« 温室効果 | トップページ | 携帯電話 小中学校持込み禁止に »

ルーズベルトの陰謀説

日米開戦

毎年、暮れになると、「忠臣蔵」とか「日米開戦」が話題になります。特に、12月 8日の日米開戦の日に近くなりますと、開戦にいたる一級資料が毎年のように公開されます。

そこで、67年前の真珠湾攻撃が、日本の奇襲攻撃というよりも、ルーズベルトとかスターリンの陰謀であったことが次第に明るみになってきました。Photo

奇しくも、一ヶ月前に問題になった田母神前航空幕僚長の「論文」を補強するものが、本日の夕刊に掲載されていました。それを引用したいと思います。

【ワシントン 2日 時事】 1941年(昭和 16年) 12月 8日(米時間 7日)の日米開戦に先立つ 5年前の 36年(昭和 11年)、フランクリン・D・ルーズベルト米大統領が対日有事を想定し、ハワイの日系人を強制収用所に収監する計画を検討していたことが 2日までに、ニューヨーク州ハイドパークの同大統領図書館に保管されていた極秘の覚書から分かった。

日系人収容所は、日本海軍機動部隊によるハワイ・オワフ島パールハーバー(真珠湾)奇襲攻撃に衝撃を受けたルーズベルト政権が「戦争ヒステリー」という異常な心理状態で、軍主導で急きょ実施したとするのが通説だが、同大統領は極めて早い段階で対日戦争を意識し、日系人隔離を自ら構想していたことが判明した。

覚書は海軍作戦部長に宛てられたもので、36年 8月 10日付け。関西学院大学の非常勤講師の藤岡由佳氏が入手した。同氏によれば、覚書は 80年代に米国研究者によって発見されていたが、これまで日本の研究者には知られていなかった。

この中でルーズベルト大統領はハワイにおける日本側の秘密情報活動への危機感を背景に、「わたしに明確な考えが浮かんだ。日本船舶・乗務員に接触するオワフ島の日系人の身元を極秘に洗い出し、有事に際して強制収用所に最初に送り込む特別リストに氏名を記載しておくべきだ」と提案している。藤岡氏は「日系人収容所は大統領自身が主導した可能性が出てきた」と話している。

一方、ルーズベルト大統領はハワイ諸島最大のハワイ島に対する日本軍の上陸作戦の可能性にも言及。上陸作戦に呼応して破壊活動を行う懸念から、日系人対策を講じるよう指示している。

さらに、ハワイ島はオアフ島から遠いために、防衛は極めて困難。われわれの主要な目的は、ハワイ島がオワフ島とその他の島を攻略するための基地と化す事態を阻止することだ」などと、ハワイ防衛に関する独自の戦略観を披露。37年(昭和 12年) 7月の盧溝橋事件によって日中戦争が本格化する前から、太平洋における日本の動向に神経をとがらせていた姿が浮き彫りになっている。

注目すべき資料

五百旗頭真・防衛大学校長の話 (日本政治外交史) の話  この資料は、今まで日本では講義の対象になっていなかった。真珠湾攻撃後の日本人集団強制収容は米国の過剰な危機感の下、スチムソン陸軍長官の主導で実施されたというのが通説だが、ルーズベルト大統領が開戦 5年前の平時から、日系人強制収容を考えていたことを示しており、注目すべき資料と言える。

強制収容は衝動的な行動だったのではなく、事前にそうした考えがあったことになる。

同大統領は若い頃から、海上権力をめぐって日本の太平洋進出に危惧を抱き、日本を脅威とみていた。対日有事も念頭に置く踏み込んだ発言をしていることも注目される。(ワシントン 時事)

ルーズベルトは、好戦的で白人至上主義者としても知られていましたので、日本人が勢力を持つことには、たいへん不快に思っていたようでした。

特に、太平洋戦争の開戦は、ルーズベルトにとっては危惧するものというよりも‘期待’していたものらしく、だからこそ、宣戦布告書を渡さなかった当時の在米外交官の不手際が悔やまれます。

開戦から原爆投下まで、全てが、ルーズベルトの術中にはまった感じがしてきました。

|

« 温室効果 | トップページ | 携帯電話 小中学校持込み禁止に »

国防」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/131161/43309356

この記事へのトラックバック一覧です: ルーズベルトの陰謀説:

« 温室効果 | トップページ | 携帯電話 小中学校持込み禁止に »