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見直される“家族力”

限界を感じてか・・・

本日の『静岡新聞』朝刊の第一面に、家族世論調査の結果が掲載されていました。Save0007

これは、静岡新聞社などが加盟している日本世論調査会が、9月 20、21日に実施したもので、大家族で暮らすのが理想と考える人が 60%以上に上ったといいます。

戦後、核家族化、単身化が不可逆的に進んでいるように見えた日本の社会も、少子高齢化社会を迎え、家族志向が強まったといえます。

その理由は様々だと思います。小生は、高齢者層にとっては、老老介護の不安若年層にとっては経済的不安があり、それぞれの年代層へ頼る傾向が生まれたと思います。

最近のニュースを見ていますと、老人だけの世帯では、認知症の相手を認知症の人が介護するという「認認介護」の問題が直面していると言います。

また、若い世代では子育てに限界を感じ、育児放棄 或いは 子供を虐待する家庭が増えていると言います。

そこで互いに、介護や育児を支え合おうと、家族力に頼ろうとする傾向が生まれたのだと思われます。

世代間格差を埋めるためには、同居をして大家族を形成する必要を感じてきたようですね。

ただ、戦後、個人主義が徹底してきた中、はたして「同居」がうまくいくかには問題が多いようです。

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コメント

先日介護の方の講演を聴きました。老老介護、認認介護と涙なしには聞けない話でした
私も59歳、うーんどうなるのでしょうか?
お断りしておきますが、私は両親を送ったのですが、子供には面倒見てもらえないのは確かですし、頼りたくもありません
うーん、困った

投稿: 佐為 | 2008年10月 5日 (日) 16時19分

本当に難しい問題ですね。
親の立場からすると、現実は希望とは程遠いと感じます。
価値観の違いは昔とは比べようのない位大きくなっているのではないかと思います。
お金を持っている親ならば、自分達が必要とする時には、同居してもいいと感じ、年金も貰えないような親ならば、進んで同居したいとは思わない・・のが、現実でしょう。
現代は物で溢れ、お金は幾らあってもこれでいいと云うことがありません。
同居をすれば、電話・電気・ガス・水道の基本料金、新聞代なども節約でき、家電品も重複することなく、色々メリットはあると、親である私は考えるのですが、子供はそうは考えないというのが現実です。
この問題を語りつくすことは非常に難しいと思います。
一人々抱えてる問題が違いすぎるようにも感じています。
何の疑問も感じず、一緒に暮らしていた頃が懐かしい。

投稿: 紗々 | 2008年10月 5日 (日) 18時01分

佐為さま、毎度であります。
子供には頼りたくない・・・と、亡父も申しておりました。
しかし、実際に重度の脳梗塞になり、介護が必要になると、最初に言った言葉が「金がある」でした。
その時、父は金を頼りにしていたのだと思うと、子供の立場としては、悲しくなりました。
介護が必要になった親を看るのは当たり前と思っていたからです。

投稿: あらま | 2008年10月 5日 (日) 20時11分

紗々さま、コメントをありがとうございます。
以前、フィリピーナのヘルパーさんとお話をしたとき、日本の家族はストレンジだといっておりました。
あちらでは、大家族が当たり前。子が親の面倒を看るのもあたりまえ。
家族が同居しない社会が奇異に見えたようです。

ところで、小生は母の介護をしていますが、いったん介護の世界に入りますと、「好み」などを言っていられなくなります。
母の年金なんて知れたもの。だからといって、母を見捨てるという発想は起こりませんでした。
子供の立場であれば、親にカネがあるかどうかは余り関係ないと思います。

これからは、双方の歩み寄りが必要なのかもしれませんね。

投稿: あらま | 2008年10月 5日 (日) 20時58分

自分が元気なうちは子供達をサポートして行きたいけれど、子供の負担にはなりたくないと思ってしまいますね。でも自分のことを振り返ると親のことは子供として同然するものと思いましたし、やはり子供たちもそう思うようです。
子供の負担にならないよう健康管理して働ける間は頑張って働かなくちゃ!と思います。
大家族で住むにはそれなりの家も必要ですが・・・。それもまた大変。
大家族は理想ですが。
できるだけ近くにいて助け合えればいいなー。

投稿: まさゆまま | 2008年10月 6日 (月) 01時55分

まさゆまま さま、コメントをありがとうございます。
以前と比較して現在は、介護期間が長くなりましたね。
いまの世の中で、はたして長寿が幸せなのか分からなく思う事があります。
そうした長期介護社会では、親の立場としては、子供に負担をかけさせたくない。
子供の立場としては、お世話になった親の面倒を看るのは当然と思う。
これは自然な感情だと思います。
しかし、いったん介護が必要な状態になりますと、そんなことは考えていられませんね。
多くの人は介護が必要になった親を施設に入れようと考えますが、施設に入れられた人は、家に帰りたいと思うことは当然ですね。
ただ、死を待つだけの施設よりも、在宅で子供の成長を見ていたいという気持ちになることは当然だと思います。
健康な時は自立した生活を想像していますが、健康が崩れて自立できなくなった時は、やはり何かに頼らなくてはなりません。
その時に、子供が介護しやすい親になっていることが必要だと思うことがあります。

投稿: あらま | 2008年10月 6日 (月) 07時45分

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