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芙蓉部隊

特攻を拒否した部隊

終戦記念日が近づくと、新聞紙上でも戦争の話題が多くなります。

今朝の朝刊では、静岡にゆかりのある、旧日本海軍・芙蓉部隊をテーマにした創作劇「JUDY - 知られざる偉大な飛行部隊」が、25日から都内で上演されることが紹介されていました。

この演劇を上演するのは 劇団グーフィー&メリーゴーランド。この劇団を主宰する久世恭弘さん(42)が、BBC(英放送協会)の番組で部隊の存在を知り感動、脚本を書いたそうです。

「命令違反による死をも恐れず特攻を拒否し、正攻法で戦果を上げた部隊があったことに胸を打たれた」そうです。

以下、今朝の朝刊、静岡新聞の記事から引用します。

芙蓉部隊は太平洋戦争末期の昭和 20年初め、旧藤枝基地で美濃部正(愛知県出身)が編成した。隊の名は富士山の異名「芙蓉峰」から付いた。同基地は航空自衛隊静浜基地(大井川町)の前身になる。

劇では、美濃部少佐が新渡戸の名で登場する。

全員特攻で方針は決まっていたが、ここで少佐は「練習機に乗って攻撃しても、私が零戦一機で全部打ち落として見せます」と異を唱えた。特攻任務を解かれた芙蓉部隊はその後、正攻法や夜襲攻撃で戦果を上げる。しかし「卑怯者」「臆病者」の批判にも耐えねばならなかった。

(中略)

「忘れられていた部隊を取り上げていただきありがたい。いつまでも伝え続けてほしい」。戦友会、芙蓉会会長の槙田崇宏さん(82) = 静岡市清水区 = は会の仲間とらと舞台に駆けつける予定だ。

公演は 25日から 29日まで、新宿のサンモールスタジオで。

【芙蓉部隊】

美濃部正少佐が創設した夜襲飛行隊。急降下爆撃機「彗星」を主力に藤枝基地で練成訓練した。「JUDY」は英米のコードネーム。

部隊は昼夜逆転の生活をし夜間攻撃に適応。座学、図上訓練も徹底し練成の効果を上げた。ロケット弾頭や光電管爆弾など当時、最新鋭の兵器も積極的に取り入れた。

昭和 20年 3月に鹿屋(鹿児島)、5月には岩川(同)に主力を移すが、藤枝を後方支援基地とし、随時、要員を交代する現代的なシステムをつくった。昭和 20年 2月からの終戦の 8月 15日までの襲撃回数は 81回。延べ 786機が出撃し、戦艦など大型船 3隻を撃破した。

美濃部少佐は航空自衛隊創立メンバーの一人。平成 9年、85歳で亡くなった。

その頃、小生の亡父は、この藤枝基地で、予備兵として待機。体が弱く、丙種合格だつたので、志願兵でしたが出番がなかったそうです。お陰で、小生が生まれ、子孫が続いています。亡父は、あまり戦争の話はしたがらなかったので、どの部隊に所属していたのかは不明ですが、時期的にはこの「芙蓉部隊」とマッチしています。

【追加】

里村仁士さんのホームページによりますと、今年の 5月 19日に、大井川町の静浜基地でこの芙蓉部隊の慰霊祭が行われていたようです。

静浜基地のなかには、芙蓉部隊の記念碑があり、展示コーナーも設けられているようですね。

ちょうどその一週間前には、静浜基地で航空祭が行われていて、ブルーインパルスの曲芸飛行に歓声をあげていました。

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コメント

先日はブログにコメントをしていただきありがとうございました。あらまさんのブログで芙蓉部隊の話題を取り上げていただき、感謝しております。劇団の公演も無事に終了しました。来年も再演を行う予定です。静岡新聞には今後も掲載される可能性もありますので、ご注目いただけたら嬉しいです。

投稿: さとむ | 2007年8月 1日 (水) 17時55分

さとむ 様、コメントをありがとうございます。
芙蓉部隊のことは案外知られていないようですが、さとむ様たちの活動を通じて、少しでもたくさんの人に知ってもらえればいいな・・・と、思います。
本当に勇敢な人たちだったと思います。

投稿: あらま | 2007年8月 1日 (水) 20時22分

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