« 保守王国の瓦解 | トップページ | すごい湿気 »

映画 『プルーフ・オブ・マイ・ライフ』

介護に費やした時間

昨夜の NHK の衛星放送映画は、BS-2 で 『プルーフ・オブ・マイ・ライフ』を放映していました。

この映画を観終わったとき、この映画の題名が「of」ではなくて「for」ではないかと思いました。Photo

親の介護に費やした 5年間。その時間は無駄だったのか、取り戻せるものなのか・・・・。
介護から離れたら「振り出し」に戻れるのか・・・
長期介護時代の今、考えさせられた映画でした。

認知症の親が死んだら、ようやく姉が戻ってきた・・・という設定から話が始まります。

妹は、自分の人生を犠牲にして親の介護を通したわけですが、その親が死んだら姉が戻ってきて「施設に預ければよかった」と言うのです。

姉は大学を卒業し、身だしなみも綺麗です。かたや妹は、大学を中退し、やつれた顔で葬式に臨みます。

3 在宅介護 がいいのか 施設介護 がいいのか・・・
そうした問題は、介護をしていないヒトは客観的立場で言えるかもしれません。

「施設に預ければ、自分も楽だし、専門家に看てもらった方がよかった。」と、姉は付け加えるのです。

しかし、実際に認知症の親を在宅介護している人には、そうカンタンな問題ではありません。

それでは、外の人間は、何でも言える・・・という物語になってしまいそうですが、この映画はそればかりではありません。

介護をしながら、失われていく自分に恐怖と諦めを抱きながら、自分を見失わないように「証明」していったわけです。

主人公の「証明」とは、数学の証明ですが、何も、数学だけが「証明」する対象ではないと思います。

その映画を観て、はたして自分は自分の生を「証明」しているだろうかと考えさせられました。

親の介護を終えたとき、自分には何が残っているのだろうか・・・

103分と言う短い映画でしたが、非常に心に響く映画でした。

【監督】ジョン・マッデン 【出演】グウィネス・パルトロウ,アンソニー・ホプキンス,ジェイク・ギレンホール 2005年 アメリカ 原題は「Proof

【追記】

この映画は、もともとは 舞台劇 『 Proof 』 を映画化したもののようです。

世界的な数学者だった父親の介護をしている間に発見した数学の証明を、自分が発見したものだと証明すること・・・が主題になっているようです。

認知症の父親は、自分の介護のために犠牲になる娘を案じて、勉強を続けることを勧めるわけです。

その父親の言葉に従い、娘は大学を中退した後も独学で数学を勉強。そして、共に数学の難問に臨み、ついに父娘は世界的な大発見に至るわけです。

ところが、認知症の父親の証明はトンチンカンなもの。かたや娘の証明したものは世界的な大発見。しかし、内容はどうであれ、ともに過ごした時間は「証明」をすることでした。

大発見を成し遂げた彼女は、発表もせず、そのまま父親の机の引き出しの中にこの「証明」をしまっておくのでした。

そして父親が亡くなり、娘の恋人が、その父親の遺品の中から「世紀の大発見」を見つけるのです。あまりにも高度な内容の「証明」のために、数学の博士号を持つ恋人は、認知症の父親が「証明」したものだと思うわけです。ところが、検証を進めていくうちに娘が「証明」したものだとわかってゆくのでした。

彼女自身も、彼女の発見が父親との共同のものなのか、それとも、理想とする父親のものなのか・・・

この「Proof」は、「証明」をキーワードに、多角度から人間の内面に迫るもので、小生の実生活ともオーバーラップしているように感じたので、よけいに見応えがありました。

|

« 保守王国の瓦解 | トップページ | すごい湿気 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

ボクが介護される側の親だったら・・・これも想像でしかありませんが、施設に入れて欲しい。「あなたのために」では病気の姉のために大学を中断する弟。「ギルバート・グレイプ」では太った母親や障害のある弟ために自分を犠牲にしている兄。映画のように行けばまだ救われるけど、客観的立場にいるうちに意思を伝えたり、覚悟が必要ですね。

投稿: アールグレイ | 2009年7月 7日 (火) 00時42分

アールグレイ さま、いらっしやいませ。
コメントをありがとうございました。
こうした問題は難しいですね。
おっしゃるように、現実は映画のようにうまくいきませんね。
認知症になってしまうと、ブレーキが効かなくなりますから、どうしても片方のペースに寄ってしまいがちです。
そういうときに、客観的に観るもう一人の自分をこころのチャンネルのひとつに置くことができるといいですね。

投稿: あらま | 2009年7月 7日 (火) 01時01分

私も施設に入れて貰っていいと娘に言っています。

それは私自身が20年両親を看続けたから。
それだけしていては辛いので、1週間に1日だけ
息抜きとしてダンスを続けてきました。

その1日でさえ・・・全く手を出さない人・・・実の妹
・・・るんるんスイミングを楽しんでいた・・・が
  ちゃんと看ていない  手抜きしている
と口出ししてきました。

両親が逝って早10年経ちますが
  あれで良かったんだ
と思う時と
  私の20年 返してくれーーー!
とあの世の両親に叫ぶ時とがあります。

私は娘に私と同じ思いをさせたくありません。
娘は
  母さんを見てきた私が
  母さんを施設に入れられると思う?
と言います。

でも!!
  自分で姥捨て山に登れるなら登りたい
と思うものです。

これは  多分  
机上の論理を展開している人には理解できない事
かもしれませんよねぇ。。。。。

投稿: sue | 2009年7月 7日 (火) 11時26分

あらま様

その映画すごいですね
介護は日本だけでなく世界中の問題ですか?
我が家はどうなることやら・・・そこに戻る

投稿: 佐為 | 2009年7月 7日 (火) 20時41分

sue さま、ありがとうございます。
介護には色々なケースがあり、それぞれが体験してみないと分らないもの。
おっしゃるように「机上の空論」では済まされないものですよね。
自分か苦労しているから、こんな苦労を娘にはかけたくない・・・と思うのは親心。
しかし、娘さんは、そう言われても、sue さまの親孝行の姿を見ているから、恐らく在宅介護を選ぶかも知れません。
今の日本のグループホームの実態は悲惨ですからね。そんなところに親を入れるなんて、通常の心理ではできないと思います。
いずれにしても、今まで人類が体験したことのない高齢化社会です。
今から、準備しておいても、決して遅くはないですね。

投稿: あらま | 2009年7月 7日 (火) 22時36分

佐為さま、ありがとうございます。
アメリカの映画はすごいですね。
日本の映画で思い出すのは、『博士の愛した数式』。
しかし、アメリカのほうが、色々と掛け合わせているので、内容がさらに緻密です。
そんな感想を持ちました。

投稿: あらま | 2009年7月 7日 (火) 22時42分

介護の大変さは、経験した人でないと本当のことはわかりませんよね。
それを第三者に勝手なことを言われたら、腹もたつでしょう。

主人の亡くなった両親は、主人のお兄さんとお嫁さんが面倒を見ました。
次男の主人には「お前はいいよな~」と思っていたと思います。

親の介護に費やした時間は無駄だったのか、取り戻せるものなのか・・・・。
介護から離れたら「振り出し」に戻れるのか…

考えさせられますね。

私は介護を経験してないのでなんとも言えませんが、いつかは私の両親を
介護する日が来ると思っています。

投稿: にこりん | 2009年7月 7日 (火) 22時58分

にこりん さま、コメントをありがとうございます。
高齢化社会が、必ずしも薔薇色ではないという事なんでしょうか。
独りで抱え込まず、皆が助け合うことが必要ですね。

投稿: あらま | 2009年7月 8日 (水) 00時35分

認知症ではありませんよ
まったく違う
そこはかなり重要だと思います

作者の真意を汲まず、思い込みで感想文を垂れ流すのは
読むものにとって迷惑以外のなにものでもありません

遅ればせながら

投稿: | 2010年1月30日 (土) 13時38分

ななしさま、ご指摘をありがとうございました。
舞台や映画では、精神病が進んだとか、アルツハイマー病に至ったという設定ですが、いずれにしても「認知症」を呈しているとして物語が展開しています。
つまり、AD (アルツハイマー型認知症)ですね。
その変化の具合によって、主人公の心理が揺れています。
つまり、父親が認知症で人格が崩壊していく様子をみて、自分も崩壊していく不安が主人公を襲っています。
その不安に対抗しようと、確かな自分を求めて「証明」するわけですから「認知症」はこの物語にとってはキーワードです。
ですから、小生も「認知症」としてコメントを展開しました。
これ以外は、考えられない展開だと思いますがいかがでしょうか。
もし、主人公の父親が「認知症」を呈していなかったという設定だとすれば、この物語自体が成立しないと思いますが・・・

投稿: あらま | 2010年1月30日 (土) 19時57分

この映画は、天才ゆえの狂気と孤独をテーマにしているのでは?
唯一同じ次元にいて、主人公の優れた頭脳を理解できていた父親が壊れていく。
彼女の孤独は計り知れないものだと思います。
介護問題とは、ちょっと違うのでは?再度ご覧になってみることをおすすめします。

投稿: | 2010年11月12日 (金) 12時58分

ななしさま、コメントをありがとうございます。
この映画の主たるテーマは「証明」で、「介護」「狂気」「孤独」ではないと思います。
つまり、「介護」「狂気」「孤独」は、あくまでもサブテーマだと思います。

「世界的な数学者だった父親の介護をしている間に発見した数学の証明を、自分が発見したものだと証明すること・・・が主題になっているようです。」
「この『Proof』は、『証明』をキーワードに、多角度から人間の内面に迫るもので、小生の実生活ともオーバーラップしているように感じ」ました。

投稿: あらま | 2010年11月12日 (金) 14時24分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/131161/45559278

この記事へのトラックバック一覧です: 映画 『プルーフ・オブ・マイ・ライフ』:

« 保守王国の瓦解 | トップページ | すごい湿気 »