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なぜ、沖縄県民を批判する ?

東ティモールの独立にかんがみ

2002年にインドネシアから独立した東ティモール。いまでも経済不安から内戦が続いているようです。

それを見ると、経済貧国の独立には問題があると思いました。

しかし、民族国家が独立したいという気持ちは理屈ではありません。今もそれで、世界の各地で戦争が続いています。

その様子と、沖縄の様子とラップして思えてならないことがあります。

きょうは、そのことについて少し述べてみたいと思います。

べつに、沖縄の独立を煽っているのではありません。最近の、沖縄県民に対して異常とも思えるほどの日本国内からの批判について、懸念を表したいと思うからです。

沖縄という県は、27年間のアメリカによる統治を経て、1972年に日本に復帰しました。

どうして沖縄だけがしばらくの間アメリカに統治されたかというと、昭和天皇の希望であったようです。

そうして 27年間の沖縄は、アメリカの植民地ではなくて、沖縄県でもなくて、『沖縄中央政府』『沖縄民政府』と名称を変えて、1952年に『琉球政府』というぐあいに、独立政府という体裁でした。(アメリカは日本政府の主権を認めていました)

いまでも、沖縄県民の1/4が独立を希望しているというのですネ。(2005年の琉球大学法文学部の林泉忠助教授が行った調査による)

この独立気運が高まる時期は、米軍基地との紛擾が表面化する時期と符合しているようです。

沖縄返還の際のいわゆる「島ぐるみ闘争」も、実は米兵による事件・事故が発端のようです。

つまり、基地問題が解決すれば、沖縄は安泰なんだそうです。これは、実際に見聞しないとわかりません。

ところが、日本政府は安全保障上の問題からか、基地問題解決には消極的です。

海上フロート基地案なども浮上して実験までしましたが、それもダメ。小生から見れば、日本政府は沖縄の基地問題解決に、本気ではなかったと思わざるを得ません。

それでは、沖縄県が日本から独立して琉球国になった場合、近くにガス田を抱えている状況から、東ティモールの惨状とオーバーラップしてしまうのです。

もし、沖縄が独立したら・・・。

すぐに経済的困窮に陥るでしょう。

そして、周辺国が放っておくはずがありません。

おそらく、アメリカは極東の安全保障上の問題を理由に、琉球の占拠を継続するでありましょう。

もしくは、中国が資源を理由に侵攻してくるかもしれません。

いずれにしても、日本の海洋領域(領海)が大きく削られてしまい、漁業にも大きな打撃を被るでしょう。

しかし、何よりも、国家間のバランスが崩れて、不安定な状態になり、悲惨な闘争が継続することは明らかでしょう。

そうした意味では、琉球国の独立には反対です。

しかし、沖縄県民が、民族国家の建立を希望しているのなら、その意志を尊重すべきだと思います。

反対しても押し切るでしょうから。

こうした沖縄独立の問題は、ロシアのチェチェン独立問題とは本質的に違って、どちらかというと東ティモールの独立のほうと似ている気がします。

なぜなら、旧ソ連から独立した国とは違い、チェチェンはロシア内部の地方です。地方の独立は認めるわけにはいかない。ゴルバチョフがレーガンに、「もし、アラスカやハワイが独立を宣言したら君は認めるか ? 」という質問に、レーガンが返答に窮してしまったことは有名な話です。

では、沖縄は、日本の地方であるか・・・ ?

いまでは、すっかり沖縄は、日本の地方です。だから、独立を認めるわけにはいかない。それが普通の考え方だと思います。

しかし、東ティモールの独立のいきさつは、最初ポルトガルの植民地だったのが、オランダや日本の占領を経て、今度はインドネシアに占領されてしまったのです。それから民族が立ち上がって、独立を果したわけです。

沖縄の場合は、最初日本が負けて、日本がアメリカに統治された。日本は間もなく独立したけれど、天皇の希望で、沖縄はアメリカの統治が続いた・・・。そして、日本に帰属したもののあまり変化がない。

そうしたいきさつから、どちらかといえば、チェチェンよりも東ティモールの内情のほうが沖縄に似ていると思うのですネ。

経済的な理由も似ています。

そういうわけで、民族独立に反対を唱えても、それを認めるのが世界の趨勢であると思うのですネ。

アメリカが、世界各地の民族の独立にクビを突っ込んで、ことごとく、泥沼化しています。つまり、民族の独立は、民族の悲願であるのです。

ですから、かつての日本が、琉球が日本の領土であることを宣言して、事実上、琉球王朝の主権を奪ったのだから、それを取り返すことは問題ではない。

しかし、そうは言っても、いまではスッカリ沖縄は日本です。

もし、既成事実を理由に、沖縄の日本の帰属が正当なものと主張すれば、逆に、すっかりロシア人の生活が定着している北方領土、あるいはすっかり占拠されたままの竹島の領有権を、それぞれの相手国に認めなければならない。

そんなことは、絶対に認めるわけにはいかない。

そういうわけで、領土問題は杓子定規ではなかなか解決しない問題です。

そんなわけで、ハッキリいって、小生は、沖縄についても「わからない ! ! 」。

ただ、いえることは、主権にかかわる問題だから、譲るわけにはいかないですね。

いずれにしても、本土の若者が、沖縄県民の沖縄戦の体験から基づいた意見を批判することは、どう考えてもおかしい。他人の貴重な体験を否定することはできないはずです。

いくら言論の自由があるからといって、言ってよいことと悪いことがあると思うのです。

小生は、一連の平和運動については批判的です。しかし、だからといって、平和運動をしている人の人格は尊重するし、平和を願う気持ちは人間の本能だし、それは否定できない。(もちろん、同時に、人間の闘争本能も否定できない)

どんな意見であれ、相手を尊重する態度は必要だと思います。

あまりにも事実と乖離した意見には、誠意をもって質せばよいのです。

戦争を体験して、その不条理を訴えることのどこが悪いのか ? (こう書くと、平和主義者だと決めつける者がいる)

どうして、現実を受け入れて、バランスが取れた思考ができないのだろうか ?

極端に走ることは、日本人の悪い癖だと思います。

【追記】

昨日の産経新聞の『正論』には、沖縄県民の集団自決の記憶についての批判が記されていました。(現代史家 秦郁彦氏の記事)

つまり、幼少のころの記憶なので定かでない・・・と、いうことのようです。

小生の周りにも、小学生のころに終戦を迎えた人がたくさんいますが、戦争の記憶はインパクトが強くて、忘れたくても忘れることができないといいます。しかも、いつ聞いてもブレていない。

どうして現代史家の秦郁彦氏が「沖縄県民の記憶が曖昧だ」と断言できるのか。

注目する点は、「沖縄の人の復興を考えて、当時の日本兵上官が、実際には集団自決命令を下していなかったのに、命令を下したと証言した。」と、その一点だけでよいではないだろうか。

それを、平和団体が煽っているとか、お金欲しさの詭弁であると批難する人がいるが、それは沖縄の人を侮辱するどころか、ウソの証言をした元日本兵上官の心をも踏みにじるものです。

こうした発言は、慎みたいものです。

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コメント

あらま様
わたくしは出典を知りません。それであらま様の書いたことを読んだだけで書き込みます。
沖縄県民は独立したいのでしょうか?独立したいといいたいのでしょうか?
独立の可能性、独立した場合の問題点、独立していけるのかなど考えたうえで、独立したいといっているのでしょうか?
夢ならやめた方が良いといいましょう。
本気なら馬鹿だといいましょう。
今が苦しいから夢を見ているなら、あなただけが苦しいのではないといいましょう。
現実は厳しいからといいましょう。
あらま様でなく沖縄県民が独立したいとお考えで私の苦言に反論するならお受けしましょう。

投稿: 佐為 | 2007年7月 8日 (日) 06時21分

佐為さま、コメントをありがとうございます。
日本人の家系図をみますと、四家を通して天皇家と通じていることになっているようです。ホントかどうかは大いに疑問ですが、意識の上では、天皇一家です。ですから、小生も小生の子供も、天皇家を敬えなんて一言も言われなくても無条件で敬愛し、誇りに思います。
ところが、在日らは、そんな家系ではありません。なかには義務を果さずに、日本の制度を利用して暴利をむさぼっている在日もいます。
さて、沖縄の人も、朝鮮人と同様に、家系図を辿っても天皇家には行き着かないでしょう。
ですから、戦時中に皇国史観を強制されても素直に受け入れられなかったのは当然だと思います。
したがって、国民としての犠牲を払うときでも、本土の国民とは違った意識でありましょう。
しかし、沖縄の人も朝鮮の人も、戦争中は日本の国民として勇敢に戦った人がたくさんいます。
まず、そうした民族意識の違いが明確にあるので、沖縄県民の1/4が独立に賛成なのでしょう。
ちなみに、小生が住む静岡県人の中で、独立に賛成の人なんて聞いたことがありません。

次に、沖縄が独立しても得をする人なんて皆無だと思います。皆無どころか、百害あって一利もないでしょう。日本にとっては大きな損失になります。

それから、佐為さま。
テロはどうして起こると思いますか。
それはイデオロギーを伴った抑圧に対する反抗だと小生は思います。
それがなければ、テロは発生しないでしょう。
テロ撲滅を叫ぶのではなくて、テロの原因になっている民族への抑圧を止めればテロは発生しないと思います。
しかし、イデオロギーは、人間の正義心や知識欲の産物ですから、それをなくすことなんてできません。
しかし、なるべくそうした思想対立や、民族抑圧は避けるべきだと思います。

で、沖縄が独立するなんて、現状では、可能性として“0”でありましょう。その可能性のないことを論じても無意味だと思います。

しかし、敢えてここでそれを取り上げた理由は、本土の人たちの沖縄県民の無理解が看過できないと思ったからです。

最近の本土の人の沖縄批判は辛辣です。
そうした人たちの干渉が、力となって、その民族に対する抑圧となった場合、その反抗の力が発生するかもしれません。
小生は無用な争いはしないほうがよいと思います。
また、そうした原因は、互いに作らないほうがよいと思います。

ですから、小生は沖縄の人が、もし本気で独立を考えるのなら、それには反対しません。
反対しても民族意識を収めることはできないどころか、テロの原因になるかもしれないからです。

民族意識とはそんなものではないでしょうか。
本土の日本人だって、昭和天皇のご聖断がなければ、一億総玉砕で、小生の父母は死に、今頃小生はこの世に存在しなかったかもしれません。
自爆テロでも、理屈ではなくて最後の命を投げ出した手段です。
それが無意味であることを説明してわかってもらえるものではないとおもいます。
それよりも、同じ国内で、無用な批判をすることを慎んで、騒擾の原因を作らないほうがよいと思います。
でも、沖縄の人は賢明ですから、そうした選択はしないと確信しています。

投稿: あらま | 2007年7月 8日 (日) 14時59分

あらま様 コメントありがとうございます
>テロ撲滅を叫ぶのではなくて、テロの原因になっている民族への抑圧を止めればテロは発生しないと思います。
>しかし、イデオロギーは、人間の正義心や知識欲の産物ですから、それをなくすことなんてできません。
私という立場があり、それに対抗する立場があるなら抑圧を止めればテロは起きないかもしれません。
しかし思想というのはふたつでなくたくさんあります。宗教もたくさんあります。相互作用は複雑です。そして破壊手段が多様化し容易に手に入る現在ではテロを防ぐことは不可能だと思います。
そしてテロには愉快犯もあるのです

投稿: 佐為 | 2007年7月 8日 (日) 18時35分

佐為さま、重ねてコメントをありがとうございます。
仰るとおり、一般大衆を無差別に対象とするテロ活動を全て抑えることは不可能でしょう。
しかし、その中で、民族問題、或いは政治問題が原因て発生するテロは、その発生の原因に対して適切に対処すればある程度防げると思います。
特に、民族的、或いは宗教的な怨恨は、自分たちが全て滅んでも、一矢を報いたいという気持ちでありましょう。
そうした悲惨な状況を作らないためにも、不要な干渉は控えたほうがよいということです。
沖縄については、そおっとしておくことが、いちばんだと思います。

投稿: あらま | 2007年7月 8日 (日) 19時18分

はじめまして。偏見を通して接してるからおかしくなってると思います。

投稿: | 2011年8月 6日 (土) 01時57分

ななしさま、コメントをありがとうございます。
偏見・・・偏った考え方、偏った見方・・・
では、何を基準にして偏っているといえるのか・・・
偏りを否定することよりも、実際に偏りがあることを認めることから話をすすめないと、単なる闘争に陥ってしまうと思います。
本稿では、それを指摘しています。

投稿: あらま | 2011年8月 6日 (土) 06時23分

コメント欄に「沖縄」の文字を見つけ読んでたら2007年に書いた記事なんですね。
あらまさんの記事、あちらこちらでヒットしちゃうんでしょうね。

沖縄県民の4分の1が独立したいと思っているなんて絶対有り得ません。
きっと100分の1いるか・・・いやいないでしょう。

私も日本人だと誇りをもっているし、同時に琉球王朝があったことには誇りを持っています。それはどの県の人も自分の土地を愛する気持ちを持ってるのと同じだと理解しています。

基地の問題も、県民は、基地はなくなって欲しいけど、基地によって経済が成り立っている、とも思っていて
基地反対とは簡単には言えないと思っているのが本音です。
実際私の従兄妹も基地内で働いており基地がなくなると言う事は仕事がなくなるということですから。
沖縄は複雑ですが、沖縄県民は日本人です。
・・・なんて以前の記事へのコメント、失礼しましたsweat01

投稿: しーな | 2011年8月 8日 (月) 04時52分

しーなさま、コメントをありがとうございます。
この記事は、4年前に記したもので、基地問題、沖縄戦の解釈の問題で、世論が大きく揺れた時期でした。
沖縄では集会が催され、それに対して本土から強烈な批判が噴出したことがありました。
そして、「沖縄の独立」意識が新聞記事でも紹介されました。
その根拠は、本稿でも示したように、琉球大学の林泉忠助教授 (当時)の調査によるもので、その信憑性については不明です。
本気で独立なんて考えなくても、何かコトが起きると、自分の意見を誇示するために、そんなことになったのかもしれませんね。

いま、東北地方は震災の復興に苦しんでいます。
何もしない政府に対して批判や諦めのムードです。
いっそうのこと、東北地方を震災特区にして、そのまま日本から独立しよう・・・なんていう冗談も聞こえてきます。

・・・冗談・・・なんて失礼かもしれませんが、一時的なセンチメントかもしれませんね。

投稿: あらま | 2011年8月 8日 (月) 06時06分

沖縄人は米軍の性暴行を取り上げるが自国民の性暴行が多いのは黙る。沖縄も戦ったのに日本が虐めるというが、長崎や広島
人は違う。原爆予定地である福岡を批判しない。それは父が戦地に向かい、多くの女子供も自分の地域で犠牲になってるのを知ってるからだ。沖縄は基地を批判するが米軍に土地を売った。習近平を沖縄の土地に訪日させたのは外交違反であり、失望してる。保守も沖縄の基地は心では反対しながらも地政学上賛成せざるを得ず、しかし、習近平を迎えた事により、怒りを買い、保守に見放された。独立したければ、後先考えず独立すれば良い、貴方たちは、円通貨を止め、日本語が祖である沖縄語も独立により廃止になる。そして新しい通貨と独自の沖縄語を作らないといけない。日本はもう外国パスポートじゃないと渡日できない。日本の自衛隊も災害地に行けない。何処かの国に攻められようが自衛隊は助けられない。国連の軍はシリア国民を見捨てた。インドは人口が多いから自衛で済む。コストが掛かる沖縄と組まない。中立だから誰とも喧嘩を無駄に増やしたくないのがインドの本音。因みに外交の中立とは自分以外助けないが基本態度、それを沖縄人は勘違いをしてる。中立イコール平等だとね。だからダメなんだ。

投稿: 沖縄は何れ北方領土になる | 2014年9月28日 (日) 15時09分

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