« 服従することが嫌いな社会 | トップページ | 服従することが嫌いな社会 -3 »

服従することが嫌いな社会 -2

リーダーなき社会

以前の日本は縦社会で、「従う」ことで安住を得ていました。とにかく体制に従っていれば、ポジションは確保され、生活が保障されてきました。

つまり、上の人を立てて、それに従う社会でありました。

ところが、現代は自由・平等の社会。主従関係を否定し、その代わりに「管理システム」を設けて、社会の秩序と統一とを図ろうとしていると思います。

しかし、その新しい「管理システム」の中には、「信頼」という二文字が欠けているように思います。

たとえば、親方と徒弟との関係。互いに信頼関係があるからこそ、命令し、命令に従うことが出来ます。親方の持つ「神の手」に憧れた徒弟たちは、なんとかそれを体得しようと努力しているわけです。

ところが、戦後、親方の代わりに「管理システム」が登場し、それが徒弟たちをコントロールしようと頑張っています。親方という目標を失った徒弟たちは、「管理システム」からは目標を見出せないままでいます。

いまや、目標が失われ、「管理」が目的となるおかしな社会が出現してしまいました。つまり、素直に服従できる対象(リーダー)がない時代になってしまいました。

そういうわけで、いま、まさに、政治も会社も、学校も家庭も、人望(リーダー)がいない時代です。

例えば政治にしても、実際に政治をしているのは代議士ではなくて官僚です。かれら官僚は人望を集めて選ばれた人ではありません。その彼らが代議士を飼いならして三権を牛耳っています。その腐敗ぶりに、国民の信頼はありません。

また、会社にしても、もはや創業者の理念を離れ、「マニュアル」が目的になっています。つまり「管理部」という部署が自社やその下請けを管理しているわけです。

学校では、尊敬されていない教師では、当然のようにクラスが崩壊しています。

家庭でも、「男女共同参画」ということで、男性の賃金は、女性と同じ賃金に抑えられてしまいました。それに甘んじている男性では、家庭を守れず、家庭崩壊、あるいは家庭を築くことを拒否する若者が増えています。

このように、頼れる政治家、頼れる社長、頼れる教師、頼れる主人のいない社会になっています。

これが、理想としている自由・平等の実際の成果です。

やはり、人望の篤い人がリーダーとなり、そのレーダーの下、組織が運営されるべきでしょう。

|

« 服従することが嫌いな社会 | トップページ | 服従することが嫌いな社会 -3 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。
確かに「この人が言うやり方なら大丈夫。」と頼れる上司が少ないですね。
年齢的にも年下の上司が少しずつ増えてきてますが、私はその人に質問することが少ないです。
やはり“仕事ができる”と思える人たちに聞くことが多いですね。
今は何でもかんでも「マニュアル」「管理」になってますから、やり方や考え方が器用な“職人”と思える人が少ないです。
「ISO」システムも影響しているかもしれないという気がしていますが・・・。


投稿: まさたみ | 2008年12月16日 (火) 10時52分

まさたみ さま、ありがとうございます。
尊敬できる政治家、上司、先生、父親が少なくなってきていることは、痛切に感じます。
上辺だけの付き合いの人間関係では、つまらないと思います。
こうした社会になったのも、平等意識が蔓延したからだとおもいます。
平等とは、法的機会の平等、例えば義務の程度に応じた参政権に止めるべきで、父親と子供、あるいは先生と生徒は、対等ではありません。
また、頼れない男性が多くなってきたと思います。
女性や家庭を守ろう、あるいは立身出世に青雲の志を抱く男性が少なくなったと思います。
つまり、燃える男が少ないと思います。
そのときを円満で無事に過ごせばよい・・・なんて考えでは、つまらない人生だと思います。
やはり、小生は古い人間なんでしょうか・・・・

投稿: あらま | 2008年12月16日 (火) 22時09分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/131161/43428875

この記事へのトラックバック一覧です: 服従することが嫌いな社会 -2:

« 服従することが嫌いな社会 | トップページ | 服従することが嫌いな社会 -3 »