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出版祝い

米寿を記念に

小生が長年お世話になっている方から本が届けられました。Save0001

内容は「親孝行について」。125ページの本ですが、米寿を迎えるまでの著者の心の変遷が描かれていました。

小生が長年、認知症の母の介護を続けられているのも、実はその方の生き様を見て、頑張れていると思います。

孝行」「感謝」と、一言でいっても、なかなか実践できたり感じることが出来るものではありません。

なんでこんなことをするのだろう・・・と、情けなくなることばかりです。

本日も、母は、玄関に、鍋の中の残り物を撒き散らしてしまいました。「栄養を与えるため」と言います。

以前ですと、「玄関に栄養を与えて何になる ! ! 」と、血圧が上り、母を叱咤したものでしたが、なにしろ「病気」であります。何をいっても理解してもらえません。

そんな母に、「感謝」の気持ちを持ち、さらに「孝行」する気持ちになれるまでは、親を人として見るのではなく、「蛇口」として見ることにしたわけです。

つまり、小生の命を考えてみますと、親があったからこそこの肉体と精神を戴いたわけです。

その親も、そのまた親からその肉体と精神を戴いてきたわけです。そんな具合に、命のリレーが連綿と続いてきたわけで、その源は、皆さんと一致しているはずです。

そういうわけで、母は、小生にとっては命のリレーのバトンを渡してくれた人です。

これを水道に喩えれば、浄水場から水道管に伝わって我が家に水道水が提供されているわけですが、その蛇口が「母」だと思うことにしました。

つまり、愛情という「水」が提供されてきたわけです。

今は残念ながら、蛇口が壊れてしまっていて愛情の水はもう出ませんが、今度は、小生が子供たちの蛇口になる番です。

そのように考えることにしたのです。そうすると、ハラも立たなくなりますし、逆に、可愛く思えてきます。玄関に栄養を与える母の優しさと思えてくるのです。

こう、思えてきたのも、実は、小生に本を贈ってくださった方の親孝行の実践の様子を伺ったからです。

最初は、みな、親に不平不満を持つものです。親は神様ではないですからね。自分が人の親になってはじめて分かることもあります。

この本を贈ってくださった方も、最初は自分の親に対してどう向き合うか、相当に悩んだそうです。

しかし、精進を重ねて、心の底から親に感謝の気持ちをもち、孝行ができるようになったと言います。

小生も、お陰さまで、以前とは比べて、なんとか怒ることは少なくなりました。

正直なところは、情けなく思うこともありますし、腹も立ちます。

しかし、それをコントロールできるようになっております。これも、この方のお陰だと思っています。

今回、本を戴いて、小生も、米寿にこんな本が書けるようなればいいのに・・・と、思いました。

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書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

何も言えません

・・・・

投稿: 佐為 | 2008年9月17日 (水) 22時40分

ウチは激しい痴呆症ではなかったですが
母が倒れたのが51歳の時、私は26歳。

父から
  お前は娘なんだからお前が面倒みてやれ
と一方的に言われ父の協力はなく、何もかも
手探りでアッという間に21年の月日。

そのうち父も心臓疾患で倒れたりクモ膜下
出血を起こして少し??に。

娘だけが私をサポートしてくれて二人を看送り
ました。
そのぜ~んぶ終えて8年経ちました。


夫の父が少々??になりかかっているそうです。
私の両親が大変だった時、自分の趣味に
遊び歩いていた夫は私に何かを期待しているで
しょうか・・・・?・・・・
あの人達のする事は、何かあれば施設に預けて
しまう方法でしょう。
皆が協力するなら私は義両親を看る事が
できますが、多分文句をつけるだけで手を
貸してはくれない。。。。

若かったからできた頑張りも、もう一人では
頑張れません。  ごめんなさいです。

親は大事です。延々と続く命の源。
でも自分の親ばかりの事を言っていて
パートナーの親の事を考えていない場合が
多いです。
あらまさんの場合は当てはまらないと
思いますが、私の周りは殆どそれで新しい家族
が壊滅していっています。

『親というのは4人いる』と、まずソコがスタート。

もし子供が新たな家庭を持ったら、私だけが
親なのではなくパートナーの親も親。
その自覚は親自身にも子供にも必要です。

私と同じ体験を娘にはさせたくありません。
私は姨捨山に自分で登っていきます。
親は大切ではあるけれど、最優先でなくとも
いい。

姥捨山に捨てられる事も、人格の尊厳の一つ
という場合もあったり。。。。。。。。。。。

少々観点違いな事を書いたかもしれません。
スミマセン・・・・・m(_ _)m

投稿: sue | 2008年9月17日 (水) 23時28分

sue さま、貴重な体験談をありがとうございます。
介護の苦労は、やった人ではなければわかりません。
小生の場合は、父が倒れて亡くなるまでの 2年間と、それにオーバーラップして母の介護と、もう既に 15年目になります。
一度は、家庭崩壊を経験しましたが、なんとかその本の著者の方のお陰で、立ち直ることが出来ました。
しかし、さすがに家内の心労は大変なもので、ドクター・ストップで今は休んでいます。
そんなわけで、どうしても介護は一人の人、とくに特定の女性に荷重がかかってしまうものですね。
そのくせ、介護されている人が亡くなると、介護もしない人が「相続権」を主張してきますから、人間の欲の深さ、利己心に呆れるばかりです。

それはさて置き、sue さまは、小生なんかよりも長い間介護をされてきたのですね。
本当にご苦労様でした。
ですから、この期に及んで、旦那様のご両親の介護はキャンセルしても良いと思います。

この本の内容は、正常な判断の出来る親に対して対峙することを書いております。
その方の介護の期間は、2年間ですから、我々との比ではありません。
さらに、今は核家族の時代で、家族構成も違いますし、家長制度から、扶養の平等と言う具合に、慣習も大きく変っています。
ですから、自分が看れる範囲て介護はすべきだと思います。

小生の母は、結局、父の介護を拒否して認知症になりました。
その父と母を、家内が看てくれてきた訳です。
ですから、母はズルイわけです。
しかし、病人を責めるわけにもいきません。
そういうわけで、家内の負担は想像以上なものでしょう。
さらに、小生の交通事故とか、癌の手術とかで、家内は常にピークだったと思います。
したがって、家内から「一時休戦」の申し出があったときは、小生は反省しました。
家内に申し訳なかったと・・・。

そういうことで、旦那さんのお父様の介護は、旦那さんが看ればよいのです。
施設に送るならそれもいいでしょう。
でも、子供たちは、見ていると思います。
sue さまが、長い間介護で苦労してきた事実を。
そして、旦那さんの態度を。
それが、親に対する態度として現れてくるでしょう。
「因果報応」です。

それにしても、現代は、高齢化に伴い、介護も長期化の傾向ですね。

投稿: あらま | 2008年9月18日 (木) 00時57分

私の場合、主人の両親は主人のお兄さんとお嫁さんが献身的にお世話をして、その後亡くなりました。
とてもよくやってくれたので、相続のことは口を出さずに、お兄さんに任せました。
今ではつかず離れずにつきあっていますが、あまり会うことはないかな…。
私の両親はまだ元気ですが、これから来る介護等は私がすることになるでしょう。
その大変さは未知数ですが、私ができることをなんとかやっていきたいと思っています。
きっと大変で泣きたくなることもあるのでしょうね。

投稿: にこりん | 2008年9月18日 (木) 01時32分

にこりんさま、コメントをありがとうございます。
これから介護を迎える方に「介護の長期化」なんていう話は、気落ちしてしまいますね。
でも、ひとりで抱え込まずに、相談できる人を設けておくことが大切だと思います。
介護保険がありますから、それを上手に使って、施設のお世話になることも必要になるかもしれません。
自宅介護でなくても、施設に入れても十分に孝行は尽くせると思います。

ところで、小生の家内の妹は、二年間、旦那さんのお父様の介護を自宅でやり通しました。
そのお父さんは最期に家内の妹に向って「お母さん・・」と言って絶命したようです。
その家内の妹も、家内の介護の様子を見ていたので頑張れた・・・と言ってくれました。
とにかく、献身的な介護に、親戚一堂が納得。
いまでは、その親戚の中では、いちばん信頼されています。
ですから、できる範囲で、自宅介護が望ましいとは思っています。

投稿: あらま | 2008年9月18日 (木) 01時49分

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