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電話は「強制」

使う電話

Photo タレントのタモリさんは、電話について批判的です。つまり、相手が何してようが、お構いナシに呼び出すのが「電話」というもので、こんな「失礼」なものはないということですね。小生も全く同じ意見です。

この場合は、社会生活でのパブリックユーズでの電話を指しているのではなくて、パーソナルユーズの電話を指している話です。ですから、会社の用事があれば、小生も電話を利用しています。

以前は、食事中でも、会話中でも、トイレ中でも、お構いナシに「電話」はかかってきましたので、小生は、家庭電話は、留守電にしていて、相手が判れば応対しています。つまり、こちらが何かしている時は、それを中断してまで電話に出ることはしないのです。

また、携帯電話も、自分用のものは暫くは持ちませんでした。皆が持つようになり、どうしても必要を感じてから持つことにしましたが、それでも、自分が電話を掛けるとき以外は電源を切るように徹底したところ、本当に必要以外の電話は掛かって来ません。また、メールの機能もやめてしまいましたが、まったく不便ではありません。(老眼が進んでいる小生には、携帯電話のメールは不便です)

ところが、電話を開放していると、常に電話の対応に心掛けなければなりません。それが乗じて、従属意識、帰属意識が刺激されて不安になり、常に互いに連絡を取り合っていないと気が納まらないようになってしまうようです。それが、相手の束縛へとなって、互いに暴力的になっていくようです。その一つの表れが、デートDV です。いまや、高校生の五人に一人の女生徒が、男生徒の暴力を体験しているそうです。

ところで、小生は、職種が「製造業」ですから、製造現場での勤務中は、外からの情報を断っていました。それが、現場から離れるようになると、事情は一変して、常に情報交換しなければならないような立場になり困惑しました。

そこで、電話の開放は止めて、自分なりのシステムを作って実践して以来、随分と楽になり、経済的になりました。

さて、携帯依存症が、家庭経済を破綻していると言います。つまり、子供の給食費を払わなくても、子供の携帯電話代は払っているという珍現象が当たり前になっているようです。ですから、電話に左右される生活ではなくて、電話を取捨選択して使う生活スタイルにする必要があると思います。

そういうわけで、最近は、アマチュア無線が復活しているようです。互いに時間を決めて交信する。他人に聞かれていても構わない。ほとんど金が掛からない・・・。それが、魅力に感ずるというのですから、不思議です。

* イラストは、みゆなtown さまから借用しています。

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コメント

ケータイは便利な反面、いびつなコミュニケーションが加速されてるような感じがします。

あらまさんが仰るように依存症の束縛がふえてDVが多くなってきてるし、
ある家族の話では家族間のコミュニケーションが
メールでできるようになったと喜んでる次第です。

アホかと言いたいですね。
家族の会話は直接やってこそじゃないでしょうか。

私もケータイは好きじゃないです。

投稿: jinmu | 2008年3月 5日 (水) 15時02分

おぉ、jinmu さまも、「ケータイ好きじゃない派」ですか。それは嬉しい。
実は、小生がそういうことを言っても、理解してくれる人はいませんでした。
家族の間でも、「時代遅れ」の烙印を押されてしまったのです。
そこで、ブログにUPしてみたのですが、誰も賛同してくれないと思っていました。
ところが、同意してくれることがいて、嬉しく思いました。
どうも、最近、自分の考え方が、社会生活と乖離しているのではないかと、不安に思っていたのです。

投稿: あらま | 2008年3月 5日 (水) 16時47分

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