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沖縄戦教科書検定問題

文民統制について

沖縄県民の強い要望で、日本の歴史教科書の沖縄戦の記述が、元に戻る方向へと動き出したようです。

従来の歴史教科書の記述は「自虐的だ」とする「新しい教科書をつくる会」のメンバーらが中心となって、日本の歴史教科書の沖縄戦に関する記述に修正を求め、検定委員らがその意見を取り入れて修正したのが問題の発端です。

小生は、過去に大江健三郎氏の著書を読んだことがあり、最近になって曽野綾子氏の著書とも読み比べてみました。そうしてみますと、「つくる会」の主張のほうが正しいと思いました。

実は、沖縄戦の記述に関した問題は、今回が初めてではありません。今回と同じことが 1984年にもありました。1981年度の高校の歴史教科書から「約 800人の沖縄県民が日本軍に殺害された」という箇所が削除されたことがありました。しかし、沖縄県民の強い反発で元の記述が復活したのでした。

このようなことが繰り返されても、「沖縄県民の自決は、日本軍の関与があったことは認めながらも、それを命令したという証拠はない」とする文部科学省の姿勢は崩れていません。

どうして政府がこうした姿勢に拘(こだわ)るのか。文科省は、政治が教育に関与してはならないと説明しておりますが、現実的に政治が教育に強くかかわっておりますから、そんな説明には納得できないでしょう。やはり、軍が命令したという教科書の記述が、文民統制教育に悪影響を与えると思っているからなのでしょう。ひとたび有事になった場合、文民をきっちりと統制できないと、悲惨なことになってしまうだろう・・・という危機感が従来からの政府にはあるからだと思います。

確かに、戦いに勝つには、メンバーの心が一丸となっていなければなりません。それは、実際のスポーツでも戦争でも同じです。ですから、国民が一丸となって国を守るという意識を育てようとする政府の姿勢には理解できます。

そこで、戦時中に軍隊が自国民を殺害したということを明らかにすると、自国軍に対する信頼が薄れ、いざという時に、国民がまとまらないという懸念を政府が持っていたとするならば、それは誤りだと思います。

実際に沖縄県民の 1/4の人が亡くなったという沖縄戦では、沖縄のひとはよく戦いました。鉄血謹皇隊という少年隊は半分が亡くなりました。一昨年、実際に沖縄に研修に行く機会を得たので、沖縄の史跡を回って歩きました。すると、それがよくわかのます。

また、沖縄というところが悲惨な歴史を繰り返していて、それが今も続いていることも知りました。

「どうして、沖縄だけが・・・」。こんな思いでありました。

小生は、当時の陸軍官僚が卑怯であつたと思います。彼らに勇気がなかったので、結局、兵士や一般の国民にまで塗炭の苦しみを与えてしまった。

これは沖縄だけでなく、日本国全体の問題であると思います。一握りの「官僚」が陛下の意思に背いてまでも、自分の体裁だけを気にして行動していたのでした。

それが、悲惨な運命を招いてしまったのです。

だからと言って、国を守るために戦うことが悪いことではないことを、明確にすることが大切だと思います。

でないと、あのようにして亡くなった人たちは、未来永劫に浮かばれないと思います。それを現場の指揮官だけに責任を転嫁することは、やはりおかしいと思うのです。

いつの間にか、責任の矛先(ほこさき)が、変えられてしまっているようです。

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