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母の友情

介護の苦悩

小生の母は、認知症です。認知症とは、いわゆるボケでありますから、ボケてしまえば人生が楽だと思いますね。なにせ、「ボケ勝ち」という言葉があるぐらいですから・・・。

しかし、認知症の当人には、相当な苦悩があるようです。当人は、進行するボケに、どうしても勝てないのです。したがって、自分の頭の中で考えている物事の整合性について‘妥協’を強いられるようです。

つまり、ボケの進行には勝てないので、それが悔しいと言うそうです。そして諦め、自暴自棄へと発展して行き、そして、それがまた悔しいと言う悪循環スパイラルに陥っていくようです。

そんななか、僅かな昔の記憶と言うのが‘助け’になっている部分があるようです。それが、唯一の人間としての存在の証でありましょう。

しかし、それさえも無残に否定されてしまうのがこの認知症の進行です。

その僅かな欲求を満たしてあげるのが、小生の子としての勤めではないかと思います。

実は、昨日、母が突然、遠方の遠戚に会いに行きたいと言う意思表示をしました。

ところが、その遠戚の人のお名前は分かるのですが、住所、電話番号が分かりません。しかも、突然の訪問は相手に失礼ですね。

しかし、母の外出の意思表示は大切にしてあげたい。

とりあえず、何の当てもなくそちらの方面の墓参りから始めました。どうしても住所が分からなければ諦めてくれるでしようから・・・。

すると、偶然にも、叔母が墓参に来ていました。その叔母の情報を頼りに大体の地名などが分かりました。

その地名を頼りに行って、そのご近所の人に伺ったたところ、案外簡単にその目的のお宅が分かりました。

そこで、突然のお邪魔となったわけです。

お相手は方は、突然の訪問に、困惑するどころか、すごく喜んでくれました。

実は、お相手の遠戚と言うのは、かつて母と同じ悩みを抱えていたのでした。

つまり、それぞれの伴侶が脳梗塞で重篤な後遺症を残し、苦悩しあつた仲で、文通とか電話でお互いに励ましあっていたようです。

それは、母が認知症になる前からで、発症してからも、連絡は続けていたようです。

相手の方は、母の認知症の進行を‘理解’していてくれたようで、それで、今回の再会が成功したようです。

母とその遠戚の方は、会えて感激の様子でした。

しかも、お相手の方は、今日が誕生日と言うのです。

偶然も、これだけ重なれば、奇跡です。

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コメント

泣けちゃいました。よい偶然が重なってよかったですね。
お母様うれしかったでしょうね。
あらまさんのような親孝行な息子を持てたこともshine

投稿: まさゆまま | 2008年4月20日 (日) 23時45分

まさゆまま さま、ありがとうございます。
母の言動に、相手の方が、うまく合わせてくれたので、再会もなんとかできました。
良家に生まれ苦労をしらなかった母にとって、父の脳梗塞は大きなシッョクだったのですね。
すぐに父の介護放棄をした母でしたが、母の当時の当惑ぶりが、この再会でよく分かりました。
久しぶりに、母の明るい表情をみました。

投稿: あらま | 2008年4月21日 (月) 11時16分

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