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静岡県護国神社 - 2

歩兵第34連隊

静岡県護国神社の杜の中には、歩兵第34連隊を偲ぶものが見受けられます。

まず、この部隊について説明しますと、明治31年静岡で編成された部隊で、日露戦争で名を馳せた軍神・橘中佐がいた部隊として知られています。そして、終戦までの8年間を中国大陸で戦い続けた部隊でもあります。

○ 岳南神社鳥居 (説明文より)

この鳥居は駿府城跡の元静岡歩兵第34聯隊内に鎮座した岳南(がくなん)神社の鳥居です。
数万の聯隊兵士はこの神社で武運長久と戦勝を祈願して、出征しました。
特に兵士の素朴な願いと、心のよりどころの神社でありました。
昭和20年戦いが終わり駿府城跡内も一変し、新時代の姿に衣替えをすることになり、仲町及地元世話人有志により、此の処(静岡県護国神社境内 = 著者・注)に終戦30周年を記念して移築されました。

○ 献木 品種 ろう梅

元歩兵第34連隊旗親授100周年記念
平成9年12月吉日
元歩兵第34連隊生存者一同 (34会戦友会)

この他に、静岡市の中心にある駿府城のなかに、「歩兵第34連隊跡の碑」があります。

さて、この第34連隊の様子が、昨日、NHKのテレビで放送されました。小生も見ましたが、本当は、放送では語れないほどの悲惨なものであったそうです。

Photo 放送では、服部卓四郎 大本営陸軍部第二課長(作戦課 - 写真)の無謀な計画と命令が、悲惨な結果を招いたと結論づけているようでした。

第 34連隊、総勢 4102人のうち、2025人がこの強行軍で戦死。戦死した 8割り近い人たちは、病や自殺で亡くなったと、番組のナレーションでは説明していました。

この、服部卓四郎というひとは、戦後 1952年に当時の吉田首相の暗殺を企てた トンデモ 人間のようです。

ただ、こうした放送をNHKがすることに、疑問を感じました。

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コメント

静岡34連隊はすごい連隊で、静岡県民の本当の心の強さと人としての熱さがわかる軍隊だと思います。自分も静岡に生まれて誇りに思います。!

投稿: みつる | 2014年1月13日 (月) 02時27分

みつる さま、いらっしゃいませ。
コメントをありがとうございました。
NHKのこの報道では、静岡34連隊は軍事官僚の犠牲になったという言い方です。
しかし、みつる さまの仰るように、「勇敢」な連隊であったと後世に残すべきでしょう。

投稿: あらま | 2014年1月13日 (月) 15時22分

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