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個人尊重

ジレンマ

個人が大切なのか、団体が大切なのか・・・
これは、人間の永遠のジレンマだと思います。

たとえば、戦死を考えた場合、国家という団体の立場から考えれば‘名誉’なことです。
でも、母親からの立場で考えれば、せっかく育てた子供が、人間の作った兵器で殺されることは、まったくナンセンスなことです。
ましてや、敗戦すると、なんのための戦争だったのか、その意義さえわからなくなってしまいます。

また、会社でも家庭でも、個人が大切なのか、組織の維持が大切なのか、苦渋の選択を迫られる場面が多いと思います。

自分の力が小さいときは、組織の力に頼らなければ生存できませんから、素直に従うのですが、だんだんと力がついてきますと、自己顕示欲などが沸き、従来の組織と対立することがあります。
そんなときの解決方法の仕方で、その人が伸びたり、埋没してしまうわけですが、周りの合意を得られない単独的な行動だけは慎みたいものです。

昔は、修身でも道徳でも、団体を尊重した考え方ですから、日本でも「忠孝」とか「奉公滅私」なんて言われていました。ところが、そうした考え方は、我慢すればよいだけですから生き方としては対立することがないので非常に楽なんですが、体制に流されてしまいやすいので、絶対主義 ( 全体主義 ) とか、それによる粛清 ( 殺人、リストラなど ) が実行されてしまう恐れがあります。

ところが、今は、個人が尊重される時代ですから、自分の考えを主張しやすい反面、その責任を負わねばなりません。
清貧に甘んじるなど、生き方としては大変ですが、充実したものになると思います。

小生の場合でも、家庭内では女性軍には絶対服従。会社内では上司に絶対服従
そうしていれば、身分も保証され、安泰です。
バカを演じて、ハイハイと言っていればよいのですから、楽なものです。
究極の草食系な生き方なんでしょうね。

でも、個性を発揮したい人にとっては、そんな生き方は、非常に苦痛だと思います。
そこで「改革」という甘美な言葉が台頭してくるわけです。
古い体制を崩して、新しい理想世界を築く・・・

今の日本は、そんな感じです。
小泉改革、政権交代・・・。人々は、「改革」という言葉に魅力を感じでいます。

家でもそうです。
結婚でも、家と家との結びつきではなくて、今ではスッカリ 個人と個人の結びつきです。
今に、葬式も、「○○家」ではなくて、個人名の葬式になるんでしょうね。

暴力団でも、組長が組員の反抗で警察に駆け込む時代です。
もう、ゴッドファーザーの時代ではないようですね。

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