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官僚の功罪 - 2

お上には逆らえぬ

戦前の官僚は、今と同様に高級官吏という立場でした。

これは、江戸時代までの、お代官様、つまり君主に代わって執政をする人たちのことです。

大日本帝国憲法になってからは、日本の天皇は神道としての信仰の中心だけでなく、立憲君主として主権(大権)を持つことになりました。

とにかく、戦争直後に人間宣言をするまでの天皇は、現人神(あらひとがみ)で、いわゆる天につうじているお方でありました。

当時の官僚は、そうした天皇の執政を代務する立場でありました。つまり、朕の官吏でありました。

したがって、天皇を通して天に通じている官僚でしたから、庶民よりも‘上’であることは当然でありましょう。

また、当時の役職はだいたい世襲でありまして、官吏登用も試験を通したとはいえ、暗黙の了解があったようですね。

つまり、貴族とか華族という序列制度があり、いまでいう「格差」「差別」がハッキリしていました。

そんなわけで、庶民にかかる税も納税ではなくて徴税、兵役も志願兵が足りなければ学徒まで徴兵したものでした。

男子は青年なにれば徴兵検査を受けて、兵士としての優劣の烙印を押されたわけです。

甲種合格は男児の誇りでありましたので、病弱で丙種だった亡父は、一生、コンプレックスを持っていたようです。

つまり、朕の軍隊、朕の銃、朕の兵隊でした。朕とは、天皇の自称です。朕の軍隊とは、天につながる皇軍という意味でした。

そんなわけで、天皇陛下の名の下で、亡父も岳父も、年下の上官にこっぴどく殴られたそうです。

また、皇軍ラッパを合図に突撃し、目の前で友人が亡くなりました。

ですから、亡父も岳父も、天皇が嫌いであります。

酔ったときなどは天皇のことを「天ちゃん」なんて言っておりました。

しかし、戦後になりますと、ご皇室のお写真を大事に飾っていました。

そんな父親の姿をみて、小生は自然に天皇を受け入れてきたのでしょう。

天皇には、善悪もない、だから罪もない。絶対的な存在であります。

そんな具合ですから、戦前の天皇陛下は、いまよりも強大な存在であつたでしょう。

その、強大な権力の元に、責任のない官僚たちは、日本を借金漬けにして、無謀な戦争に追いやったのです。

つまり、太平洋戦争では、多くの人が、天皇陛下のためではなく、官僚のために死んでいったのです。

その体質は、憲法改正後の今も続いているようです。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

なぜ、そこでその責任を官僚に押し付けるのですか?

そもそも戦争に至る過程において、世界恐慌や、植民地を多く持つ国がとったブロック経済などにどうして言及しないのですか?
その辺のことが日本経済に及ぼした影響についてはどうお考えですか。
それらについて考慮した上でなおあなたはその責任を官僚にだけ押し付けることができますか?

先の戦争における天皇陛下の責任について考慮なさるなら、もう少し背景に言及しないと、盲目的に天皇陛下に責任を押し付ける輩どもとなんら変わりが無い論理的に飛躍した主張になってしまいますよ。

投稿: 名も無き人 | 2008年2月26日 (火) 13時11分

名も無き人 さま、古い記事にコメントを戴きありがとうございます。
小生のブログは、創設以来「官僚制度批判」を強く押し出しています。
その理由は、日本の借金がどうしてこんなに増えてしまったのかを調べていたら、官僚制度に行き着いてしまったのです。
いまは、江戸時代の幕府や藩の借金について調べております。
結論としては、悪代官さまたちの奢り、昂ぶりが主因であることが分かりました。
こうした現象は、日本だけに留まらず世界的な共通点です。
「事務方の暴走」は、なんとかならないものですかね。
とにかく、ご指摘のように今回の記事には、戦前の国家財政の赤字がどのように増えていったかは記しておりません。官僚制度批判の記事は、他にも沢山かいてありますので、ご覧いただけたら幸甚です。

投稿: あらま | 2008年2月26日 (火) 13時47分

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