昭和20年 7月 26日 原爆模擬爆弾投下
島田空襲慰霊祭
静岡県の中央を流れる大井川。その岸辺に島田市があります。
その、島田市扇町に、昭和 20年 7月 26日朝 8時半ごろ、「パンプキン爆弾」と呼ばれる 5トンの爆弾が炸裂し、36人が即死したといいます。
昭和 56年には、祈念碑が建立され、犠牲者 47人の名前が刻まれているといいます。そこで昨日は、その慰霊祭が扇町公園で挙行されたそうです。
当時のアメリカは、マンハッタン計画を推進中で、アメリカ大統領だつたトルーマンは、日本の原爆投下に意欲的でした。
昭和 20年 7月 16日、アメリカのニューメキシコ州・アラモゴードで世界初の核実験が行わると、トルーマンは、日本への原爆投下にサインしました。そのとき「これで、日本も終わりだ・・・」と、トルーマンは夫人に語ったといいます。
つまり、日本のポツダム宣言の受諾など、降伏に関係なく、原爆を日本にどうしても投下したくてたまらなかったようです。
その精度を高めるために、アメリカ軍は島田市に模擬爆弾を投下したのでした。
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