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否定されている道徳教育

山崎正和氏に辞任要求

毎週水曜日の『静岡新聞・論壇』は、小生のお気に入りです。政治評論家の屋山太郎氏が執筆担当をしているからです。

きょうのお題は「教育再生会議と中教審のズレ」というもの。副題は「見送られた道徳の教科化」「人のありよう教えるべき」とあります。

内容は、中央教育審議会の会長である 山崎正和 氏 (劇作家) が、教育再生会議が提言している道徳の教科化を反対しているというのです。山崎氏は「子供には遵法を教えれば良く、道徳とか歴史は教える必要はない」と言っているそうです。

屋山氏の記事によりますと、「英国が教育の荒廃から立ち直ったのはサッチャー首相時代に『道徳の教科化』と『バウチャー制度』を取り入れたから」といいます。バウチャー制度とは全生徒に学費を支給して自由に学校を選べるというシステムです。

そこで、今の公立学校の様子を見ますと、教育の荒廃が甚だしいです。その対策に焦眉の急を要するところです。

ところが 山崎正和氏は、雑誌などで「道徳教育不要論」を展開し、「学校の徳育は『遵法の精神』を教えれば事足りる」と述べているそうです。そんな 山崎氏に対して 屋山氏は、中教審の会長には全く不適格な人物として、辞任を要求しておりました。

小生も、法を守ることだけが、人の在りようではないと思います。今は、親も先生も「友達」だと思っている子供が多いですネ。そうした基本的なところから、教育を再生させる必要があると思います。

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教育」カテゴリの記事

コメント

お邪魔します。
屋山太郎氏は,私はあまり好きではありませんが,「子供には遵法を教えれば良く、道徳とか歴史は教える必要はない」には賛成できませんね。
ただ,この記事で あらま さんが書かれたことには100%賛同しますが,では具体的に何を教えるか,となると,おそらく少しずつ意見が食い違ってくると思います。
そのあたりを,公教育としてどう収まりをつけるかというのは難しいところだとは思います。
この問題は,あまり突き詰めると行き詰まってしまうので,ほどほどのところで現場に任せるしかないのかなと思います。
と,言ってしまうと,「日教組が云々」という意見が出てきそうなので,最後はやはり学校任せにしない家庭での教育が大事なんだと思います。
それぞれの家庭で教育方針が異なるのは,別に不健全なことではないと思いますので。

投稿: WontBeLong | 2008年1月16日 (水) 21時56分

答えは簡単 山崎正和氏に道徳教育すればいいんだ
徳育を受けなかったというのはかわいそうなことですね

投稿: 佐為 | 2008年1月16日 (水) 22時40分

WontBeLong さま、コメントをありがとうございます。
もちろん、家庭での道徳教育は必要で、その家庭に見合ったものであることは当然だと思います。
問題は、学校で道徳を教科化した場合、何を手本とするかです。
論語でも、仏教でも、キリスト教でも、創価学会でもダメなんでしょうね。
戦前の「修身」なんてのも、反対されるでしょう。
道徳教育にふさわしい教科書の内容とは、いったい何でしょうか

投稿: あらま | 2008年1月16日 (水) 23時31分

佐為さま、「三つ子の魂、百まで」といいます。
山崎正和氏に道徳教育を施すには、ちと手遅れかもしれません。
やはり、早急に辞めてもらうしかないでしょう。

投稿: あらま | 2008年1月16日 (水) 23時34分

 お邪魔致します。
 道徳は授業にあったのですが、何を習ったのか覚えていません。
 ただ、
 『人の物を盗んではいけない』 
 『陰日向があってはいけない!お天道様はお見通しだ。』
 『嘘をついてはいけない!嘘は泥棒の始まりだ。』
 『悪いことをしたら、謝らなければいけない』
 等を先生か親か両方かに言われたのは覚えています。
 後、高校の倫理社会の先生の言葉だけは覚えています。
 『常識に生きるな、健全に生きよ!』
 これはめざしたいと思うのですが、この「健全」こそが道徳なのでしょうね。
 少なくとも「遵法」は、道徳を身につけないと「法文」の隙間を抜ける事ばかり考えるようになると思います。・・・この輩が既に世に叛乱しています。
 ウダウダと失礼致しました。

投稿: tono | 2008年1月17日 (木) 17時35分

tono さま、いらっしゃいませ。
コメントをありがとうございます。
遵法は、‘道徳’以前の問題です。
教科書に載せる‘徳目’を選定することは、たいへんな作業だと思います。
しかし、どうしてもやり遂げなければならないと思います。
「悪いことをしない」「常識・理性的な行いをする」なんていう次元ではなくて、「健全に生きる」「創造的に生きる」というような、一歩前向きな‘徳目’にすべきだと思っています。

投稿: あらま | 2008年1月17日 (木) 17時57分

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