父の遺品 -6
面接票
昨日に引き続いて、しのぶ さんに関係したお話です。
しのぶ さんは源氏名なんでしょうか。父の葬儀の時に、そんな感じの人が数人いました。
そして、父の遺品から、この しのぶ さんに関係したモノが出てきたのです。
ところで、「QCサークル」を推進してきた父は、たくさんの人と面接をして、それをキチンと整理して残していました。
もちろん、それは個人情報ですから、当然、マル秘です。
58歳で定年退職した父は、2年間をその会社の嘱託として残り、その間、数社の下請け会社の「品質管理の指導」をしていたようです。
そして、その嘱託の契約期限が切れると、そのまま その下請け会社の「コンサルタント」つまり「顧問」として指導に当たっていたようです。
また、倒産した会社の整理をし、そこの社員の再就職の世話もしていたようです。
こうした下請けなどの社員全員と面接した時の 票 が整理されて残っていたのです。
それを見ると、どうやらそこの社員の悩み相談も受けていたらしく、その社員のお子さんの就職まで面倒を見ていたようです。
同様に、父の通っていたらしい お店の女将さん ( しのぶ さん ) のお子さんとか、その店で働くお姐さんの再就職の世話もしていたようです。
そうした‘事実’が、面接票を見たことで分ってしまいました。
しのぶ さん の息子さんは、小生よりも年上ですが、小生が働いているこの会社に再就職してきました。小生の後輩として 20年以上も 腕の良い職人さんとして活躍しましたが、一昨年、会社の都合で転職しました。
もし、父の遺した 面接票 を見なかったら、彼が しのぶ さんの息子さんだったとは知らないままでした。
でも、それを知ってから、何か合点がいった感じがしましたが、それからも、彼とはそんな話はしませんでした。
とにかく、今でも、父が就職の世話をした人たちから、季節の挨拶の手紙が届きます。
もちろん、父は、仕事の世話に成功ばかりしていたわけではなく、せっかく紹介してもスグに辞めてしまうこともあったようです。
ただ、就職や仕事の紹介はしても、父は絶対に 人の保証人 にはなりませんでした。
そこのところは、自分の子供の保証人にもならないほど、徹底していました。
でも、最近になって、「あんたの親父さんにはお世話になった・・・」という話を聞くことがあります。
適材適所に紹介していたようなので、喜ばれる方が多かったようですね。
そうした全ての面接票は、小生が すべて シュレッダー にかけました。
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