大切なのは‘自分’
母は「要介護 1」の認知症の 75才です。小生らとは別棟で暮らしています。
小生の母は、昔から「被害妄想」的な「作話」をする性格でした。それが、 15年前に亡父が脳梗塞で倒れた時に「発症」しました。最初に母の異常に気がついたのは、父の担当医でした。病院の亡父に付き添う母の様子がおかしいというのです。結局、父の介護には家政婦さんを頼みましたが、家政婦さんともケンカをしてしまい、周りの人たちとも対立してしまい、結局、母の強い希望で、入院中の父を家で介護することになりました。
しかし、父を家に連れてきたものの、母は父の介護はしません。結局、小生の家内が介護することになりました。しかし、小さい子供を抱え、重度の障害を抱えた父を看るのは家内には相当なストレスだったでしょう。
ある日、父の介護の間に、家内が友達の家に行きました。それを見た母は、家内の友達・親戚じゅうに電話をして、家内の悪口をまくし立てました。その内容は、まったく事実無根なもので、母の被害妄想が昂じたものでした。恐らく母は、家内が母の悪口を触れ回っていると思い込んだと思います。
それにショックを受けた家内でしたが、頑張り通しました。父にとっては二年半の在宅介護でした。
さて、父が亡くなった後も、母の妄想はひどくなるばかりです。「物がなくなった」「誰かがいる」なんて言っては、家内を母のものを盗んだ犯人だと断定して、家内の友達や親戚に触れ回っていました。
小生も母にとっては‘犯人’のひとりで、小生の会社にも母は電話して「息子が私の財布を盗んだから気をつけて・・・」なんて言ったようです。
これでは‘同居’は困難と言うことで、母を残して小生らはアパートに‘避難’しました。そのときは既に、家内は母には疲れ果てて、再び同居することは考えられない状況でした。
そしたら、小生も交通事故で首に重症を負い、暫くの間、休まざるを得なくなりました。
多少、小生も回復したところで、「介護」を理解するために、夫婦そろって、ヘルパー 2級の講習を受けて資格を取得しました。併せて、小生は 福祉住環境コーディネーター 2級も取得しました。
その講習期間に、母は、布団のへりで滑って転倒し、骨折しました。寝た切りになり、床ずれになりましたが、家内は母の介護をしません。結局、私が看ましたが、その間に、母の認知症は進んだようです。
そんなこともあって、現在では、同じ敷地内をそれぞれ別棟で住んでいますが、そのことは、互いによかったようで、母は寝た切りから脱出しました。自分のことは自分でしなければならない状況が、ある種の緊張感を与えて、母の認知症の進行を遅らせているようです。
いまでは、身近な人の認識も薄れてきていますが、ある程度は自立しています。
ところで、家内が母の介護をしないのは、母を憎んでいたからと思っていましたが、そうではなくて、家内は医師や専門職とキチンと相談していて、母の自立のために敢て何もしなかったということが、最近分かりました。
小生自身も、介護をする側、される側を体験し、「認知症」をある程度、理解できるようになりました。
しかし、何と言っても、家内の頑張りには頭が下がります。大切なのは自分。介護を放棄するぐらいの気持ちにならなければ、介護を続けることは出来ないようです。
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