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「道徳」の教科化、見送り

中教審の方針

安倍首相が目指していた「道徳」科目を、正式教科に格上げすることが流れてしまったようです。

マスコミの報道によりますと、「正式教科の要件である国の検定教科書や数値評価が道徳教育になじまない」のが、その流れた理由なんだそうです。

その代わり、指導内容の充実を図ることで対応するようです。

昔の「読み・書き・そろばん」の時代では、論語の素読、筆写が「教科」でしたので、字を覚えながら徳育もあわせて教育されておりました。

したがって、これからの道徳教育も国語の教科内容にリンクさせる方法も検討するように、小生は何度も内閣府に提案していますが、反応がありません。

もっとも、今の内閣府は「開店休業」ですから仕方ないか・・・。

正直なところ、たくさんの考え方がある現代で、なにが本当に正しいことなのか、先生方でも分からないと思います。

税金や年金をドロボーしたり、既得権益に固執している「官僚」が、道徳教育を審査しているようですので、いよいよ何が道徳なのか、大人でも分からないようですね。

普遍的な道徳の価値観なんてあるのでしょうか ?

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コメント

道徳教育は学校が行える躾の一環だと思います。
今のような経済優先主義や拝金主義が横行してる世の中には特に必要だと感じるのですが。

日本は宗教のバックボーンが欧米やイスラム諸国に較べて無きに等しいですので道徳教育は日本人のバックボーンを形成する上で必要だと思います。

躾や道徳は人として生きるうえで最低のマナーを身につけさせることですよね。

これを言い出すとサヨクの連中がすぐ戦前への回帰だとか戦争を思い出させるとか言い出します。

この連中の頭の中をなんとか変えられないですかね。

投稿: jinmu | 2007年9月19日 (水) 12時37分

jinmu さま、毎度であります。
もっとも、日教組のセンセがたに、道徳の授業をせよ・・・と、言っても無理な話ですネ。
まず最初に、センセイを「なんとかせにゃあかん」ですね。
以前は、和尚さんが、彼岸の時など、檀家に回って仏教のお話をしてくださいましたが、いまの坊主は葬式仏教で、それで儲けた金で「カンザシを買って」います。
つまり、道徳を教える人がいない。
jinmu さまこそ非常勤講師として、職人さんの立場から道徳を熊本の子供たちに教えてあげてください。

投稿: あらま | 2007年9月19日 (水) 13時40分

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