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病院で死ぬということ

畳の上で死にたい

ちょいと、ブラックな話題です。

本日は、小生の就職上の保証人という人が、危篤というお話です。

その小生の保証人という人が、今、末期癌で危篤状態が続いています。

危篤ということですから、病院での点滴で生命維持がされていて、動かすことはもちろん、自宅へ「移動」だなんて考えも及びません。

しかし、死にそうになったり、何回も持ち直して、ときどき意識があります。その意識があるときに本人が「帰宅」を強く願望するようです。

しかし、しかし、癌と戦い抜いて、体はミイラのようで、立つことはもちろん 姿勢を維持することすらできません。しかも、体中に点滴などのチューブに繋がれていて、病院の病床から離れるなんて、とても不可能です。

しかし、しかし、しかし、どーしても家に戻りたい。

しかし、しかし、しかし、しかし、その長男は、帰宅なんて考えられません。そんなことをしたら死んでしまいます。少しでも、一分でも、一秒でもこの世にいてもらいたい・・・。それが肉親としての、子供としての素直な気持ちでありましょう。

しかし、しかし、しかし、しかし、しかし、その本人の奥さんは、少しでも意識があるうちに一度家に帰って、出来れば、畳の上で往生させてやりたい・・・。

そこで、その奥さんは、一計を企てました。ほんの僅かな時間でもいいから、医師や長男の反対を押し切って、夫を病院から出させて家に戻そうと。

そこで、奥さんは小生に白羽の矢を立てたのです。小生は、危篤で伏せているご本人に職務上での保証人になってもらっています。また、介護車両の仕事の経験もあります。その資格もあります。

そこで、奥さんは「主人が死んでもいいから、一度家に帰す」と、何回も病院側に訴えて、ようやく外出許可を得ました。

そんな事情なんて知らない小生が、ある休日、家でゴロゴロしていた時です。

その奥さんに「今から、ちょいと旦那が家に帰るから、送ってってもらえないかね」と頼まれたので、ちょうど時間があったので、快諾してしまいました。

ところが、病床に行ってみると、ご本人は危篤です。バイタルチェックしたら最悪ではありませんか。動かしたら死んでしまいます。

でも、奥さんは「死んでもいいから、運んで」と言います。本人も奥さんも、一時帰宅に強い願望があって、医師もその願望に折れて許可を出していて、また、ご長男さんも仕方がない・・・ということで、ようやく一時帰宅と相成りました。

しかしです。動かして、チューブ類を外したら死んでしまいそうですよ。小生は、ちと躊躇しましたが、それでも移動をお願いしたいと言われてしまったので、その大役を引き受けることにしました。

その長男さんは「仕事があるから」と、中座してしまいました。きっと、見ていられなくなったのでしょう。

点滴やら酸素やら、チューブを外して、車椅子にのせて、それから小生の軽自動車に乗せて、5キロほど離れた自宅に帰りました。

家の玄関につくと、高い 上がりかまち が待っていました。仕方がないので、小生は一人で、40キロほどに痩せた体を抱きかかえて、自宅のベットに寝かせました。

それから、しばらく、自宅での夫婦水入らずの時間が流れました。

しかし、奥さんが危篤の病人にゼリーを飲ませたらしく、嚥下が出来ずに苦しみだしたので、急いで病院に戻りました。

病院に戻ると、すぐに除痰などの処置をして持ち直しましたが、病人も奥さんも一時帰宅に‘納得’した様子です。

本当に死ぬところでした。

病院に戻ってきた時、その様子を見ていたご長男さんは複雑な気持ちのようでした。

しかし、車窓から満開の桜を見ることが出来て、本人は満足そうでした。

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コメント

読んでいて涙が出ました。weep
家に帰りたい、と言うその方の気持ちがよくわかります。
その気持ちをわかって実現してあげた奥様に強い愛情を感じました。heart01
私も両親がもしそう願ったら、そうしてあげると思います。
あらまさん、大変だったと思いますが、いいことをしましたね。happy01
ゼリーをあげなかったらもう少し長くゆっくりできたかもしれませんね。
それだけ残念に思いました。sweat01

投稿: にこりん | 2008年3月28日 (金) 16時39分

にこりんさま、コメントをありがとうございます。
本日もお見舞いに行ってきましたが、危篤状態は続いております。
外出が影響したらしく、以前より悪化したと思います。
ご病人のお姉さまというお方に会いましたが、その方も一時帰宅には強く反対しておられましたので、強い視線が小生に刺さっていることを感じました。
しかし、ご病人の奥様からは非常に感謝されております。
一時帰宅中に、意識がハッキリして、自宅の窓から外を眺めることもできましたし、また、自宅のテレビを見ることも出来ましたし、なんと会話もできたのです。
さらに、車窓から満開の桜を眺めることもできました。
途中、桜花の枝振りのよいところに停車したところ、じっと暫く眺めていました。
そんなこともあって、ご本人も奥様も思い出を作られたと思います。
しかし、家族の本心からの同意でないということは、やはり、まずかったかな・・・と思いました。

投稿: あらま | 2008年3月28日 (金) 21時26分

うーん
なんとも言いようありませんね
私の祖母もそんな状況でしたが、おやじはけっこうがんばっていました
母はだいぶ反対でした
私が中学校の頃でした

投稿: 佐為 | 2008年3月28日 (金) 23時43分

私がこの方の娘なら、希望どうり家へ帰ることが出来てうれしいです。桜も見ることができたなんて・・。
私は父も母も亡くしましたが。どんなに尽くしても亡くなってしまうと、何をして欲しかったのか、もっと何か出来なかったのかと自分を責めてしまいます・・・。ちゃんと本人が希望を伝えられ叶えられたことは、後々家族が救われることになると思います。
連れていかなければ奥様がずっと辛い思いを抱えることになっていたと思います。
お二人の時間が作れて本当によかった。

投稿: まさゆまま | 2008年3月29日 (土) 06時02分

佐為さま、貴重な体験をありがとうございました。
確かに、それぞれが逆の立場ですので、考え方も違うと思います。
小生も、何人かの肉親、親戚の臨終に立ち会いましたが、医学が進んだ今、どの状態がベストなのかは今でも悩むところです。
しかし、それでも自分の家で家族に囲まれながら死を迎えることは、多くの人の希望ではないかと思います。
また、子供たちにとって、祖父母の死に立ち会うということは、最高の家庭教育の瞬間だと思います。

投稿: あらま | 2008年3月29日 (土) 10時27分

まさゆまま さま の このコメントに、小生は救われた思いです。
ありがとうございました。

投稿: あらま | 2008年3月29日 (土) 10時29分

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