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どうしたら負けないか - 6

熱弁振るう安倍首相

参院選の公示は明日になるので、選挙関連の記事は本日までとします

(選挙戦でのインターネット記事については、特に規制はないようですが、匿名で web に参加していて、選挙関係者との区別がつきませんので、自主規制したいと思います。アーカイブについては消去するような措置は採りません)

さて、昨夜の朝日系テレビ「報道ステーション」のビデオを見ました。

安倍首相は見るからに疲れた様子でしたが、古館アナウンサーとの会話が高まる場面がありました。

どうして朝日系のアナウンサーは、あんなでしょうか ?

古館さんは、最初から戦闘モードでした。

そのなかで、首相は、日本の核に対する立場を、丁寧に説明していました。

「なぜ、インドの核を容認するのか」についても、首相の説明でよくわかりましたが、古館さんはわからなかった様子です。(質問をしておきながら、最初から、わかろうともしていない様子でした。)

こうした態度は、一国の総理大臣に対して非常に失礼であります。

さて、そのなかで、久間さんの処遇についても、首相は語られました。

「本来なら、もう少しがんばってもらいたかった」という首相の言葉が、古館さんには「核使用の容認」と聞こえるらしい。

まったくバカらしいのですが、ほかのブログを読むと、古館さんと同様な解釈をする人たちが案外多いことに驚きます。

ヒロシマ・ナガサキ は、日本人にとっては忘れられない体験です。

同様に、全国各地で体験した じゅうたん爆撃 も、忘れられない体験です。

こうした被爆の体験を後世に残そうと、各地に記念碑があり、平和祈念祭が執り行われています。

特に、原爆の被爆の体験は、核戦争が戦争終結の手段ではなくて、人類滅亡に導くものとして絶対に避けなければならないということは、世界の良識になっています。

つまり、仕方なかった・・・では済まされない問題として、日本は後世に伝えているわけです。

ところが、ここで、こんな記事があります。

【引用開始】

昭和天皇は,1975年に訪米し,帰国後の記者会見に応じた。
その際に,

戦争終結に当って、原子爆弾投下の事実を、陛下はどうお受け止めになりましたのでしょうか、おうかがいいたしたいと思います。

という質問を受け,昭和天皇は,

原子爆弾が投下されたことに対しては遺憾には思ってますが、こういう戦争中であることですから、どうも、広島市民に対しては気の毒であるが、やむを得ないことと私は思ってます。

とお答えになった。(日本記者クラブの「特記すべき記者会見」より)

【以上、引用元は、WontBeLong さまのブログの記事

そこで、WontBeLong さまは、昭和天皇は戦争終結を念頭に置いたもので、久間さんの核容認とは本質的に異なると指摘されています。

しかし、小生は、久間さんとて「核を容認」しているのではなくて、結果論として日本は分断されずに済み、今の繁栄につながったことを指摘していると思います。

ところが、この件について、外でもうかがいましたが、小生が確認しただけでもだいたい 4/5の人が、久間さんの発言は「核容認」だと認識しているのですネ。

そのなかで、首相が昨夜、あのような発言をしたので、ブロガーは一斉に反発したのだと思います。

(小生は、これは古館さんの意図的な誘導尋問に見えました)

世代を超えてもこのような認識ですので、これが日本の考え方、つまり、「原爆被爆はしょうがないではすまされないこと」なんですね。

こうした環境で、参院選を戦うには、自民党は戦争論を避けるべきでしょう。

また、日本政府は、「広島、長崎の原爆投下について、政府は直接抗議したこともないし、謝罪も求めるつもりはない」旨の答弁を昨日の閣議で決めたと報道されています。

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コメント

お邪魔します。
私のブログの記事を取り上げて下さりありがとうございます。

私が件の記事で言いたかったことを少し別の言葉で言わせて頂けば,まず,あの場面で昭和天皇のお立場で,他には言いようがなかったのではないかと思います。
また,昭和天皇のお言葉には,当事者としてのこの上ない重みがあり,久間氏の言葉には,評論家の言葉のような軽さがあると思います。
ものの考え方のひとつとして筋道が通っていたとしても,日本の防衛大臣の立場で発してはいけない言葉ではないでしょうか。

投稿: WontBeLong | 2007年7月12日 (木) 00時46分

重ねてお邪魔します。
先ほどのコメントでひとつ書き忘れました。
「防衛大臣の言葉として不適切」という判断は,米国隷属を良しとしないことを前提としています。

投稿: WontBeLong | 2007年7月12日 (木) 00時51分

WontBeLong さま、コメントをありがとうございます。
つまり、日本人のスタンスとしては、原爆投下は、未来永劫に許すことができない。しかし、原爆を投下した米国には謝罪の要求もしない。・・・と、いうことですね。
ただし、戦争終結を願っていた昭和天皇にとっては、原爆投下は「やむを得ないこと」なんですね。
小生は、それは昭和天皇の「失言」だと思います。
本来なら、沖縄戦、いえフィリピン戦で負けたときに、降伏の仕方を考えるべきでした。
B29による本土の空襲に対して、竹やりや風船爆弾で対抗するなんて・・・
もっと、早期に降伏すべきだったと思います。
しかし、皇国史観による国民総動員令が出ていて、一億総玉砕思考が徹底される中、昭和天皇の一存では戦争終結できなかったことも事実らしいですね。
そんなときに、原爆という強力な兵器に、日本人は目が覚めたと・・・というよりも、フリーズしてしまった。もう、それしか、一億人が全員死ぬまで戦争する体制を終結する道はなかった・・・
そう考えることは、きわめて自然なことだと思います。
しかし、そう考えることは、天皇陛下しか許されないのでしょうか?

投稿: あらま | 2007年7月12日 (木) 08時25分

たびたびお邪魔します。
なかなか真意が伝わりませんが,私の文章力ではこの辺が限界なので,最後にひとつだけ述べさせていただければ,原爆投下がなかったら事態はどうなったか,それは神のみぞ知るところでしょう。
過ぎてしまったことに対して,異なる状況を仮定しても,その結果は推測でしかあり得ず,確定的なことは誰にもわかりません。

投稿: WontBeLong | 2007年7月13日 (金) 01時15分

WontBeLong さま、重ねてコメントをありがとうございます。
頑固オヤジに対して、丁寧にご説明くださり、ありがとうございます。
「歴史に‘もしも’はない」といいますが、当時のアメリカの実情は原爆を実地に落したくて仕方ない状態のようでした。
つまり、ピストルを手にもつと、実際に人を撃ちたくなるという心理と似た状態だったようです。
したがって、もしも原爆が落とされなかったら・・・という仮定を考えることは、無意味に思います。
当時の鈴木首相は、戦争の終結のためにソ連に仲裁を頼もうとしました。
その行為が裏目にでて、ソ連が条約を破棄して日本に侵攻する決意を促したとされ、同時に、アメリカが日本に原爆を落す決意を促したとする史観があります。
いずれにしても、アメリカの大統領トルーマンは、日本に対して徹底的に打ちのめす覚悟であったようです。
そうした詳細を考えて、昭和天皇は「やむを得ない」といわれたのではないかとも思います。
しかし、これはあくまでも私的な想像でありまして、真実はわかりません。
そうしたことを含めて、日本国民が、被爆にいたった経緯を考えることは無意味ではないと思います。
とにかく、昭和天皇は、あの戦争は、日本の負けではなくて、そのままでは日本の滅亡と考えたと思います。
久間さんの発言は、分断国家を免れたという結果論です。
そこのところが、昭和天皇と久間さんとの本質的な違いがあると思います。
いずれにしても、「しょうがない」とか「やむを得ない」という言葉は、今の日本人が公共の立場で発することではないことは明らかだと思います。
しかし、「しかたなかつた」という立場で、歴史を見る観点をももつこともこれからは必要ではないかと思います。
歴史とは、ひとつの民族ひとつの国家という立場を超えて、事実を受け入れることから始まると思います。

投稿: あらま | 2007年7月13日 (金) 08時06分

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