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父の遺品 -4

遺言 と 遺書

父は、遺言遺書を残していました。

遺書は、母が持っていました。
小生が見たときは、既に開封されていて、その内容は、ほとんどの遺産を母に渡すというものでした。
どうやら、亡くなる 約 10年前に記されたもので、実際には、遺書に記されたような預貯金なんてなく、むしろ借金が出てきたぐらいでした。
それ以外の遺書はないということでした。

ところで、問題は、遺言です。
父の遺言は、葬式は仏式ではなくて、キリスト教形式のような 献花による 「お別れの会」 のような葬式にしてくれということでした。
父は、現在のような「葬式仏教」には疑問を持っていて、お坊さんに多額なお布施を渡すことを 善いとは思っていないようでした。
それよりも、簡単な形式にして、その後の法事についても、遺族の負担を軽くするようにならないものかと案じていたようです。
そのことは、家族の皆が父から聞いていましたが、家族は具代的なことまで考えてはいませんでした。当然、父が準備しているものと思い込んでいました。

さて、父が亡くなったのは、小生が出張中でしたので、その死に目には遭えませんでした。
急いで帰宅した時には、既に葬式の準備が整っていました。
なんと、母の弟、小生にとっては叔父さんが、仏式で準備を完了していたのです。

すぐに、父の遺志をその叔父に伝えましたが、仏式以外の葬式は許さないというのです。Photo_2
母の兄弟が、全員、同じ菩提寺に納まるような約束があったというのです。
そして、その約束には父も同意していたので、父はそのお寺に墓地を購入していたというのですね。

結局、仏式で葬儀が行われました。
その当時は、「お別れの会」みたいな形式で葬式をする人は この田舎にはいなかったので、親戚・近所への体裁は保てましたが、父の遺言どおりには行かなかったわけです。

その後、世間では 葬式仏教 への反感が高まり、檀家を辞める家が増えてきました。

昨年、父の生家も、檀家を離れ、お墓を整理して、永代供養のロッカーを貸し切りました。
そうして、一切の法事を止めてしまったのです。

父もそうしたかったようですが、時代が早すぎました。

このように、父の遺志が反映されなかったのは、その準備をしていなかったからです。
そこで、小生の代から、父の生家のように檀家を辞めて、簡素化にしようと思っています。

ところが、生存している叔父や叔母が強力に反対しているのですね。
檀家から離れるなんて、親不孝で、親戚関係を破壊するものだと言うのです。

こんな具合でしたから、父も、現実と理想との狭間で悩んでいたかもしれません。
とにかく、母とは相談できない状態ですので、母の意志を確かめることも出来ません。

いずれにしても、叔父・叔母が元気なうちは、檀家を降りることは出来ないでしょう。

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コメント

沖縄には檀家というのがないので感覚がわからないのですが。

あらまさんのお父様、ずっと読んでいるととても素敵な方ですね。
親子ではなく同世代の友人やこうしたブログ仲間だったなら
きっとあらまさんとはお互いに尊敬しあえる仲になっていただろうと想像します。

投稿: しーな | 2010年2月 6日 (土) 02時06分

すみません、なんだか言葉足らずで。
お父様のことすごく尊敬なさってると思いますが
お友達なら、もっと理解しあえる一番の仲良しになれたんだろうという意味です!

投稿: しーな | 2010年2月 6日 (土) 05時18分

私の親父も理想を語っていましたが、現実にはそうでもありませんでした
隣の家の息子が会費制の結婚披露宴をしたときは、すばらしいとほめていましたが、私の姉が言い出すと大騒ぎでした

笑ってしまえばそれまでですが、人間てそんなものでしょう

アハハ

投稿: 佐為 | 2010年2月 6日 (土) 07時08分

自分の事なのに自分ではどうする事も
できない
のが自分の葬儀。。

私の場合 親戚付き合いが薄かったため
両親の葬儀は両親の意向の通り
執り行う事ができました。

父は菩提寺の仏式 母は所属教会の
キリスト教式。

それぞれ墓地も違います。
実はこれ↑ とても大変でして。。。。

元気なうちに共同墓地の方へ移し
いずれ私もソコへ入れて頂く予定です。

親戚関係があって現在の状況維持も
大切なのですが、、、
次の世代の子供達に経済的・精神的な
負担が掛かりすぎないように
したいと思います。

今のような時代
菩提寺管理は本当に大変です。

親戚の人々は色々口出しはするけれども
お金を出してくれる訳ではないのですもの。

なんて・・・勝手な事を書きました。

投稿: sue | 2010年2月 6日 (土) 16時35分

こんにちは。

私が先日参列した告別式でも、「これならお坊さんやセレモニーホールが儲かるはずだよな・・・。」と失礼なことを考えてしまいました。
あらまさんのお父様も同じような考えだったのですね。
だから私も断然キリスト教形式がいいです。
母も亡くなった祖母も教会の洗礼を受けてますし、私も子供のころに近所の日曜学校などに行ってましたから当然といえば当然なんですけどね。

死んでからも金儲けに利用されたくないですよ~bearing


投稿: まさたみ | 2010年2月 6日 (土) 20時28分

しーな さま、ありがとうございます。
「檀家」という制度は、江戸時代の前後、日本からキリスト教を排斥するために「寺請制度」をもうけた その名残なんだそうです。
ですから、現代には不要な制度なんだそうですね。

ところで、父と息子の関係ですが、今は友達みたいな関係の家庭もあるそうですね。
しかし、拙宅の場合は、昔ながらの上下関係ですから、あの世に行っても その関係は変わらないような気がします。
家庭を顧みなかった父には、尊敬の念は抱けませんでした。
腹を割って語り合うことなく、終ってしまった感じです。

そんなわけで、これから どのように自分の心が変化して、それに伴い父との関係も変化が生まれるのかは未知数です。

ただ、加齢に比例して、父の苦労が分るような気がします。

投稿: あらま | 2010年2月 6日 (土) 22時41分

佐為さま、ありがとうございます。
確かに、昔の男は、大きな事を言う傾向がありましたね。
大志を抱く・・・と言いますか、ホラ吹き・・・と言いますか。
でも、何もないけど夢があったと思います。
結局、奥さんに迷惑を掛けてしまう・・・
そんな時代でありました。

投稿: あらま | 2010年2月 6日 (土) 22時46分

sue さま、ありがとうございます。
田舎では、近所や親戚付き合いが濃いので、なかなか自由には出来ません。
反面、助け合いが強いのも事実です。
しかし、時代と共に関係が薄くなっています。
いずれは、バラバラになってしまうのでしょうか ?

投稿: あらま | 2010年2月 6日 (土) 22時50分

まさたみさま、ありがとうございます。
今のお寺は、政治家や暴力団と同じ「上納金」による権力構造になっています。
その権力のために、われわれのお金が利用されているのですから、本当にバカらしいですね。
でも、祖先を敬い、合掌する心は忘れないように努力したいと思っています。

投稿: あらま | 2010年2月 6日 (土) 22時54分

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