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デラシネ

流浪の時代

小生の好きな作家に 五木寛之 さんがいます。好きだといっても、30年以上も前に『青春の門』シリーズを読んだだけです。

しかし、最近では、麻生さんが総理大臣になり、その頃の小説のシーンとダブることがあります。

それはさて置き、その五木寛之さんが、20世紀後半から今までの現代のことを「デラシネ」と言っております。

デラシネとは根無し草のこと。転じて、社会から見放された人を喩えているんだそうです。

世界的に見ても、東西冷戦構造が崩れ、各地で戦争が増え、難民が増えたのもこの頃からです。

日本を見ても、高度成長期が終わり、終身雇用制度が崩れ、リストラが日常的に行われ、ワーキンク・プア層が増えました。

ダンボール族、ネットカフェ難民が都市を中心に増えています。地方では中央からの‘切捨て’が進み、限界地域が増えています。

福祉制度が充実したことで家族から見放された老人。不景気で仕事に就けなかった若者世代。

社会から見捨てられた人たちが増えているように思います。

このように、まさに、世界も日本も「デラシネ」の時代です。

こうした時代に生きるには、逞しさが必要です。

もう、政治や制度に頼る時代ではないようですから。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

本当に住みにくい世の中になりましたね。sweat01
我が家も将来が不安でたまりません。bearing
いくら元気な私でも年をとっては働くところがないし、
そうなると生活費が困りますからね。sweat01
子供たちがちゃんと働いてくれればいいのですが、
それもまだわかりません。sweat01
それでもなんとか生きていかなければなりません。
逞しいかわかりませんが、なんとか頑張ります。

投稿: にこりん | 2008年9月28日 (日) 17時44分

にこりんさま、ありがとうございます。
お互いに、頑張りましょう。

投稿: あらま | 2008年9月28日 (日) 19時57分

デラシネって懐かしい響き!
昔、堀内孝雄(?)さんの歌にデラシネってありましたね。
こういう意味だったんですね。知りませんでした。
今なんだか辛い時代ですね。
心の温かくなるようなホットする穏やかな優しい世の中になってほしいです。

投稿: まさゆまま | 2008年9月29日 (月) 01時15分

まさゆまま さま、ありがとうございます。
小生、不覚にも「アリス」ファンでしたが、堀内孝雄さんの歌に、その題名のものがあったとは知りませんでした。
その歌詞を探してみました。


http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND40054/index.html

どうやら、男の失恋の歌のようですね。

投稿: あらま | 2008年9月29日 (月) 05時58分

五木寛之の本のについて、私も思い出がありますので、コメントさせて下さいね。
初めて五木寛之の本を手にしたのは、父の介護をしていた病院の売店です。
「大河の一滴」という題名でした。
その頃の自分の心の状態がそうさせたのかも知れませんが、とても感銘を受けた記憶があります。
時代は止められない。
そんな思いがあります。
どう生きてどう死ぬか、考える日々でもあります。

投稿: 名無し改め紗々 | 2008年9月30日 (火) 15時35分

名無し改め紗々さま、コメントをありがとうございます。

人間一人の存在など、大河の一滴に過ぎないけれど、そのひとつひとつが集まってこそ大きな流れを形成する・・・

この学生時代の恩師からの「贈る言葉」の由来は、五木寛之さんの『大河の一滴』なんでしょうか。

この本を小生はいまだに読んだことがありませんので、早速、読んでみたいと思います。
ご紹介、ありがとうございました。

投稿: あらま | 2008年9月30日 (火) 16時22分

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