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不信心

素直に祈れない

最近、葬式や法事に列席する機会が多くなりました。

そのとき、仏式なのでお経を唱和することがあります。

そして、お経も終盤に差し掛かりますと、飽きてきます。もう、故人を偲ぶというよりも、早く終わらないかなぁ・・・というのが正直なところです。

ところで、幼い頃から『般若心経』とか『大悲心陀羅尼』なんてのを聞いていますと、意味なんてものよりも「音」で覚えてしまいます。

ですから、般若心経も、もうすぐ終わるころに登場する、「ぎゃーてぇー、ぎゃーてぇー、はぁーらぁーぎゃーてぇー」というところになると、嬉しくなって大声を張り上げたものでした。

そんなある日、小生が小学生の頃、お坊さんが親戚一同の前で『大悲心陀羅尼』を読経していたことがありました。恐らく、誰かの法事だったと思います。

読み始めて間もなく、「クーリョークーリョー モーラークーリョークーリョー」という箇所があります。

そこを酒に酔った伯父が「クーリョークーリョー カーネークーリョークーリョー」と、やっていました。

静岡には、モノを要求する時に言う「くりょー」という方言があります。「これをください。」というときには、「これ くりょぉー。」といいます。男性言葉です。

ですから、伯父の読経を聞いた小生は、思わす噴き出してしまいました。

それ以来、『大悲心陀羅尼』を聞くだびに、あの伯父の様子を思い出してしまいます。

それ以来小生は、一生、お経の際には故人を偲べなくなってしまったわけです。

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