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介護疲れ

拒絶反応

認知症が進むと、寿命が縮むと言われています。適応能力の低下が免疫の低下を誘発させるからだそうです。

ところが、拙宅の母は認知症の進み具合が緩やかで、身体的には至って元気です。今年の夏に、一度だけ脱水症状になっただけで、その回復とともに言葉もハッキリしてきました。

そうは言っても、今年は 要介護 3 に認定されてしまいました。それだけに、認知症の介護は大変になってきました。

そこで家内は、長年の介護にスッカリ体を壊してしまい、今年の3月から 11月まで長男のアパートに緊急避難しました。

介護から離れたことで、血圧などの数値も正常になり、そこで先月戻ってきましたが、母の顔を見るだけで体の具合が悪くなるようです。

長男の嫁として、母の面倒を看なくてはならないと言う義務感と、体の中から沸き起こる拒絶反応との戦いが再び始まったわけです。

結局、また別居することになりました。しかし、長男は彼女との同棲を希望しているようで、家内との同居に難色を示しました。そこで、近所のアパートを借りることにし、既に荷物も運び出しています。一人暮らしは心配と言うことで、次男が同居することになりました。長女は小生のほうに残り、母の面倒も看てくれるようです。

ということで、年末は引越です。更新が滞るかもしれませんが、ご容赦ください。

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介護」カテゴリの記事

コメント

最期が近くなった頃…結果として最期に近かった
という事で、当時はそういう意識はありません
でしたが…母が
  親なんて、、、子供に迷惑かけるばかりの
  存在で、、、生きてる事が申し訳ないとしか
  言えない
と言った事がありました。
母には‘自覚’があってそう表現してくれるので
私も
  そんな事ないよ、大丈夫だから。
と言えて看病・介護ができたのだと思います。

それにしても・・・
未だに長男の嫁・女姉妹の長女という世間の
無言の圧力は何なのでしょう。

病人をたらい回しにする事はできませんが
女姉妹の長女なんだから・長男の嫁なんだから
と全てを一人に押し付ける慣習が根強く、介護
はその人達がするのが当たり前のまま。

勿論、幾人もの人がかわるばんこに介護するのは
被介護者にはよい事ではないでしょう。
でも、、だからこそ周りの人達は、直接介護をして
いる人に対し、もっと真摯に感謝し、時にはその
場面から一時的に開放してあげる機会を作って
あげるべきなのです。
そうすれば長い介護生活にも耐えていく力が
湧いてくるものです。

奥様が拒絶反応を起こされるまで、嫌悪感に
苛まれるようになられるまで、追い詰められた
のは何故なのでしょうか?

私の周りには (類は友を呼ぶなのか?)
長男の嫁だから・・・と一切をさせらてれきた方が
多く、体を壊したり精神を痛めたりして、その割
には(今の法律では)金銭的物品的に優遇される
事はなにもなく。

誤解があるとイケナイのですが、
経済的に優遇される事が大事と言っているの
ではなく、親を看るというのは左程に大変な事
にも関わらず 当然! の一言で済ませている
日本人の意識に大いなる疑問を感じて止み
ません。 

奥様のご心労、少しでも癒されますよう。
奥様のご両親様・兄弟姉妹やご親戚は
心の支えにはならないでしょうか?
『コノ家にきた長男の嫁』という扱いから
お心が解放されます事お祈り申しあげます。

また、
あらまさんとあらまさんのお子様方に
何か解決の光が見出されますよう。

投稿: sue | 2008年12月26日 (金) 15時08分

こんにちは。
今のところ我が家は介護される人・する人はいませんが、将来自分がどちらにもならないとは限らないわけですから、他人事とは思わないで心のどこかで常に“覚悟”というものを持っていたいと思います。

投稿: まさたみ | 2008年12月26日 (金) 19時52分

sue さま、コメントをありがとうございます。
昔の家長制度の習慣が、今の日本に残っているからなのでしょうね。
そこが「兄嫁」の辛いところですが、それだけに昔の「兄嫁」の発言には権威があつたと思います。
今では、介護は特定の人が看て、財産は均等に配分されます。
考えてみれば、それも不公平ですね。

さて、家内が母の介護に負担に感じるのは、母が父の介護を放棄して、嫁である家内にその介護を押し付けたことにも原因があると思います。
小生も、我が母ながらズルイと思っています。そのくせ他人には「介護が大変だった」と家内の前でも平然と話していましたから、家内は呆れるばかりでした。
その母が仮病を装っているうちに本当の認知症になってしまったのですから、家内もやりきれなかったと思います。
ですから、敷地内に別棟を建ててそこに母を住まわせました。
そうしないと他の家族が生活できないからです。
そして、昼間は家内を家内の実家の家業の手伝いに行かせました。
少しは気晴らしになるかと考えたからです。
ちょうどその頃、岳父が亡くなり、家内の実家の家業が危なくなったこともあり、それを支える為に手伝いに行かせたわけです。
しかし、それは、今考えるとあまりよいことではなかったと思います。
家内を実家に通わせることは、家内に母に対する反抗心を植え付けさせることになったと思います。
そこで、実家の家業が落ち着いた頃、その手伝いをやめるように家内にお願いしましたが聞き入れてもらえませんでした。
そうして家内は、益々、母に対する反抗心を強めたことも、自身の健康を害した一因だと思います。
やはり、反抗心では介護は出来ませんね。
そうしたこともあり、嫁姑の問題は、なかか難しいと思います。

投稿: あらま | 2008年12月26日 (金) 22時06分

まさたみ さま、コメントをありがとうございます。
「備えあれば憂いなし」といいます。老後に備えることは、今からでも決して遅くないと思います。
いずれは消費税を上げて、社会が老後を看ることになるそうですが、いままでの政府の社会保障制度を見ているとそんなことは信頼できませんね。結局は、長生きすれば、たとえ元気でも家族や親戚のお世話になると思います。
それだけに、今から家族や親戚関係を良くしておく事が大事ですね。

投稿: あらま | 2008年12月26日 (金) 22時09分

奥様もいろいろ大変だったようですね。
あらまさんは淡々と書かれていますが、あらまさん自身も奥様とお母様の間に入って、いろいろご苦労があったのではないでしょうか?
それでもお子様がそれぞれ協力してくれているので頼もしいですね。
私の両親も近い将来には介護も必要になることもあるでしょう。
その時はその時でなんとか頑張っていきたいと思っています。

投稿: にこりん | 2008年12月27日 (土) 15時45分

あらま様 なんとも言葉がありません。
私の父は脳梗塞で回復の見込みなく何か月も入院していましたが、認知症とは大違いですものね
せめて家内に迷惑をかけないようにせねば・・

もっとも家内が認知症になる可能性もあるわけで・・
どうなりますか??

投稿: 佐為 | 2008年12月27日 (土) 17時00分

にこりんさま、コメントをありがとうございます。
小生のこの書き方ですと、家内は母に対して反抗心ばかりを抱いていたように読めますが、家内はなんとか円満に暮らせるように相当な努力をしていました。
しかし、それでも家内は母を尊敬できないでいるのですが、それは家内が悪いと言うよりも、むしろ母がやるべきことをしなかつたためだと思います。
今更、そういう母を責めても仕方がありませんが、感情を抑えて介護をすることは、たいへん難しいことだと思います。
母の場合は、最初は仮病なのか認知症なのか分かりませんでした。
奇行が多くなり、転倒して怪我をしたところで初めて医師から認知症が指摘されました。
そして、認知症と診断されて適切に処方されますと、認知症の進行が遅れることになります。
しかし、それが介護の長期化を呼び、ほんとうに治療がよいことなのか疑問に思うことがあります。
ほかの老人医療にも見られるように、延命治療が本当に良いことなのか、見直す必要を感じています。
小生は、なにも心得ないまま介護生活に入りましたが、今思えば、何もないときから、心の準備と必要な知識は整えておくべきだと思います。

投稿: あらま | 2008年12月28日 (日) 08時49分

佐為さま、以前は「ボケ勝ち」と言う言葉かありました。
それはつまり、夫婦の中で、最初にボケたほうが勝ちということです。
ボケられたほうは、介護の為にシッカリしなければならず、ボケている暇はないということでした。
しかし、最近では、認知症の長期化が進み、介護しているほうもボケてしまい、いわゆる「認認介護」の時代になってしまいました。
そうなると悲惨です。
統計的には、夫のほうが早くボケたほうが比較的幸せな暮らしが送れているようですが、実際には、奥さんのほうがボケるケースが多いようです。
拙宅の子供達に言わせると、既に小生も家内も相当にボケていると言います。
・・・ということで、もうなっちゃっているようですから、今更、心配しても仕方がないということで、我が家はその問題はないようです ? ? ?

投稿: あらま | 2008年12月28日 (日) 08時58分

延命治療は考えるべき事ですよね。
医学が発達してとうに寿命が過ぎたはずなのに管に繋がれ生き長らえるというのは、本人にとっても家族にとっても良いことではないと思います。
年齢にもよると思いますが。
うちのばあちゃんは自力で復活しましたがみなが集まって泣いてくれてる内にみなに囲まれて逝ってしまったほうがよかったような気もします。

長年の介護はみなが大変ですね。
ご自分が辛いから、ということではなく、家族のために、お母様を施設に預けるということは無理なのでしょうか?
もう十分、子としての役割を果たしたのでは?
ご自分の家族をひとつにすることが、母としての願いなのでは?と思います。
私なら、もう私はいいから自分の家族を守って。といいたいし、お母様も同じではないかと勝手に思うのですが。
施設の手続きなどよく知りませんが、入所が難しいんでしょうか?

離れて、でも頻繁に会いに行くようにすれば


と、勝手な事を書いてしまいました。失礼いたしました。
そういうことはもう十分家族で話合われたんでしょうね。
ホームにいるばあちゃんに会いに行くだけなので私は自分の生活が守られていて、会いに行けば楽しく接する事が出来るので、あらまさん家族もそうすれば、と。勝手な意見でした。すみません。

投稿: しーな | 2008年12月30日 (火) 05時57分

しーなさま、ありがとうございます。
元気で長生きすること、つまり長寿は人の幸せの一つのはずです。
それが、延命となると自他共に苦しめることとなり、そこで尊厳死などが問題になってくると思います。
小生は、たとえ長生きでなくても、愛する人に看取られながらこの世を去ることが幸せだと思うこともありますし、男なら仕事中に死んでも本望だと思うこともあります。
いずれにしても難しい問題ですね。

さて、母を施設に預けることは何回も試みましたが、施設の中で大暴れして手がつけられない状態です。
ですから、体良く断られてしまっています。

投稿: あらま | 2008年12月30日 (火) 20時16分

読ませていただきました。私は、訪問介護士で毎日、いろんなお家へ訪問しております。家で介護する壮絶さは、この仕事を初めて3年、現実の厳しさを感じております。私自身も家に帰ると、夫と子2人の世話があるので、1日中、動きまわっているかんじです。最近、40肩になってしまい、健康でも限界があるのだとかんじました。奥様はかなり疲れていて、もう限界なのだと思います。本当の母親でも疲れるのに、義理の母となると、精神的気遣いもあるでしょう。かといって、長男や次男には、当然、恋人もいるでしょうし、同居は無理でしょう。迷惑がられるだけかもしれません。なので、奥様はかなり疲れきって、傷心していると思います。お母様の最後を大事にみとってあげるのも大切です、と同時に奥様への思いやりも大事ですよね。だんな様もさぞ悩んでいるでしょう。
思いきって、老人ホームにいれると良いかと思います。全てが解決するでしょう。費用もかえって、安く済む場合があります。いろんな施設を訪問して、どこが良いホームか、徹底的にチェックすると良いでしょう。あせらず、じっくり決めると良いと思います。ホームへ入っても、毎日訪ねていけばいいですよ。それが最後のお別れではないですから。どうぞ、頑張っていってください。

投稿: けい | 2009年11月21日 (土) 02時51分

けい さま、いらっしゃいませ。
コメントをありがとうございます。
母を老人ホームなどの施設に入れる案ですが、 2年ほど順番待ちをしていました。
ところが、実際に順番が来たら、体よく断られてしまいました。
つまり、この症状ではグループホームとかの施設では対応できないと言うのですね。
それまで、幾度も打ち合わせをしてきたのに、実際に入る段になると断られてしまうのが、この「攻撃的認知症」の特徴みたいですね。
確かに、母のような人が施設には入れは、四六時中監視しなくてはならず、身体拘束をしなければ他に被害が及ぶと思います。
しかし、それなら期待を持たせるようなことをしないで最初から断ってもらいたいと思いました。

・・・そんな具合で難渋しております。
以前、デイサービスを試みたら、周りの老人に重症を負わせてしまい、それ以来、‘ブラックリスト’ ? に名を連られたようです。

投稿: あらま | 2009年11月21日 (土) 07時18分

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