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憲法の矛盾 - 1

主権とは・・・

本日は、久しぶりに「憲法」について記してみたいと思います。愚鈍な小生の考えでありますから、賢明な皆様からの ツッコミ を期待しております。

難しい話がお嫌いに方は、軽くスルーをして下さっても結構でございます。でも、そんなに難しく書かないように努めたいと思います。では、始まり、始まり~ぃ・・・。

小生は最近まで、日本という国は、民主国家で、なおかつ資本主義国家であると思っていました。
しかし、最近の NHK の憲法を取り扱ったテレビ放送を観て、今までの感覚が崩れてしまいました。
つまり、憲法の第一条で、日本は立憲君主国家であり、第二十五条で、国家が国民の最低限度の生活を保障するということで、日本が社会主義国家であることを示しているということです。
それは、近代国家のひとつのあり方として評価できますが、しかし、その解釈の仕方によっては真逆の結論に達すると思います。
つまり、立憲君主国家社会主義国家も、それ自体にジレンマあるいはトリレンマを内蔵しているということです。
そこで、この憲法の矛盾について2回にわたって考えてみたいと思います。

まず本日は、日本が「立憲君主制」であるということ。つまり、日本の「主権」についての愚考を披瀝したいと思います。

世界的に観て、日本という国家の政体(国体)は、イギリスと同様に「立憲君主国家」という具合に分類されているようです。
そして、立憲君主国家とは、君主が存在していながら、憲法によって成立している国家で、君主といえども憲法には従う国家体制ということなんだそうですね。
つまり、イギリスの君主は、「女王陛下」。日本の君主は、「天皇陛下」。
ところが、日本には「日本国憲法」という成文憲法があるのに対して、イギリスにはそうした整った「憲法」はないようです。
(しかし、イギリスには年代ごとに憲法が成立していて、その憲法が君主を制限しているようです。)
しかも、イギリスの主権は「議会」ということで、日本の場合の「主権在民」とは異なった考え方です。

そういうわけで、一口に立憲君主制と言っても、国それぞれに違ったものであることがわかります。
そして、君主といいながらも、民主という矛盾を含んだ国家政体(国体)であるわけです。

このように、民主なのか君主なのかわからない「立憲君主制」はそれ自体が既に、ジレンマあるいはトリレンマを含んだもので、
日本の明治憲法昭和憲法にもその矛盾が潜んでいると思います。
つまり、解釈の仕方によっては、あるときには君主が台頭し、また、あるときには民主が台頭するわけです。
それが、明治憲法下では軍部が暴走したり、昭和憲法下ではマスコミが暴走し、国民を不幸に陥れているような感じがします。
このように、主権が偏ることによって、国民をミスリードして、最終的には各種の「戦争」に陥ってしまうと思います。
小生は、民主主義が最高の思想だとは思いません。ある意味では、立派な君主の下なら専制君主制のほうがよいとも思います。
そんなぐあいで、日本の中にもいろいろな考え方をしている人がいて、それはそれぞれに尊重しなければならないと思います。
ただ、どんなに考えることが自由だとは言え、国として国民がまとまることが大切だと思います。つまり、求心力が必要だと思います。
その求心力が、イギリスは「女王陛下」ですね。北朝鮮では国名が朝鮮民主主義人民共和国なんて言ってますが「将軍さま」。中国は「主席」でしょうか。韓国では、退任後必ず在任中の汚職事件で逮捕される「大統領」。ロシアは「大統領と首相の二頭体制」。アメリカは「大統領」というよりもむしろ「正義」でまとまろうとしているように見えます。
そして日本は、万世一系を誇る「天皇」。
このように、主権在民でも、君主とかリーダを中心にまとまることが大切だと思います。
ところが日本のマスコミは、その自国の求心力の切り崩しをしているように思います。
もちろん、報道する立場から、果敢に「タブー」に挑戦することも必要かもしれません。
しかし、最終的には、無党無偏を標榜するマスコミといえども、国益にかなった言動をすべきだと思います。
ですから、日本の天皇を論ずるには、憲法解釈という側面だけでなく、国民感情といいますか、国民が天皇に対して「畏敬」の念を持っていることも併せて論じないと、片手落ちになると思います。

今回は、主権というものを一義的にとらわれないで考えてみました。

つまり、主権在民とは言え、その主権を束ねる要ともいえる大きな「主権」があることを示してみました。

次回は、「生存権」という問題から、日本国憲法の「人権」というものにたいして考えてみたいと思います。

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コメント

日本は民主主義でもないし、君主国でもありません

日本はマスコミ主権国家です

残念ながらそれが真実のようです

投稿: 佐為 | 2009年5月11日 (月) 19時47分

佐為さま、全くそのとおりです。
つまり、NHKとか朝Pなど、マスコミの考え方は、日本国憲法の主権の解釈から

憲法>国民>天皇

・・・という順序で、いまや飾りでしかない天皇は、国民の「総意」でどうとでもなる・・・というような考え方のようです。

つまり、主権は国民にあり、もはや天皇には主権なんてない。
そして、その国民をリードしていくのがマスコミであると自負しているようです。

とんでもない勘違いです。

立憲君主政体には、国民にも君主にも、それぞれに大切な「主権」があるはすです。

マスコミには、単に事実を報道するだけで、「主権」なんてあるはずがありません。
しかし、そのマスと化したメディアを自由に操れる立場を利用して「主権」の獲得に狂奔している始末です。
さらに、「官僚」もほしいまま。
国民は、そうした越権行為をする輩に対して、厳しく対処する必要があると思います。

投稿: あらま | 2009年5月12日 (火) 00時01分

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