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ガンダム石碑

人間は戦争好き

はやくも甥っ子が、東京から帰省してきました。地元でバイトを探すといいます。最近は、都会よりもイナカのほうがいい仕事があるというのです。

さて、その甥っ子はゲームソフトと一緒に帰省してきたので、他の子供たちは大喜びです。さっそくゲームに興じています。

ところで、最近のゲームのキャラクターは、本物と見間違えるほどの滑らかな動きで、質感もあります。さらに、流血シーンなどは目を覆うほどです。

こんなゲームをしているので、残酷な犯罪が増えるものだと思ってしまいました。

そんなとき、かつて訪れたことのある「ガンダム石碑」を思い出しました。

戦死してもリセットボタンで生き返るゲームのキャラクター・・・。今の子供たちは「戦死」を問うことさえしないかもしれません。

そんな小生も、小さい頃は模型のタンク(戦車)を作ったり、友達のGIジョーを借りて遊んだものでした。

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コメント

子供は残酷ですよね。
子供のころ、ヤモリをいじめたことがあります。
火のついたお線香をヤモリに近づけるふりをして
ヤモリがこわがってるのを面白がって見てました。
今考えると、すごくヤモリがかわいそうで・・・。
ひどい子だったと思います。
きっとあのヤモリ私を恨んでるでしょうね(><)
・・・今のこどもたちって、こういう生の残酷なことって経験ないんじゃ?
みんなでヤモリいじめてたらイヤですけど・・・。

投稿: まさゆまま | 2007年12月22日 (土) 02時02分

男の子の戦争モノ好きは人類のDNAかもしれません。
しかしPCゲームは注意しないといけないですね。
私も一時期ゲームにはまり、マイクロソフトが出してるゲームをしたところ、
民間人が出てくるのですが、この人たちが生産性を高め、
国力を増大して他国を征服する武器などを生産できるキャラクターです。
この民間人がゲームの進行上他国の兵隊達に殺されるのです。
私はそれを潔しとせず当初は、軍人とだけ戦っていましたが、
後からは民間人も殺すようになりました。
ゲームの性格とはいえ大人の私でさえ、
民間人を殺す事をするゲームの恐さを改めて知りました。
何らかの規制を加えたほうがいい分野ですね。

投稿: jinmu | 2007年12月22日 (土) 04時14分

まさゆまま さま、小生も何匹の虫や動物を殺したか分かりません。でも、子供が小動物に興味を持つことは極めて‘正常’ですよね。
以前、死んだカブトムシを見て「電池が切れた」と言う子供たちが話題になったことがありますが、そうした世代が親となっている世の中です。
本物の小動物と触れ合う機会は、子供の成長にとって大切だと思います。
後日、命に対して罪悪感を持つことができ、改めて命の尊さを知ることが出来ますものね。
もうすぐ、クリスマスです。「神よ、許したまえ。アーメン・・・」

投稿: あらま | 2007年12月22日 (土) 07時40分

jinmu さま、「ホリエモンの人生ゲーム」なんてのもありましたね。あのゲームで学ぶものは「拝金主義」です。
ところで、甥っ子の話によれば、女性を拉致して監禁するゲームとか、自殺ゲーム、殺人ゲームとかがあるといます。
そういえば、「たまごっち」が売り出されるとすぐに女子高生の間で、たまごっちを育てるのではなくて、ストレスを与えてはやく殺してしまうことを競うことが流行し、問題になったことかありました。
‘個室’のなかで何が行われているのか・・・子供の行動が心配になります。
家族全員で楽しめるゲームんがいいですネ。

投稿: あらま | 2007年12月22日 (土) 07時48分

そういえば挨拶を忘れていました。あらま様、これからしばしば訪問させていただきます。
子供の残虐性は気づいてみるとものすごいですよね。まゆさまま様、むしろ私たちの世代の方が、残酷性を増して生の残酷を行っているかもしれません。と言うのも、蛙やトカゲを捕まえて、手足を引きちぎってみたり、口にクラッカーを突っ込んで煙に苦しみ、最後に破裂して死ぬ様を楽しんでみていた友人がいます。志望校は違えども今共に受験中であります。
ゲーム上の残虐性が何故こんなにも明白なのか、自分なりに考えました。「生存系」シミュレーションゲームにおいては、自分の発展こそは相手の衰退と同値なのです。ですから、最終的に相手の死を望むようになるのは明白ですね。そして、売れるようにするためにはその描写をさらに過激にしてみたりするのです。
子供がこのようなゲームをやる上での問題点は、現実には、「生存系」シミュレーションにあるような相手の発展が常に自分の死と結びつくような場面はそうそう無いにもかかわらず、このようなゲーム内の極限状態を現実世界とオーバーラップさせて考えてしまうかもしれない事態です。ゲーム内の世界は完全にホッブズが示す万人の万人に対する戦争状態でありますが、社会は契約のもとにその個々の戦争を放棄した上に成り立っているわけで、ここを子供がミステイクすると恐るべき事態が青年社会に実体化することになります。つまり、ホッブズ的戦争状態の社会への現出であります。
現在でも、他人の不利益となることを自明として自分の利益を無限に追求するホッブズ自然状態的個人はある程度存在する(モンスターペアレンツやまあいじめ集団の典型的な形である)わけですが、これが社会の常識となったとき、社会契約や法体系は消滅し、それこそ公の危機となるでしょう。自分がそうならないように自制しつつ受験勉強に精を出す一高校生でした。

投稿: ある高校生 | 2007年12月22日 (土) 11時30分

ある高校生さま、大論文をありがとうございました。
ホッブスといいますと、 17世紀のイギリスの大学者ですネ。彼の考え方は人間の本性を悲観的に捉えているようです。確かに人間は、欲望と自制の間で生きているようです。
しかも、相手の不幸を見て快感を覚えるという残酷な面を人間は持っているようです。
それを道徳教育で制御しようとするのですが、こうしたゲームや DVD映像などは、人間の残虐性を助長するばかりです。
こんなメディアが氾濫していてよいものか、考える必要がありますね。
どうか、ある高校生さま、大学にすすんで、更によきリーダーとして、この世を善導してください。

投稿: あらま | 2007年12月22日 (土) 15時23分

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