻の穴を鏡で覗いてみたら、なんと、鼻の穴のなかに鼻毛が いっぱい詰まっていました。
そこで、鼻毛をハサミで切り落としたところ、息が楽になりました。
どうして、そんなに鼻毛が成長してしまったのでしょうか ?
やっぱり、かの国の空気は、そのぐらいに悪かったのですね。
ですから、日本は天国です。水も空気も綺麗です。

それなのに、なぜか日本人は 活き活き としていません。
道往く人たちは、みんな 憂鬱な顔 をしています。

ところが、いったん、お店に入ると、小生は満面の笑みで迎えられます。まるで、「神さま」扱いです。Photo
そうです。日本の場合は、「お客さまは神さま」なんですね。

しかも、「神さまは絶対に正しい。間違っているのは自分です。」
・・・という具合ですから、サービスを受ける側は良い気分ですが、逆に、サービスを提供する側は、憂鬱にもなりますよね。

ところが、そのサービスを提供していた人が、一旦、サービスを受ける側に立つと、モンスター化するようです。
少しでも気に触るようなことがあると、大げさに騒ぎ立てる・・・。

そんな傾向があるような気がします。

・・・以前、大学生の間で「王様ゲーム」というものが流行しました。
ジャンケンなどで負けると、勝った人に絶対服従するというゲームです。

今の日本は、まるでその「王様ゲームごっこ」をしている感じがします。
一旦、王様の立場になると、我がままになる。そして、次第にブレーキが効かなくなります。
これでは、まるで「認知症」ではないですか。

今の日本の過剰なサービス精神は、異常です。別に、そこまでお客さんを持ち上げなくても良いような気がします。

こうなったのも、日本の経営者の責任だと思いますよ。
単純に、「お客様は神様です」という社員教育をしておけば業績が上がると考えたのでしょうか。
そんな 経営者の「エゴ」 が、過剰なサービス合戦となり、逆に、憂鬱な社会を築いてしまったのだと思います。

もう、そんな「王様ごっこ」は止めにして、互いに同等な立場で売買できるような関係に戻していけたら、世の中も少しは明るくなるのでは・・・なんて思います。
日本に帰るたびに、そんな印象を受けます。

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スローハンド

呼吸法

ちょいと留守していました。
遊んでいたわけではありませんよ。

Photo_2 さて、知らない間に、日本を代表するような企業が タイへン なことになっていました。
日本航空 とか、トヨタ とか・・・

日本航空の場合は、殿様経営が続いていたので 自業自得 だと思いますが、トヨタはアメリカの陰謀にスッポリと はまった 感じがします。
自動車の販売台数で GM を抜いたところが、アメリカ人の琴線に触れてしまったのでしょうか。
それで、あんな リコール が広がってしまったと思います。
アメリカ人の焦りが感じます。

それと、日本式の ISO では世界に通用しないというところでしょうか。
トヨタが大好きな 管理版方式 は、あくまでも国内限定ということなんでょう。
親企業の一方的な都合の方式では、受け入れる側にも限界がありますものね。

日本の企業は、見えないところでも シッカリ と良い仕事をしていますが、普通の国では、見えないところでは何をしているか分りませんから。

そんな世界的な事情の中で、管理版方式を進めてきたこと自体にムリがあったと思います。

さて、小生の仕事は、国内では その ISO に虐められていましたが、そこから離れると自由に仕事が出来ました。

やはり、技術には、ある程度の「解放」が必要だと思います。
そうした意味では、アメリカも中国も、規格に縛られることを嫌いますから、日本のような息苦しさは感じません。

しかし、外国の技術者にも徒弟制度のような階級みたいなものがあり、職人の厳しさは存在していて、それが個人の成長を抑えてしまっているような気がしました。

ところで、小生の仕事の様子を観ていた かの国の職人さんたちは、小生のことを「スローハンド」と評していました。
小生は、もう 50歳を過ぎた ポンコツ ですので、小生の仕事が ノロマ だと言っているのかと思いました。

後日、それが、褒め言葉だと知りました。Photo
つまり、アメリカのギタリスト、エリック・クラプトンの技法、「スローハンド」を小生に当てたようです。
彼らの説明によると、これは、太極拳 と同じ 呼吸法 なんだそうです。
つまり、ゆっくりそうに見えても、リズムは崩れることなく、逆に成果が上がっているというのですね。
小生の作業を観て、そんな印象を持ってくれたようです。

( 「スローハンド」で検索しますと、企業や店舗の名称として使われているぐらいですから、そんなに悪い意味ではないようです。)

でも、小生の実感としては、歳をとって 若い頃のような動きが出来ないので、ゆっくりと作業をしただけです。

それでも、やはり彼らには小生のマネが出来ないようです。
こちらは 30年以上もやっていますから、小生のやっていることを そんな短時間で体得されてしまったら、こちらの立つ瀬がなくなってしまいますものね。

しかし、小生が接した若者は、素直で真剣でしたから、いずれは我々の技術を盗むでしょう。

日本で、我々の技術を盗んでくれる人がいないのは残念ですが、これが現実なんでしょうか。

そういえば、日清紡も、静岡県の島田工場を閉鎖して、生産拠点を東南アジアなどに移すそうですね。

日本の空洞化は、進むばかりです。

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