新年へのカウントダウン
その瞬間
もうすぐ新年です。既に、カウントダウンが始まっております。
新年のカウントダウンといえば、ディズニー・リゾート。そして、東京お台場。その辺りが恋人同士のカウントダウンの場として有名ですね。
ところで、「恋人」という二文字が化石となっている小生らであります。
小生は今年までは、仕事でなければ、子供たちと一緒に菩提寺で除夜の鐘を鳴らしたあと、神社で初詣をし、天気がよければ、海岸に行って初日を拝み、初練習をしたことがありました。しかし、来年からはそんなことをする必要もなくなり、どうしようかと思案に暮れています。まぁ、考えるまでもなく、酔っ払って寝ちゃっているでしょうね。
家内といえば、テレビでジャニーズを観ながらカウントダウンを迎えるという至福の時を迎えるでありましょう。さらに、近くのスーパー銭湯では、カウントダウン・サービスをするということですので、そこの大画面のテレビを観ながら新年を迎えることを目論んでいるようです。
今年、定年退職した先輩は、今回は洋上で奥さんと一緒に新年を迎えるそうです。結婚 30年を超えてもラブラブであります。
近年、元旦のその瞬間を、縄跳びで飛ぶように空中で迎えるのが流行しているそうですね。
小生がそんなことをしたら、転んでしまうのがオチであります。新年早々、病院のお世話になるのはイヤですから、布団の中で、スヤスヤと新年を迎えることにしましょう。
娘たちは、拙宅で友人らとカウントダウンで飛び跳ねた後、県庁の展望台で初日の出を迎え、バルコで福袋を買う予定なんだそうです。
末っ子は、台所でカウントダウンをするといいます。既に家内の許可を得ています。そこで何をするのかナゾであります。
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コメント
えっ!ジャンプして空中で迎えるのって流行なんですか?
それは知りませんでした・・。
我が家は、沖縄に越してきたときからやっているので・・。6.7年はこのスタイルですが・・・。
投稿: まさゆまま | 2007年12月28日 (金) 01時55分
おはようございます。
私のカウントダウンは恐らくTVを見て、過ごすだろうと思います。
毎年の恒例みたいなものです。
独身オヤヂの悲哀を感じる時ですね。
で~もその後は彼女と初詣です。
ということで差し引きゼロですね。
でもあらまさんの先輩は凄いですね。
奥さんと洋上で年越しなんてうらやましいです。
投稿: jinmu | 2007年12月28日 (金) 03時57分
まさゆまま さま、「ジャンピング越年」は、沖縄が発祥でありましょうか。
子供たちに聞いたところ、ニューヨークが最初だと言うことでしたが、それより前にやっていたのですね。
世界の最先端を走っていますね。
投稿: あらま | 2007年12月28日 (金) 08時22分
jinmu さま、小生も定年退職したら、豪華客船で世界一周をしたいのですが、年金が怪しいので思い悩んでしまいます。
jinmu さまの元日は、ヒメタタライスズヒメとご一緒ですか。羨ましいです。
投稿: あらま | 2007年12月28日 (金) 08時30分
今年も終わりますねぇ。飛び跳ねる予定はないですが、カウントダウンは家族と一緒に居間の机を囲んでやる予定です。その前の大掃除がつらいのなんのw毎年作ってくれる、親父のそばが楽しみです。
では、よいお年をー。
P:s 人間はほんとに分類することが好きだったんですねえ。去年、と今年、と分けてみても、何か時次元的に変わるわけでもないのに。これも自然を理解するための無意識なる人類の営みの証明でしょうかね。
そうなのだとしたら、その様な何かを理解しようとする人間特有(おそらく)の性質が、近年は全く薄れているような気がしてなりません。
理解しなくても、あるから良いや、できるから良いや、あるいは、何故、と感じるのもめんどうくさい、とか言う友人が多くて、何か人間らしさ、が揺らいでいるような、動物や植物との根本的な差異、つまり探究心あるいは高次の思考能力、のようなものが、現実の人間社会で意味を失いつつあるような気がしてなりません。
理解しなくて不安にならないのは何故なんでしょうね・・・。都合の悪い事実を認めようとしていないのでしょうか?都合が悪かろうが好かろうが、それが実際に事実であるなら消滅するはずが無いし、それがまだ理解できていないものならば、理解したいと思うのは俺が変だからかなあ・・・
投稿: ある高校生 | 2007年12月28日 (金) 13時02分
ある高校生様、コメントをありがとうございます。
時を刻んだり、区切りをつけることが出来るのが人間の特徴ではないでしょうか。
毎日を惰性で生活するよりも、新たな気持ちに切り替えて、与えられた時間に感謝するので「おめでたい」と言うのだと思います。
・・・なんてことを、お友達にしていただいている ふくろMAN さまから教えていただきました。
暦が普及していない昔は、新年をもって、皆が年を一才とりました。これを数え年といいます。これも、元旦の一つの利用法です。
室町時代に生きた一休和尚のように、「門松や 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」という人もいます。天皇の子供であつた一休さん。当時は、天皇の血が流れているという理由で、殺されたり流されたり、出家させられたり・・・たいへんな時代であったそうです。
そういうわけで、正月に対しても、人それぞれ考え方は様々ですね。
投稿: あらま | 2007年12月28日 (金) 16時24分